9,宇宙新生活
アメリカ合衆国、国際連合本部ビル。
マザーウォール各国支局の局長を集め、運営理事会議が開かれていた。
「さて、続いては……問題の『白いインバーダ』についてだ」
「地球の科学の粋を集めたとも言える特機が、手も足も出なかったそうじゃないか」
「頭が痛い存在ですな……」
「今の所、これに対抗できるのはジョーカーしかいないそうだな」
「ジョーカーは現在、これの警戒のため、シャンバラに常駐していると聞きましたが……ミス・ユーリ」
話を振られ、ビン底眼鏡の白衣の女性が立ち上がる。
「はぁーい。リンちゃんは今、シャンバラで警戒任務中ですよー」
日本支局局長、来築悠李。
世界のお偉い方が集まった会議に置いても、その間延びしたマイペースな口調は変わらない。
「ならば、これはそう取り急ぎ議論する事では無いのでは? ジョーカーなら、片手間で処理できる程度なのでしょう?」
「けっ、いつまでもあんな化物が最重要戦力、ってのも考えモンだがな」
「彼も人間ですよ。お得意の差別ですか? お・じ・さ・ん」
「あぁん? 音速で宇宙を飛び回る人間がいるかよ。博愛主義をこじらせるのも大概にしとけよ、小僧」
「ははっ、この話題でピリピリするの止めましょうや。もう半々って事で良いじゃないすか。半分人間、半分モンスター。いかにもコミックヒーローな感じで」
「静粛に」
議長の言葉に、会場が静まりかえる。
「……何か、言いたい事があるのだろう。続けてくれ、ミス・ユーリ」
「はーい。どーもでーす」
適当に礼を述べ、悠李が続ける。
「取り急ぐ必要性は無いと言いましたけどー、そうでも無いんですよねー」
「何?」
「リンちゃんは地上での生活をエラく気に入ってますからねー。長い事宇宙に置いとくとなると……ねぇー」
「はっ! 傑作だな! 地球を守る俺達が、地球に仇名す化物のお仲間にご機嫌取りをすんのか!」
「そーでーすよー」
「……日本支局はどこまで平和ボケしてんだ? 化物のメンタルケアなんぞ知るかってんだ。あのクソガキが文句ブーたれてんのか? あのクソガキ、自分が『生かされてる』って自覚ねぇのか?」
「へぇー?」
「んだよ?」
「『生かされてる』、って自覚が無いのはー、あなたの方だと思いますよー?」
「あぁ……?」
「本当にわかってないんですか、おじさん」
会場のほぼ全員が、一斉に呆れた様に溜息。
「な、何だよ全員で……」
「現在、人類の最高戦力はGGと言っても過言では無い。そして、白いインバーダ相手には、あらゆるGGは無力と言っていい」
「だったら何だよ」
「そんな白いインバーダを軽くあしらう化物を、人類がどうやって管理できる?」
ジョーカーが人類と敵対しないのは、彼の意思だ。
彼が人類側に管理されている訳では無い。
本来なら、彼は一時期とは言え自身を実験動物の様に扱った人類と、敵対してもおかしくは無い。
それでもなお、彼が人類の味方であり続けるのは、今の生活を気に入っているから。
人類に仇名す事が、その気に入っている場所の崩壊に繋がってしまうから、彼は人類と共に歩んでいる。
マザーウォールが彼の生殺与奪の権利を握っている……否。
全くの、逆だ。
「つまり、彼が我々を見限った時……我々は、終わりだ」
「おいおい、んなモン、眠らせて処分するなり……」
「ジョーカーは細胞を変異させ、体内に侵入した薬物成分やウィルスを殺す事ができる。物理的に殺すにも、彼は自身へ向けられる敵意を検知する直感にも長けていて、隙を突くのは至難の技。そして隙を突かなければ、人類側の兵器ではまず彼に当たりすらしないだろう。彼の睡眠時に広範囲無差別爆撃を行ったとしても、仕留め切れる可能性は低い」
ジョーカーは他のインバーダと同じく、頭部を激しく損傷しない限り、死なない。
無数の爆撃を浴びせ続ければ殺傷も可能だろうが……それはほぼ不可能と言える。
彼の思考・反応・挙動速度は人類の限界を遥かに越えている。そもそも人間とは、1秒の長さが違う。
1撃目の爆撃で仕留めきれなければ、その直後にバリアを張られてしまい、後の爆撃を全て防御されてしまう可能性があるのだ。
そして、核が廃絶された現代、彼を1撃で仕留められる様な爆撃兵器は……
「っ…………!」
「君は、少し認識違いをしていた様だな」
「気に入らない奴の話だからって、話半分にしか聞いてないからですよ、おじさん」
