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御田くんと北野さん

御田くんと、チョコレートの日

作者: 片桐ゆかり

時期が過ぎましたが、ばれんたいん。


私が小学生だったとき、今ほど大仰なイベントではなかった気がする。

二月に入った時から、テレビもお店も全部チョコレートで染まるし、教室で話題に上がるのはそれが主で、みんなどこか浮き足立っていて。そんな、バレンタインデーは、あと2日にまで迫っていた。


私と小学生からの友達の御田くんは、根っからの甘いもの好きなくせに、昔から同級生たちからチョコレートをもらえない。

――いわく、あげちゃいけない気がして。とのこと。

それにはもう、不憫という言葉につきる。こんなに甘いものを愛しているかわいい人が、甘いものを私と家族からしかもらえないなんてそんなこと、あっていいはずがない。

甘いものが好きな御田くんの事、絶対有り余るほどもらえるはずなのにと私は忸怩たる思いである。御田くんのためにあるようなイベントなのに。

身長も高く、運動神経は良い、顔もよし、勉強もまあできるほう。無口だけど優しい。そんな御田くんがモテないはずがあろうか、いや、ない。

もてるのに、毎年バレンタインチョコレート獲得数は、私と彼の家族の二つだけ。

もちろん、女子からはチョコレートや甘いもの以外の、実用品が送られていたりはするのだけど。


「御田くんは、今年はもらえるかなあ」

「……北野が心配することじゃないだろう」

「うん、でもね、御田くんの甘いもの好きを誰よりも知っているからこそだよ?せっかく無条件で甘いものがもらえる日なのに」

「別に、全くもらえないわけじゃないし」

「でも、ご家族はいいとしても、私だよ?いつも私の作ったお菓子ばっかりであきないかなってちょっと心配で」


そう、御田くんは基本的に売られているお菓子を食べるか、私が作ったものを食べるかの二択だ。彼の大好きなスイーツバイキングは毎回私と一緒に行くし、休みの日に買い物に付き合ってもらったときや、遊びに二人で行くときも食事にデザート付きというのは、お約束。

そんな彼だから、他の人からももらいたいのではと思ったのだけれど。


「俺は北野で十二分に満足してるけど」


きょとんとした顔で言われた。

うん、そう、かあ…とどもりながら返事をして、困ったなと思う。

毎回、御田くんに作るお菓子は気合を入れて「おいしくなれ!!」と念じながら作るけれど、今回はいつも以上に美味しく作らなければならない。

御田くんは、どうしてこう、さらっと私を嬉しくさせてくれるんだろう。

これがモテるということなのか、と私はしみじみ実感しつつ、いつもの新商品を分けてくれるお返しにと、今日登校途中に寄ったパン屋さんで売られていたシュガーラスクを取り出した。


