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アネモネ  作者:
3/4

それぞれの話


田舎のほうに住んでる人にはわかってもらえるだろう。自分が通学で使う電車が単線で待ち時間が異様に長い、この少年もそのそれに悩まされているタイプの人間だ。少年は部活を早目に切り上げて8時前には家に帰るつもりだったのだが、乗り換えがうまくいかなくて今日もいつもと同じ時間になりそうだ。

「はぁ…せめて一時間に3本は電車走らせてくれよ…」

少年の願いは届くはずもない。届くはずもないとわかっていても願う、願い続けるしかないのだ。少年は大きなため息をついた。

「だーれだ!」

突如、少年の視界は何者かの手によって遮られた。背中には申し訳程度のふくらみがぶつかる。

「せめて、声くらい変えるの努力はしろよ…」

そう言って、少年は視界を塞いでる手をどけた。振り返ると二人の女子生徒がいた。

「舜明…お前相変わらず貧乳だな…」

「うるさいッ!これでもBカップあるんだよ!」

少年に「舜明」と呼ばれた女子生徒の右足が少年の右足にヒットする。いい音がした。しかし、痛みはほぼない、むしろ蹴った舜明のほうが痛そうだ。

「いったいどんな足してんのよ!このゴリラ!」

「日々のトレーニングの賜物だ!」

楽しそうに聞こえるこの会話。一年前だったら想像もできないことだ。一年前、舜明と俺は付き合っていた。まぁ、長く続かなかったんだけどな。お互い、友達のほうがやりやすかったんだ、友達以上恋人未満の関係が俺達にはぴったりだったのかもしれない。別れた後の俺はもの家の殻みたいな人間になっていた。別に、初めての失恋ってわけじゃない、でも、辛かったんだ。あの頃の俺は、舜明と一緒にいれるならほかなんてどーでもよかった。逆にそれが、二人の関係を破局させることになった。少年の舜明に対する愛が重過ぎたのだ。今となってはいい思い出だ、あの経験があったから今の俺がいる。

「あのー…夫婦漫才を繰り広げるのは結構なんですが、うざいんでどこか違うところでやってくれません?」

とげのある言葉、言葉の主は舜明の隣にいる少女だ。チェックのマフラーをしていてセミロングの髪の毛がこんもりとしているところが最高にキュートだ。この子は田中希美、舜明と同じクラスで俺と同じ市に住んでいる。前は舜明と同じ市に住んでいたのだが、ある事件を境に引っ越したのだ。

「「夫婦じゃねーし!!」」

はもった。別に、わざとやってるわけじゃない。なぜか知らないが舜明とはこうなることがよくある。

「ほらー、やっぱり、あんたたちカレカノの関係より夫婦関係のほうがお似合いよ?」

「「うるさい!」」

「うん、やっぱり、あんたたち夫婦だよ。」

俺はなんだかんだ言ってこの空間が好きだ。こいつらは俺のことをよく知っているし俺もこいつらのことをよく知っている。お互いにお互いのことをよく理解しているのだ。それもあってこの空間は本当に居心地がいい、このままずっとこの関係のままこの空間が続いていけばいいのに…なんて思ってたりもする。

「そーいえば、アンタまだ悠奈ちゃんと付き合ってるの?」

唐突に舜明が妙な質問をぶつけてきた。

「あぁ、付き合ってるけど…なんかあるのか?」

「いやぁ~、別になんもないですよー?」

この感じ、絶対何かある。

「舜明…お前絶対何か隠してるだろ…」

「いやぁ?別になにも隠してないですよ~?」

「はぁ…いいよ、どうせ何も話してくれないだろうし…」

「よくご存じで~」

「お前とはかれこれもう、8年の付き合いだからな…それくらいはわかるわ!」

「あのー!いい加減にしてもらえます?見ててイライラしてくるんですけど!」

希美からのきつい一言、これくらいはもう慣れた。

「ごめんって、田中ー、でも、これくらいいつものことだろ?」

「そうだけどさー…」

今日の田中はなんだか変だった。いつもだったら、「はいはい…いつも仲睦まじいですね…」などと言ってくるのに今日はやけに食いついてきた。

「どうしたんだ…田中、お前なんかいつもと違うぞ?」

「いつも通りだよ!」

どうやら田中はご機嫌ななめみたいだ。なぜ不機嫌なのかを舜明に聞いてみると

「しーらない」

と言われてしまった。

 やがて、舜明が降りる駅に着いた。ここからは俺と田中だけになる。いつもは二人だけになるとお互いあまり会話が続かないのだが、今日は違かった。珍しく、田中の方から話しかけてきた。

「あ、あのさ…一つ聞きたいことがあるんだけど…いいかな?」

それは、いつもの彼女からは考えられないような口調だった。一体、田中はどうしたのだろうか?また、前みたいな事件に巻き込まれているのだろうか?というような不安がよぎった。少年は一度深呼吸してから「いいぞ」といった。

「別に大したことじゃないんだけどさ…なんであの事件の後松村は私のことを気にしてくれたの?」


―意外な質問だった。少年の頭には「なんで今更こんなことを聞くのだろう?」という疑問と「どうして田中は今、この状況で聞いてきたのだろうか?」という二つの疑問が生じた。前者に関しては、まだ納得のいく理由が付けられる。しかし、後者に関してはどうだろうか?舜明だってあの事件のことはよく知っている、それなのにどうして田中と少年しかいない空間で聞いてきたのだろう?

