失色
別れ道。
僕は真っ直ぐエリートの道を選んだ。
簡単な選択だったが、今僕はエリートの中での落ちこぼれと化していた。
己の力を過信しすぎていたから。
僕は誰にも代えがたい選ばれたものだと言う思い込み。
僕自身程度の力は他にもゴロゴロしている。
それを知らずに己よりも劣るものを貶し蹴り上げ
辿り着いた此処は地獄だ。
毎日毎日胃を抉る様な目覚ましの音と鬱陶しい日差しで
寝ていたと感じないまま朝が訪れた。
『あぁ、また朝か……僕は……ぅ』
こうして毎日吐き気に見舞われトイレに駆け込むのが日課になって居た。
行きたくも無い満員電車、行きたくも無い会社、"生きたくもない"人生。
僕は最大の別れ道を見誤ったのだろうか。
後悔ばかりが先を行きドンドン僕を明るい陽射しから遠ざけ塞ぐ。
辛くて、堪らなくて……行きたくない、行きたくない、いきたくない……生きたくない。
僕は無意識に快速電車の前に身を乗り出していた。
『危ない!!!!』
強く肩を引かれホームへと引っ張られ無抵抗に尻もちをついた。
『ハ――……ッ!?』
その声の主を探そうと辺りを見回すも一定距離を空け僕をぐるりと囲い
訝し気に見下ろす多数の色の無い人物が居るだけ。
『イタタ、僕……』
どれも同じ顔。僕を囲む多数の中の一人が抑揚のない声で問う。
『アンタダイジョウブカ?』
『あぁまぁ、……それよりさっきの声』
『??』
多数の中の一人、声を掛けたものが周りを囲む多数に問う
ダレカイタカ?と。
どうやら僕も終わりの様だ、幻聴だけが優しいだなんて。
僕は行きたくも無い会社へと何故か向かう。
こんな事があっても僕の世界は何一つ変わらない。
僕に何があっても僕が見る世界は変わらないのだ。
全部が全部僕は一緒に見える。
人の顔、風景、空の色まで……僕の世界ではモノクロとグレー
一定の乱してはいけないルールがこの世界には存在するだけ
ルールは所詮ルールだ。
誰にも干渉しないし誰もそのルールを意識してはいないが
ルールは無意識に人に絡むだけ。
"己の命を危険に晒してはいけない"何てルールは決してない
僕が僕の人生をどうしようが多数が変わる訳では無い。
ただ、"モラルを大きく損なう"と言う事は酷く重罪だ。
だから、目立たぬモラル違反をして"生きたくない人生"の終わり方を僕は試してる。
誰も僕を必要としないそして僕も誰も必要としない。
行きたくも無い会社で"生きたくも無い人生"に生きる為の"金"を稼ぐだけの場。
時折鼻を突く女の化粧の匂いに顔を歪めるだけでやっぱりここもモノクロとグレー。
『オハヨウ』
『お早う』
多数の中の女がそう言う。
僕はモラルを守りながら挨拶を告げる。
何時もと変わらぬモノクロとグレーの世界に苛まれながらこうして同じ一日を送り終わった。
何時もと同じ帰宅時間と同じ帰路。
だけど今日は不思議だ
全く違う帰路何て興味は無かったが
不意と白い花に導かれる様に僕は都会では珍しい個人経営の古本屋へと
足が向いた。
自動では無い扉。ゆっくりと押し開き中へと入るなら
古本独特のかび臭い香りが妙に僕の気持ちを落ち着けた。
そして聞こえた。
『疲れた顔をして。まるで貴方は幾つもの海原を漂う布切れの様。ボロボロになって流れ着いた先は
この場所ですか?』
『……え?』
この声はしっかりとはっきりと僕の心へと染み込む
何だろう?多数の人々の抑揚の無い声とは全く違う。
ストレートで悪びれた様子も無い何とも失礼な物言いだが
不思議と聞き入る女性の声だった。
そう、静かな水面に落とされた雫のように澄んだ声に僕は女性を振り返った
その瞬間モノクロとグレーの世界が一気に花開いたように色を付ける。
『貴方に……僕は見えるのですか?』
『何を言ってるの?可笑しな人……』
僕は喉からせり上がる言い表せない位熱いモノを感じた。
それが形を成して頬を伝った
『冷たっ……!どうして、コレ……』
『涙……貴方はどれ程の時間それを堪えていたんでしょうね?』
『そんな、僕悲しくはない筈なのに……』
『いえ、貴方はきっとずっと悲しかったんですよ。泣き方も忘れる位その悲しみに背を向け続けた。
涙は貴方の曇った瞳を洗い流す浄化の雫。それを堪えて居たら美しい世界なんて見えません……
涙を流すと言う行為は貴方の瞳、そして心に潤いを与える人の器官で最も重要な部分。
その行為を貴方は遠ざけ続け次第に瞳は色を失った……今のあなたの瞳ならもう一度明るい世界を
見る事が出来るかもしれません』
彼女の意図する事を全て理解したとは言い難いが
何故か胸のつかえが降りた様に僕はボロボロと涙で頬を濡らした
嗚咽で息も出来ず崩れる様に膝を付いた。
『貴方はどれ程涙を失っていたんでしょうね、小さい頃はほら、泣き虫だった。皆が馬鹿にするような
漫画で涙したり、友達と喧嘩した時に泣いたり……』
彼女が手にしていた古びた本がパラパラと不自然に開き次々とページを変えていく
