海列車
男はただ一人で列車の中にいた。列車は海に浮かぶ線路の走る。周りには何もない。聞こえる音も静かな波の音と列車の揺れる音のみ。それが男にとってこの上なく心地の良い空間だった。
どれくらい時間がたったのだろうか。列車は海に浮かぶ駅に止まった。
乗車してきたのは美しい女だった。
女は自分の前の席に座った。
「どちらへ行かれるのですか」女は男に尋ねた。
男は困った。自分がどこへ向かっているのか分からない。
分からないから「分かりません」と答えるしかなかった。
女は微笑み「私もです」と返した。
心地よい空間が少し黒ずんだような気がした。
続いて女は「どちらから来られたのですか」と尋ねた。
男は再び返事に困り「分かりません」と答えた。
女は微笑みを崩さぬまま「私もです」と返した。
黒ずみが大きくなっていく。
たちまち黒ずみは得体の知れない不安に変化した。苦しくなり女に助けを求めようとしたが目の前から消えていた。
女がいなくなっても不安が消えることはなかった。