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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生したら小豆洗いだっ………シャカ……た……シャカ……

 

 シャカ……シャカ……、ショキ……ショキ……。


 うるせぇ。


 。。。。。


 死んだのは知ってる。自覚がある。


 俺はスコットランドに出張に来ていた。


「これリアルファンタジーだわ。リアルファンタジー」

「いい子ね……お馬さん、(おれ)の声が聞こえる?にんじんをお食べ、うふふ」


 といい年(34)をして脳内ファンタジーなオタおっさんがエルフ姫気取りではしゃいだ結果


 馬に蹴られ、丘を転げ落ち、泉に落下し、溺死。


 馬糞塗れで転がりつつ走馬灯の代わりに見たのは、今にも妖精が躍り出てきそうな新緑美しき森林、煌めく湖畔。


 嫁、彼女、両親、友達無し、ペットは飼ってない、海外含め出張が多いわりに給料は低い。

 なので思い残す事、特に無し。


 そんな俺が夢の様な景色の中で最期を迎える事になるとは、上出来だ。

 速やかに成仏しよう。


 と思っていたのだが、今は何やら足元で騒音を立てられている。


 うるせぇ。


 わざわざ海外まで有難いが、釈迦(シャカ)釈迦(シャカ)自己主張の激しいお迎えだな。


 しかしすっかり体に沁み込んでいる社畜根性は真っ先に謝罪の台詞を紡ぐべくと乾いた唇を割る。


「………シャカシャカ」


 ん。


「…………小豆あらおか」


 違う、違うぞ、『お手数をお掛けしまして……。大変申訳ございません』だ。


「人とって喰おか……ショキショキショキ」


 声が、出ない。正しくは脳が選ぶ言葉が、発せない。


 そして困惑もしている筈なのだが、俺の顔には面が張り付いたかの如く表情筋が一切の働きを拒否。

 眉一つ、動かせない。


 周囲を確認する。


 ここはおそらく、死の直前に見たあの美しい森の中だ。


 木漏れ日。不思議な鳥の鳴き声。見たことも無いカラフル過ぎるキノコ。


 俺の手を沈める、小豆。


 直ぐ傍らの川を覗き込んでみる。


 耳に心地よいせせらぎと共に揺蕩う木の葉が流れゆくその川に映る、皺皺の顔に満面の笑み、嬉しそうな、俺。


 これ、知ってるぞ。出張先の地方の土産物売り場でグッズを推してたの見た。



 ……俺、小豆洗いじゃねぇか。小豆洗ってんじゃねぇかよ。



 意味がわからん。

 生まれ変わったと思われるが、なぜ小豆洗い。世界観も完全無視だ。


 その反面、今俺は小豆を洗いたくて仕方がない。

 小豆を洗う事が俺の全てな気がする。

 小豆の入っているこの古ぼけた木製の洗い桶なんて、この世でもっとも価値のある物に思える。


「ショキショキ………」


 そうして俺は、にこにこと微笑みながらファンタジーな森の中の川の傍で、思う存分小豆を洗い続けた。


 。。。。。



 あれから幾日が経っただろうか。


 目の前で妖精たちが種族間戦争を繰り広げたり、脚の生えたキノコの群れの大移動があったり、森の奥からオークが出て来て棍棒を振り回し木々をなぎ倒したりしたが、3246粒のこの大切な小豆より興味を惹かれる物など何もない。