そのページが捲られる度に浸透する自分が歩んでいたであろう人生。僕は何時から"生きたくない人生"に変わったのだろう
『そう、貴方は友に裏切られたのね……』
『!?』
何処でもある様な話。
信じていたんだ、僕が虐められていた間も必死にかばってくれた友を
どんなに辛くても……けど、そんな友が僕を虐める首謀者だったのだから。
誰も信じない、上っ面だけはそのままでそうして行くうちに僕は表情を失い、涙を失った
信じても誰も僕を見てないし、僕も誰も見ていない。
見ても仕方ないと全てを放棄した。
些細過ぎて笑えて来るもの……そうして回り回って同じ道。
僕は会社の落ちこぼれで人から期待されない人間になった。
『あぁ、僕は結局あの頃と変わらないままなんだ……』
『……頑張ったわ、貴方は』
『え?』
『貴方の努力は貴方が努力したと認識して強く掲げ続けないと行けないの。
そうしないと努力は直ぐに報われなくなる。
誰も認めて貰えないままだと、その努力は貴方一人では掲げ続けられなくてその形を失くしてしまう。
そうして人は何度も挫折し、悔やみ続ける……何のために居るのかと
次第に自分の存在迄疑ってしまうから。
大丈夫、私は貴方の努力を見続け支え続けてあげる為に居るの』
『君は一体』
『……この古本屋沢山本があるでしょう?これは貴方が積み重ねてきた人生の本達……
貴方はこんなにも膨大な人生を歩んでいるの現在進行形で……
貴方の命尽きるまでずっと書き綴られ、刻まれ、残されて行く貴方の最後の時まで
……その本達を管理するのが私の役目……そう、貴方の"努力そのもの"が私なの』
『努力?』
『貴方には私がどう見える?』
『あー……綺麗なお姉さん……』
『そう、貴方の目にそう映るならそうなのね?私自身形の無い者。貴方の生き方で私は色々変わるの。
貴方がすさんでいた時期の私の写真がこれよ?あなたにどう見える??』
『うわぁあ』
不意とあるページに挟まれていた写真を見せられ
僕は尋常じゃないむしろ人かもわからない彼女だと言うその姿、形に声を上げた
『ふふ、あの頃の貴方は本当に荒んでいたのね、その分私は醜くなる……こうしてあなたの目に映る
私が貴女から見て美しいと思うなら貴方は間違った人生を歩んでは居ない……。
貴方が悩み苦悶しながらも人のせいにすることも無く飲み込み、自分だけが悪いのだと
自分を責めている何てとても出来るモノじゃない。あの頃もきっと貴方は恨む事無く
自分の所為じゃないのだろうかと、そうさせたのは自分の弱さからじゃないだろうかと
責め続け悔やんでいたのね。
だから貴方は強くなろうとした結果今に至る。
辛いながらも貴方は痛む身体を引き摺って辛い人生を歩み踏ん張って居た
苦しくても漸く手に入れたであろう地位と言う名の行きたくも無い会社、
その会社へと入る事にしたって易々とはいかなかったでしょう?それも貴方の頑張りが作用しているの。
とても苦しかったでしょう辛かったでしょう……。
それでも私は生きて欲しい……貴方には。
人はねどんな人生にせよ生きる事で花開くものなの。
小さな花、大きな花、鮮やかな花、清楚な花……。
けど、その花を開く前に摘み取ってしまう行為は
全て自分の生きた証を残さず消える事なの、貴方を失くす行為なの。
どうかお願い。私(努力)を本当に無かった事みたいにしないで……私は貴方と共に居るの。
貴方が咲かせる花を私は見たいから、決して私を失わせないで?私は常貴方の傍にいる
ずっと寄り添って支えるから……私をちょっとでも重いと思うなら少し周りに手を伸ばしてみて?
案外凝り固まった貴方の気持ちを解して、貴方が多数だと言う人を貴方なりの少数へときっと変換出来る筈
貴方は勇気ある者なのだから……さぁ、伸ばして』
『僕は……』
がやがやと騒がしい、何だろう開いた瞳に映る空は酷く青く眩しかった。
それを遮る様に美しい人が心配そうに顔を覗かせていた
『大丈夫ですか!!!私が見えますか??』
『あぁ、君は僕の"――な人"』
『??』
『いや、混乱してたみたい……あの、君の手貸して起こしてくれないかな?』
『えぇ、本当にびっくりしたわ急に貴方倒れるんだもん私が引っ張らなきゃ貴方電車に轢かれてたわ』
『え……そうなのか。君が、助けてくれたの??』
『だって貴方。とても顔色悪かったから思わず気になって……私看護婦なんだ』
『僕が見えたんだね……優しい……有難う……貴方の名前は?』
『見えたって何よソレ見えるの当たり前よ。貴方何だろう放って置けなくてつい……あ、私はね――』
人は時折運命的に自分の人生の色を変える力を持って居る。
努力は常見えない貴方の後ろを支え続けているのだから。
諦めることなく前進する事が、努力を実らせ大きく変える最高の道になるだろうと。
人ってたまに後ろ向きになって挫折して全部放棄したくなるときってあると思いまして。
それを励ませればとおもったある意味応援小説と言いましょうか。
解り辛い所もありますが最後まで読んでいただいたことに感謝します。