「御田くん、シュガーラスクはお好き?」

「ああ、おいしいよなそこのは」

「うん、御田くんが教えてくれるお菓子は私全部好きだなあ。味覚が似てるのかもね」


びり、と袋を開けてどうぞどうぞと開け口を差し出す。

遠慮なく、と私よりはるかに大きな手が伸びてラスクを摘み上げた。

ここのラスクは絶品だ。もとから美味しいと評判のパン屋さん、そのパンを使って作るラスクがおいしくないわけがない。

私はパンしか食べたことがなかったのだけれど、御田くんが教えてくれて初めて食べた時の感動をまだ覚えている。

さくっとした食感と甘さを楽しみつつ二人でラスクを食べる昼休み。

御田くんの、私よりはるかに大きいお弁当箱はきちんと包まれて机の上に置かれている。


「おいしいねえ、私御田くんに教えてもらえなかったらきっと食べてなかったんだなって思うよ」

「喜んでもらえてよかった」

「うん、ありがとうね。なんだかいつもよりおいしく感じるんだ、御田くんと食べると」

「……っ、げほっ…!」

「ああああ、だいじょうぶ?!お茶飲む?」


いきなり噎せた御田くんに、はい!と机の上に置いてあったペットボトルを渡す。

涙目になりながらお茶を飲んで、そして落ち着いた御田くんは、そのあと硬直した。


「ん?どうしたの御田くん、まだ詰まってる?」

「…いや、北野、これ…」

「うん、私のだけど…おいしくなかった?一昨日かったけど、封を開けたのは今日だから大丈夫だと思ったんだけど」

「もう、お前ってやつは…」


ペットボトルを握ったまま机に突っ伏した御田くんを心配しつつ、持ちにくそうなペットボトルを回収してあげた。

ラスクをさくさく食べながら不思議に思って見つめていると、突っ伏した状態で少し顔を私の方に向けた御田くんが恨めし気に見てきた。

そんなにラスクが食べたいのか、とひとつつまんで口に運んであげる。


「…ちがう、けど、それはもらう」

「うん、いっぱいお食べよ」


素直にさくさく食べた御田くんがとってもかわいくて私は胸がきゅんとした。

これが、ときめきというやつだ!と一人感動を覚える。

ちょっとした動作が可愛い御田くんだけれど、こうして甘いものを一緒に食べているときが一番かわいいなと思うしぐさをしてくれる。

いつか、こういう可愛さを独り占めする人が出てしまうんだろうなあと、少しだけ寂しくなりながら私はペットボトルからお茶を飲んだ。

甘さをお茶の苦味が流してくれて、口の中はさっぱりとする。


「北野のばか」

「ええ、そんないわれのない罵倒を…?」


私に向かって小さくばか、と呟いた御田くんはそのまま机に頭をぶつけ始めた。

正直ちょっと怖い。

でも、ばかって小さな声で言うのは、反則。ちょっとかわいいなあと思ってしまったじゃないか。

ただ、一心不乱に頭をごんごん机にやっている御田くんが心配になって慌てて止めに入る。そんなにしたら良い頭がだめになってしまう。


「御田くんおでこ赤い!あれ、耳とかも赤いけど腕でこすれたのかな」


おでこに手を当てて腫れていないか確かめる。

昔から、というか、御田くんはどうも怪我に頓着しない性格で切り傷を作っても放置、あざができても寝れば治るといって何もしない、という人だった。だから小さいころから女子の中で一番仲が良く、弟の応援のために剣道を見に通っていた私が御田くんのけがをよく手当していたものだ。

それは今でも直っていない。御田くんは怪我をすると私のところに来るし(家にいるときは自分でやっているみたいだ)、私も昔の習慣からなかなか抜け出せず世話を焼いてしまう。

かといって私だけと仲が良いわけではなくて、男の子とも普通に仲は良いし、御田くんは男女問わず人気者である。


「不憫だな、御田」

「………うるさい」


ふ、と笑いながら御田くんの友達である増田くんが通り過ぎて行った。

彼は、御田くんの一番の友達で、私とも友達だ。

増田君は運動は普通だけれど、読書家で勉強もよくできる。図書館にいつもいる人だ。繊細そうな顔立ちとさらさらとした女子顔負けの髪の毛の割に、性格は攻撃的。口を開けば見た目の優しさとは正反対のギャップ。

――綺麗な顔立ちでSっ気があるということで女子からは人気がある。

ただ、少し容赦ない言い方をするので友達はあまり多くないみたいだ。本人的には、「気の合う奴が傍にいればいいし、万人に好かれたいとも思わない」と意外と気にしていない様子。