「う、うるせぇ!」
「と言う訳でー。早々に白いインバーダへの対策兵器……もしくはー、リンちゃんを超速で打ち上げられる専用のマスドライバーの開発、急いだ方が良いと思いまーす」
「ふむ」
「とりあえずー、日本支局はこの両プランの開発チーム創設を、要請しまーす」
「さて、では早速、この日本支局からの要請について、意見・異論を聞き、採決を取りたいと思う」
議長の言葉に、悠李は満足気な笑みを浮かべて座る。
「相変わらず、あの子に肩入れしている様ね」
悠李の隣席の若い女性が、小声で話しかけて来た。
ロシア支局の局長だ。悠李の個人的な友人でもある。
ロシア支局局長の言葉に、悠李は楽しそうに、答える。
「だってー、リンちゃんは散々楽しませてもらってるからねー」
正直、ジョーカーは多少不自由を強いられたくらいで、人類と敵対する様なタマでは無い。
彼に会った事があるロシア支局局長は知っている。
当然、悠李もよくわかっている。
でも、そんな事を言いだしたら、ここの連中は費用節約のため、ジョーカーの自由を制約する方針を打ち出すに決まっている。
「たまには、こうやってご褒美を用意してあげないとー」
ジョーカーが地球で暮らしていても問題無い状況を作る。
そのために、悠李は今、尽力している。
「うぃー、ひっく」
あからさまに酔っ払ってらっしゃるシェーナさん。
その隣でちびちび静かにビールを飲み続ける病み上がりのシルヴィアさん。
カクテル1杯で潰れて寝息を立てているアヴァさん。
何か「娘がよう、最近口聞いてくれなくてよぉ」とか愚痴ってるバージャスさん。
バージャスさんの愚痴に苦笑いで相槌を打ち続けるジャック。
……ここは、シャンバラ内、従業員寮。
俺の部屋だ。断じて居酒屋では無い。
テーブルも無いこの部屋で、カーペットの上につまみのスナック菓子を広げ、中年な方々を中心に酒盛りをしている訳だ。
名目としては、寮暮らし組による俺の歓迎会+シルヴィアさん復活祝い。
「うりー、ほぉら輪助も飲みなしゃーい」
「どわっ!?」
普段の大人の女性感はどこへやら。
呂律が怪しい感じで、シェーナさんがいきなり俺に抱きついてきた。
「俺は未成年ですってば!」
「なら、いますぐ歳取りなひゃい。命令。ジャックも」
「無茶ぶりにも程がある!」
「大体、何で未成年なのよーう!」
そりゃあ、生まれてまだ20年経ってないからである。
つぅかシェーナさん、酒癖が想像を絶する程に悪いな。
「シェーナ、酒癖悪すぎ」
ふぅ、と溜息を吐き、シルヴィアさんが、
「そんなんだから、いつまで経っても独り身」
爆弾を投下。
「っ」
シェーナさんの口角が引き攣るのを、俺は確かに目撃した。
シェーナさんは普段「色恋には興味無いわー」的な話をよくする。
よくするって事は、そう言う事である。
「……あんただって独身じゃないのさー」
「私は酒のうんぬんじゃない。外見的な問題でロクな男が寄ってこないだけ」
まぁ確かに、シルヴィアさんの外見に惚れ込む奴は大抵ロリコンだろうし、その手の輩は実年齢を聞いた途端に去っていくのだろう。
「もぉいいや。うん、もぉぉぉいい。……輪助」
「何すか」
「結婚しよ」
「とんでもない事を言い出したよこの人!」
「いいじゃん、もういいじゃん、長い付き合いらしさぁ。そーれーとーもー、歳上女房はお嫌い? 大人の色香をくらえブヘァ」
「酒臭い吐息しか感じ無いんですが!?」
「はい、誓いのチュー」
「どぅわっほい!?」
躊躇いなく唇を奪いに来たシェーナさんの顔を躱し、その腕も振りほどく。
「あぁん、輪助にすらフラれたー。この恩知らずー!」
……シェーナさん、多分、明日は後悔の余り自室でのたうち回ってそうだな。
つぅか「輪助にすら」ってなんだ「すら」ってコラ。
「……皆、酔いつぶれちゃいましたねぇ」
「こりゃ、叩き起すのも難だな……」
結局、俺とジャック以外の飲酒組は、皆仲良く床に屍の如く転がっていた。
「ったく、良い大人が腹出して眠りやがって……」
「はは、何か母親みたいですね」
「結構笑い事じゃねぇぞ面倒くせぇ……」
何回ゆすっても全然起きる気配がありゃしねぇ。
全員部屋まで運ぶのは難儀だぞ、全く。
「……ジョーカーさん。ありがとうございます」
「へ?」
突然、ジャックの口から放たれた礼の言葉。
俺、何かしたっけ?