 とても穏やかだ。

 警戒心バリバリの女性の声にだって怖じる事はない。


「誰かいるの……っ!」


「ショキショキ……シャカシャカ……」


 いるとも、小豆洗い俺、がな。


「モンスター……っ!」


 森の奥から、優雅に撓る巨大な弓を持った銀髪の美しいエルフが現れた。

 長い耳に輝く宝石、しなやかな肢体、白い肌には自然な艶、淡い桃色の瞳。

 彼女は凛と背筋を伸ばし弓を構え、

 銀彫の細工が施された鋭い矢の先、的を俺に絞る。


 やべぇ、逃げ……小豆洗わなきゃ。


「ショキショキ………」


 彼女が片目を伏せる。


 死の恐怖を感じる。でも小豆洗わなきゃな。


「シャカシャカ………」


「……………」


 弓を通し俺のにこにこ顔と睨み合い続けた彼女は、限界まで引いた腕を脱力したように下ろし呟く。

 そしてそろりそろりと近付いてくる。

 警戒は解かないまま。


「見たことないモンスターだわ……」

「何しているのかしら」


「小豆あらおか」


 良いぞ!いいタイミングで歌が出て来た。

 これ、たまに歌える。


「アズキ?」


 一定距離を保ちながらも、美しいエルフの少女は小首を傾げ洗い桶を覗き込む。


「ああ、お豆を洗ってるのね」

「なんで?」


「ショキショキショキ……」


 転生した日からほぼ動かない川縁で胡坐の中大切に抱え込んだ桶に差し込む皺々の手。

 それを軽快に回しながら爪を立て小豆同士をせっせと擦り合わせる。

 特に理由も無くあらゆる全ての理由でもある、それを繰り返している。

 何でかって、そりゃ俺だって知りたい。

 だが答えている暇はない。

 小豆を洗うんだ。


「知能が低いタイプなのかな」


 おい。


「人畜無害って感じだけど……新しく生まれた森の精の類?」


 当然。小豆洗ってるだけだからな。森の精かはともかく。


「邪魔はしないから少し、休ませてね」


 そう言うともう少し距離を詰め、膝を付いて掌で澄んだ川の水を掬い上げる。

 細く白い喉を鳴らして一気に飲み干した後、指先で形の良い唇を拭う。

 木漏れ日に照らされながらのその光景は一瞬一瞬が絵画のように綺麗だ。


 それから彼女は、俺から掌3つ分程開けた場所で膝を抱え座り込む。

 よく見れば、膝には薄っすらと血の滲む擦りむき傷。

 か細い腕にも細かな傷が無数に刻まれている。


 何か、あったのか。


「シャカシャカ……」


 長く伸びた柔らかな銀髪が地に付くのも構わず、自身の膝に頬を置き俺を見つめるその目は、

 次第に潤み始め、今にも零れそうな涙の粒を湛える。


「その幸せそうな顔見てたら、………どうしよう。泣いちゃだめなのに……みんな戦ってる……私だけ泣いてる訳にいかないのに……」


「小豆あらおか」


「へへ、…うん。私もアズキだけ洗って過ごせたら、幸せかもしれないね」


「ダークエルフが攻めて来たの。『エルフの祈り』きっと私のこれが狙い……、でもみんなが私を逃がしてくれた」


 小豆を洗い続ける俺に彼女も言葉を紡ぎ続ける。

 涙の粒が落ちないよう必死に耐えながら、一語一句を自分自身にも言い聞かせて。

 そう、感じた。


 彼女がふわりと額を覆っていた前髪を上げれば、そこにはダイヤに似た菱形の宝石が埋め込まれている。


「シャカシャカシャカ……」


「………このまま逃げた方がいいのかな。本当にそれでいいのかな。……私が出て行けば、みんなが助かるのに………」


 愛らしく見事に整った顔を苦悶に歪ませ暫く俺を眺め、自分と戦った彼女はおもむろに立ち上がる。


『やめろ、みんなとやらの気持ちも考えろ』と言いたいが、今の俺には難しい。

 表情ですら気持ちが伝えられない。微笑んだままだ。


 次の瞬間。


 川に、彼女の銀髪が散った。


 どうにも俺は小豆から目が離せないが、背後からダークエルフが矢を放ったらしい。


「くっ…!伏せて!」


 良かった。毛先を持っていかれただけで、彼女は無事だ。


 しかしこれ、この子の降伏を待つよりハナから殺して連れて行く気だったんじゃないのか。

 というか俺は、小豆以外の事にはとてつもなく冷静になっているらしい。


 ついでに伏せたりはしない。これが小豆を洗うにはベストな姿勢なんだ。