御田くんとは波長が合うのか、仲良し。

私も本を読むのが好きなので、よく本を貸してもらったり読んだ本の感想を言い合う仲だ。

そんな増田くんの言葉の意図を測りかねて御田くんを見れば、若干悔しそうにペットボトルの口の部分をにらんでいた。


「どうしたの、御田くんも増田くんも」

「…なんでもない。それより、今年は何をくれるんだ?」

「バレンタイン?あのね、」


と私はいそいそと机の横にかけておいた鞄の中からバイブルであるお菓子作りの本を出して、一か月前以上から読み込んでいるページを御田くんに見せる。


「今年は、『チョコレートの王様』です!」

「ザッハトルテか、さすがだな北野」

「御田くん、好きでしょう?私もだいすき。この間練習で作ったけど十分美味しくできたから、期待しててね」

「練習したのか」

「もちろんだよ。一発で成功するとは限らないし、御田くんには美味しくできたものを食べてほしいもん」

「俺は北野の作るものはどれも美味しく感じるけどな。それに、たとえ失敗したものでも俺のために作ってくれたものだろう?無駄にはしない」

「お、おだくんのばか…!」


それ、殺し文句だ!とかああ、と上昇する体温を冷ますようにレシピ本で顔を仰ぎながらうなる。

この人は無意識にこういうことをさらっと、息を吐くように何気なく言うので要注意である。言われた方はたまったもんじゃない、殺傷能力は抜群。ライフはゼロ。


「顔が赤いが、大丈夫か?」

「なんか一気に熱くなっちゃったよ」


話しているうちに落ち着いた私は、もう一口お茶を飲んでレシピ本をしまった。

御田くんは、またなぜか机に沈んでいた。



***



そして、バレンタインデー当日。

前日ザッハトルテを作り、見事成功を収めた私はホクホクしながら登校していた。

隣には、ちょうど家を出て数歩歩いた時に、日本家屋からでてきた御田くんを連れて。

家は近いけれど家を出る時間は別々なので私たちはめったに一緒に登校しないけれど、こうしてたまに一緒に行く。

帰りは、二人とも帰宅部で、御田くんは道場があるし、私は早く家に帰りたいしでほぼ毎日一緒に帰っている。

時間のある放課後に二人で寄り道をしてお菓子探索をするのが高校生になってからの楽しみの一つである。それに、帰りは暗くなる時も多いから御田くんと帰ってくるように!と御田くんのお母さんとお父さんとお祖父さんから念押しされてしまった。確かに、御田くんが居れば怖いものはない。


「今日は寒いねえ」

「北野、手袋忘れてきたのか?」

「ん、昨日汚して洗濯してきたの」


手をこすりながら登校。

二月の冷たさが手にしみていたい。御田くんはする、と右の手から手袋を取って私に渡す。


「それ、右にはめて」


という指示通りに手袋をはめる。御田くんの温度で、中はあったかい。

けれどこれでは御田くんが寒いではないかと返そうとして、私の左手は御田くんの手に包まれた。


「こうすれば、寒くない?」

「お、御田くんてばどこでこんなテクを…!」

「なんだそれ」


ふ、と笑った御田くんと手をつないで歩く。

小学生に戻ったみたいだ。大きい手だねえと笑えば、白い息が後ろに流れていった。

御田くんは、北野は小さいなと笑っていた。


「今年はもらえるといいね、甘いもの」

「やっぱり怖がられているんだろうな」

「教室で結構お菓子食べてるのにね」


乙女のフィルターには、御田くんがほとんどの時に食べているお菓子はみえなくなっているのだろうか。

それは、なんとも、あれだなあと思いながら、私と御田くんは下駄箱につく前手をつないで歩いた。


「放課後は、私の部屋に集合ね」

「一昨日から楽しみだった」

「ワンホールあるからね、二人で半分こ」

「甘くない生クリームが必要だな、それくらいなら手伝える」

「御田くん、生クリーム泡立てるの上手だもんね。やっぱり筋力の差かな」


そう、御田くんはお菓子作りをすれば失敗を繰り返し、料理をしても味がまとまらないという料理音痴だ。不味くはないけれど、食べたくない味を作る人。けれど、生クリームや卵白の泡立てはとにかく上手。