―わからない。とりあえず、質問に答えてからその答えを考えることにした。

「やっぱり、友達が学校からいなくなるのは寂しいだろ?ましてや、このど田舎路線で同学年が一人減るのは結構大きい問題だし、少しばかり寂しいんだよ。だから、いつか田中が帰ったらまた昔みたいな関係でいたいなと思ったからかな…」

少年が本音を言い終えた後、二人の間に静寂が訪れた。

――聞こえるのは車掌の車内アナウンスだけ。

自分が本当に思っていたことを吐露するというのはやはり恥ずかしいものだ。しかも、相手の目の前で…

お互いよっぽど恥ずかしかったのだろう、それ以来二人は終点に着くまでお互いの顔を見ることができなかった。

やがて、終点に着いた。ここからは二人とも別々の方法で帰る。少年は親の迎え、田中は駅と家が近いので徒歩で帰る。

お互いに別れの挨拶をかわしてそれぞれの帰路につく。

少年は携帯で時間を確認する、時刻は20時24分…いつもと同じ時間。しかし、今日はいつもより電車に乗ってる時間が長く感じられた。

「なーに言ってんだろうな…俺…疲れてんのかな?とりあえず、早く寝るか…」

携帯のメール受信を告げるランプが点灯していた。でも、少年はそれに気づいていない…

何か大事なメールだったのかもしれない。すぐにそれ見ておくべきだったのかそれともすぐに見る必要がなかったのか、それはまだわからない。



今まで、私が一番怖いと思っていたことは「素の自分をさらけ出すこと」だった。学校では常に猫をかぶり、日陰者として生活する。どうしてかって?答えは簡単、素の自分が否定されるのが怖いのだ。そう、私はこう見えても臆病者だ。でも、今の私にとって一番怖いことは「見ず知らずの人間に自分のことをしられている。」ということだ。


それは昼休みのことだった。内輪でやるクリスマスパーティーの予定を決めていて教室で悠奈と話し込んでしまった。しかし、次の授業が体育だったことを思い出した私は体操服入れを持って慌てて更衣室へ向かった。

 更衣室では、大半の女子が着替えを終えていて、授業開始まで後数分しかないことがうかがえる。私も急いで着替えを済ませ、体育館用の靴を取りに下駄箱へ向かった。

 いつものように下足ロッカーを開けて靴を取り出すと、一枚のメモ用紙が落ちてきた。

(また、翔平君かな…?)

と思って落ちた紙を見た。文面に違和感を抱く。これは翔平君からじゃないとすぐに理解し、その紙をポケットにしまい込んで急いで体育館に向かった。手紙の内容は単純な解釈すればラブレターだった。でも、差出人の名はどこにも見当たらないし文面には嫌悪感を抱いた。―なんだか不気味なラブレターだ…

 体育の授業を終えて、私はすぐに着替えをして例の手紙を握りしめて教室へ向かった。教室は男子たちが着替えをしている真っ最中だ。それでも、翔平君は廊下側の席にいるので私は窓から彼のことを呼んだ。

「翔平君、この手紙の字に見覚えある?」

「ん?ちょっと借りていいか?」

「いいよ。」

そう言って私は彼に手紙を渡した。手紙を見ると彼の顔色が一変した。

「ラブレターか…しかも、差し出し人不明の…気味がわりぃな…」

「そうなの…で、誰がこの手紙を私によこしたのか調べて欲しいんだけどいいかな?」

「わかった、やっておく。」

「お願いね。」

私は翔平君に手紙を渡してその場を去ろうとしたが教室内から誰かの視線を感じた。気味が悪い。ツイてないときはとことんツイてないみたいだ。その時は、その視線の正体を突き止めることはしなかった。ただの勘違いだと思っていた。


 翌日、翔平君から昼休み図書室にくるように言われた。彼は何か話ずらいことがあると決まって人を図書室に呼び出す。どうやら今回の一軒は面倒なことみたいだ。

 図書室は昼休み基本的に誰もいない、司書の先生と図書委員の二人だけしかいない日だってざらにある。

(ここだけの話、たまに図書室でキスをしているカップルがいるらしい…)