「あなたがシルヴィアさんを助けてくれたから、僕は今、笑えているんだと思います」
「ああ、そういう……」
確か、ジャックはシルヴィアさんと一緒に出撃したんだっけ。
「……僕は、戻らなきゃ、一緒に戦わなきゃって、心の中では、思ってたんです……」
「………………」
「でも、戻れなかった……いや、戻らなかった……!」
「……別に、そんな気に病む事でも無ぇだろ」
誰だって、死ぬのは恐い。
当然だ。
俺だって、死ぬのは嫌だ。
「理由はどうあれ、お前の判断は間違ってねぇよ。もしお前が戻ってたら、俺が着くまで生き残ってたかも怪しいし、お前を庇ってシルヴィアさんが……ってケースも想定できた」
「結局、僕が未熟だった、って事ですよね」
う、墓穴だったか……
ここは、下手にフォローは入れない方が良いだろう。
「……言い方は悪いが、そうなっちまうだろうな」
「何が、次代のエースパイロットだ……って、話ですよね……」
「…………ったく……」
俺は、夏輪以外の奴の慰め方なんて、知らない。
でも、こういう事を言う人間が、下手な慰めの言葉なんて欲してはいない事は知っている。
だって、俺にも経験があったから。
自分の愚かさを、無力さを呪って、膝を抱えた時期が。
インバーダに乗っ取られて、大事なモンをこの手でぶっ壊しかけて……今のジャックみたいに、自責の念に取り憑かれた事がある。
その時、この床に転がってる大人達は、皆口々に同じ様な事を言った。
「嘆くのが嫌なら、膝を抱えて丸まってる場合じゃねぇだろ。次は違う結果を出せる様にしろ。過去を呪ってるだけじゃ、次も二の舞だぞ」
嘆いてる暇があんなら変わる努力でもしたらどうだ、時間の無駄使いにも程があるぞ。
そういう風に、周りの大人達は俺を焚きつけた。
慰められたって、惨めになるだけ。
優しくされても、問題は解決しない。
俺がそういう状態だと、察してくれたんだろう。
もしも、この人達の言葉が無かったら……俺は今でも、自分が人間じゃなくなった事を嘆き、膝を抱えて時の経過を待つだけの人生を歩んでいたかも知れない。
自分がインバーダになっちまった事ときっちり向き合い、インバーダになったからこそ出来る事を探し、それなりの人生を歩み出せたのは、周りの皆のおかげだ。
この人達には、本当に感謝が絶えない。
「……強いですね、ジョーカーさんは」
「別に強くねぇよ。色々と恵まれてるだけだ」
「僕、あなたみたいに、なれますかね」
「インバーダになりたいのか? やめとけよ……興味本位で精子取られるぞ」
「いえ、そういう直球的な意味での『あなたみたいに』では無くて……っていうか、精子って……何で急にそんな力無い笑顔に……」
「いや、自分で言っといて、嫌な事を思い出しちまったな……と」
あのふんわりクソ野郎……あの後、美人研究員が俺の精子を顕微鏡で熱心に観察してる画像を送りつけて来やがったからな。
羞恥プレイにも程がある。悶え死ぬかと思った。
ベッドの上で転げ回った末に枕をブン殴ったのは久しぶりだ。
おかげで枕ごとベッドがブッ壊れた。
「2度とあんな思いはしたくないから、俺はもう不用意に日本支局本部基地には近寄らない」
「本当に何があったんですか……」
「聞きたいか?」
「こんな断片的に奇妙なワードを聞かされたら、詳細が気になるに決まってるでしょう」
俺は普段、あんまり人に愚痴を聴かせる柄じゃないが……丁度良い。
たまには、思いっきり毒を吐き出してみよう。