二人でザッハトルテの食べ方や放課後に他にもお菓子を買って帰ろうと話したりして時間は過ぎていった。あっという間に、放課後だ。


「明日は土曜日だし、泊まっていきなよ御田くん。お父さんたち、今日から旅行に行ってていないの」

「き、きたの…?!」

「弟もお兄ちゃんも御田くんに会いたがってたし、ザッハトルテは二人占めして、夜はみんなでご飯食べよう」

「ああ、うん、そうだな、そうだよな…」


すこしだけひきつった笑いを浮かべながら歩き出した御田くんに並びながら歩く。

いつも、御田くんは私の歩くペースに合わせて歩いてくれる。それを初めて意識したとき、とんでもなくうれしかったのだ。

ああ、私はこの人の中でちゃんと存在してるだなあと。――気にかけていてくれるんだと思って。

北野、と少しだけ真面目な声がしたので見上げる。


「……、夕飯の支度は、手伝う」

「ありがとう!よろしくね」


何やら歯切れ悪く言ったあとしゃべらなくなった御田くんはがっくり肩を落としていた。最近御田くんがたまに謎だ。

まず御田くんの家にバレンタインのお菓子をわたしに寄り、御田くんと私の家に行く。

今年も御田くんはチョコレートゼロを更新した。今年はなんと、プレゼントも、なしだった。

御田くんはお返しが困らなくていいとほっとしていたけれど、私は腑に落ちない。どうしてもらえないんだろうか…。


私の部屋で二人で食べる、というのは習慣だ。

去年はチョコレートタルト、その前はチョコレートチーズケーキ。一番最初に作った、固めるだけのチョコレートも、二人でここで食べた。

ずっとこんな風に、いられたらいいのに。

切り分けたザッハトルテを頬張る御田くんを見ながら思う。


「北野、作ってくれてありがとう。北野のやつが一番おいしい」

「御田くんに美味しいって言ってもらえるのが一番うれしい」


暖房の温度を上げすぎたのか、部屋が急に暑くなった。

チョコレートがとけそうなくらい。

沈黙をごまかすように頬張って、紅茶を飲む。ああ美味しくできた、よかった。御田くんがおいしいって笑う、それが特別嬉しい。


「北野、これからも俺だけに作ってほしい」

「そんなに気に入ってもらえたなら、ずっと御田くんのためだけに作るからね!」


満足げに笑う御田くんの顔を見ながら私も満足だと思う。

ぺろりと食べ終わった御田くんは、豪快に切り分けて頬張っていた。

家で作るケーキって、自分で好きなだけ切り分けられるところがいいところだ。


「御田くんが食べてる所、好きだなあ」

「ん?」

「どの御田くんも好きだけど、食べてる所をみるのが好きだよ」

「俺も、北野が食べてる所見るの好きだ。俺も食べたいと、思う」

「御田くんの食欲を刺激するほど美味しそうに食べてるのか、わたしってば…」

「いや、ちが…そういうわけでは、なくて」


と言いながら、一心不乱にケーキを食べる御田くん。

ぺろりと平らげたそれは、綺麗になくなっていて、私はとてもとても嬉しくなったのだった。


その夜は御田くんはお兄ちゃんと一緒の部屋に泊まって、朝は庭で一心不乱に素振りをしていた。

お兄ちゃんはそれを眺めながら、遠い目をしていた。私を見て泣きそうになっていたのが不思議だった。――あの夜二人の間で何があったのかは、謎だ。







***


蛇足(別名:前の席のクラスメートたちの悲劇)


二日前の昼休み。

「だっから!お前らは!爆発しろ…!」

「何アレなにあれ?!」

「間接キスに気付いてるのが御田だけというのが不憫だ…」

「増田くんが勇者すぎる、でもよく言ってくれた!」


バレンタイン当日。

「…え、付き合ってる?」

「その事実はありません、残念ながら」

「もう付き合ってくれていた方がいいんだけど?!」

「増田くんお願いあの二人くっつけて!」

「僕に頼むな絶対嫌だ。バカップル爆発しろ…!」


御田がバレンタインに甘いものをもらえないのは、別に甘いものが嫌いだと思われているからじゃない。

理由は北野がいるからだ。北野が一番特別と態度で表す御田に、面と向かって特別になれないとわかっていながら甘いものを渡せる勇者はいない。

逃げ道が、実用品だが、それも御田は自分の気に入ったものしか使わないので全く開封されないという悲劇。

早く付き合うか、いろいろとすっとばして結婚してくれた方がいいんだが。


「家に泊まって、とかもうそれお誘いとしか…!」

「でもそれを上回るフラグクラッシャー北野…」


どうでもいいから早く誰かあのバカップルを何とかしてほしい。






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― 新着の感想 ―
[良い点] フラグ立ったかと思いきや、折るどころか根こそぎ抜いてく北野様の無自覚力と、戦跡の死屍累々が怖い(褒め言葉)
[良い点] ふふっ。と微笑みながら読める素敵なお話でした。 このクラッシャーぷりがいい。 当て馬キャラとか出てきたらどうなるのか!! お兄ちゃんとは何があったのでしょうか…気になるー
[一言] 砂糖漬けにされる果物の気持ちがわかりました。甘い…!!ぐふぅ(ざらざらざら…)
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