「おいおい、モンスターに喰われかけてんじゃねぇか。ダメだなぁお姫様。折角逃がして貰ったってのに危うく無駄死にじゃねぇの。

 その点、俺に殺されるってのは俺らダークエルフみんなの役に立ててうれしいだろ?お前の好きな、みんな、の役に立てるなんてよ。

 エルフ軍が到着する前にその首持って帰って大事に大事に使ってやるから安心しろって。首ってか必要なのは『エルフの祈り』だけだけどな」


 下卑た声が聞こえてくる。

 俺は振り向かないのでわからんが、足音も聞こえてくる。

 ダークエルフ男の仲間が到着しているのか。


「ショキショキショキ……」


 沢山矢が放たれたら俺にも当たるだろ、間違いなく。

 ……なんだよ、小豆洗わなきゃ。


「…………」


 横には向く。視界に桶が入っているからな。


 少女が震える手で弓を構える。

 もとより白い横顔は、蒼白だ。

 今この状況で『夢中で逃げろ』と言っても無駄に終わりそうだ。


 諦めない、とかもうそういう問題じゃない。

 これも出逢いと運だ。せめて俺も付き合う。

 俺と小豆も、ずっと君のそばにいる。


「シャカシャカシャカ」


 背後から嘲笑と共に弄ぶようもう1本の矢が飛んで来て……


 俺の 洗い桶に 当たった。


 桶が少し傾きそして


 3246粒の小豆の内1粒が川に、落ちた。



「キィィイィィィイイイイィィイイイイィイイイイ!!!!」



 俺の口から鼓膜の破れそうな奇声が上がる。

 いや、自分でも吃驚した。

 吃驚はしたが、我をも忘れる憤怒の激情で全てが塗りつぶされる感覚が勝って行く。


 1粒足りない。


 1粒、足りない!!!


「な、なんだ…っ!ぐぁ……っ!!!」


 ズズ……


 地を這う音。


 俺に向かって無茶苦茶に放たれる矢は、全て川へ引き寄せられ水没する。


「小豆あらおか」


「人とって、喰おか……」


 ズズ、ズズ……


「なんなんだよ…っ!助けてくれ…っ!帰還魔法……、畜生……っ!クソ女……っ!」


 男達の魔法は成功した様子がない。

 横で、エルフの少女が額の宝石に触れながら何やら詠唱をしている。

 沈黙、的なあれか。すげぇ。


 長い耳を抑えるダークエルフの男たちが全身で踏ん張り必死の抵抗を見せながら、

 それでも圧倒的な力に引っ張られ川へ川へと引き寄せられて行く。

 俺の横を滑り、その身を自ら水の中に沈める。



「人とって、喰おか」

「ショキショキ…ショキ……」


 。。。。。



 それから数時間後。


 到着したエルフ軍によって、そう浅くもない川で溺死したダークエルフ達の遺体は回収され、

 エルフのお姫様だったらしい彼女は、迎えの仲間と共に帰って行った。

 幸い彼女の仲間達に死者は出なかったそうだ。

 

「また来てもいい?」


 との言葉通り、彼女は連日この森に通って来ている。

 次の日にはもうやって来て、落ちた小豆を探してくれた程だ。

 因みに、小石と小石の間に挟まっていた。


 俺のにこにこ顔を見ながら癒される、癒される、と。

 歌を歌ったり、日々の出来事を話したり、全て一方的で俺は応えられないが結構楽しい。


「でも」

「あの時は本当にすごかったよ」

「びっくりしちゃった」


「アズキ、洗ってるだけなのにね」


 そう、俺は小豆を毎日洗っているだけ。

 多分、戦闘面ではチートを持って転生したのだろうが、使いこなせていない。

 今日も全身全霊で、小豆を洗う。


次回、枕返し。なんて。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 忘れかけたころに読みたくなって戻ってきてしまいます。 小豆あらいの魅力に気づきました。しゃかしゃか。
[良い点] ヤバイ面白い。 ずっと〜みたいなえびす顔で小豆洗ってたのに 小豆ぽろんした途端、鬼面化したのが見えた気がした。 それでも普通に読んでたけど、最後まで読んで噴き出した。 表情筋ブレイク。 …
[良い点] 小豆洗いの無限の可能性を感じた。 [一言] 何度も繰り返し読んでるんですけど、このテンポと会話がすごい好き…シャカ…
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