私は足早に図書室の奥に向かう。奥にいくとすでに翔平君がいた。彼は私にそこにある椅子に座れと合図した。私は椅子に腰かけて、彼の言葉を待った。

「これを見てくれ。」

そう言って彼は私に一枚の写真を見せた。写真は私たちが普段使う下足ロッカーのものだ。

「これは仲のいい教師に頼んで昨日の防犯カメラの映像から拝借してきたものだ。」

相変わらず、彼のやることがおかしい。どうやって教師を脅してるのか不思議くらいだ。

「時間は12時04分、昼休みの写真だ。ここに人が写ってるだろ?こいつが沙織の下足ロッカーにラブレターを入れたやつだ。」

「こいつに見覚えはあるか…?」

「この時期にクラスメイトの顔と名前が半分も一致してない人にその質問はどうかと思いますよー?」

「そういえばそうだな…沙織には無駄な質問だったかもな。」

「無駄」という言葉を強調された気がして少しカチンときたが本当のことなのでなんとも言えない。

「もちろん、私のことをバカにしたんだから翔平君はこの人が誰だかわかってるんでしょうねー?」

仕返しだ。やられたらやり返さないと気が済まない。

「残念だけど、まだわかってないんだよねー…」

「はぁ?」

思わず素の自分が出てしまった。

「まぁ、そうあせらないで。上履きの色を見て見なよ。」

いわれるがままに写真に写ってる人の足元を見る…(黄色の上履き…?)

「犯人は同学年のやつだ。これだけでも、犯人が限られてくるぞ。」

彼の言葉を遮るように、授業前の予鈴が鳴った。(もうこんな時間なのか…)と思いながら翔平君と一緒に図書室を後にする。彼には引き続き犯人探しをお願いした。

教室の近くになるとまたあの視線を感じた。(まただ…)

私はその視線を無視して授業準備をしようとロッカーに教材を取りに行った。次の授業は現代文…すなわち休憩時間だ。現代文の先生は授業中に寝ててもなんにも言わないので私はいつも何か別のことをしている。今日は、化学の宿題をする予定だった。しかし、今日の授業はあいにくのテスト、心底ツイてない一日だと思った。

かったるい授業を終えて、いつも通り悠奈のもとへ向かう。今日は彼女も学校に来てるから一緒に帰れる日だ。ウキウキしながら悠奈のいる教室まで行くと、まだ掃除中のようだ。仕方がないので教室の前で待っているとまた、あの視線を感じた。誰かに見られてるのはさすがに気味が悪い。恐る恐る視線のする方向に目を向ける…そこには一人の男子生徒がいた。知らない顔だ。いや、覚えてない顔かもしれない。その男子生徒は私が顔を向けると何処かに行ってしまった。

(誰だろう…あの人?)何はともあれ視線の原因がはっきりした。それだけでも大きな進歩だ。悠奈の教室では、掃除を終えた男子たちが部活に行く準備をしている。悠奈も荷物をまとめて私のところにやってきた。

「悠奈、あーんして。」

そう言って私は彼女の口の中にチョコレート菓子を入れる。彼女はそれを拒絶することなく受けいれる。彼女の食事をする姿にさえ愛おしさを感じる。至福の時である。

「さすがに、人前でやられるのは恥ずかしいな…」

(うん、普段はクール系だけどこっちの恥らう悠奈もありかも…)

幸せな時間が流れていく。一生この時が続けばいいのになんて思ったりもする。でも、時間というものは残酷だ。いつかは離れ離れになってしまうかもしれない。だから私はその時がくるまでこの時を楽しませてもらう。そして、その時がきたら私は…どうするんだろう…?少女の心に中に小さな穴がぽっかりと開いたような気がした。その穴の正体は何かわからない、でも、その穴を埋めないといけない。

『これ以上穴をあけてはいけません。取り返しのつかないことになる前に適切な処置を施してください。』

と私の本能が私に忠告している。でも、まだ私はその穴を埋める道具を持っていない。



普通の人だったら軽く狂ってしまうような人生を送ってきた。両親離婚、親戚の家を転々とする生活…「幸せ」、「愛情」なんてとうの昔に消え去った。


学校での私は他の人から見れば「陰キャラ」、「不登校野郎」というレッテルがふさわしいだろう。でも、誰になにを言われようと私は気にしない。他人の評価なんてどうでもいい。私はいつもそうやって生きてきた。これからもそのスタイルを貫くつもりだった。

 でも、今日は邪魔が入った。前日、担任教師から電話があった。内容は簡単、最低出席日数を下回ると自分と学年部長の仕事が増えるからなるべく学校に来いとのことだった。というわけで、仕方なく今日は学校に来た。学校にきたところでただ授業の時間に席についてるだけの簡単な仕事だ。休み時間はもっぱら睡眠か話のあうある一部の友達と話すだけ。沙織は階層が違うので昼休みと放課後しか逢えない。翔平とは…滅多に逢えない。彼は私と違って友達も多いし、部活だってやってる。なんで、こんなに対極に位置する人間のことを好きになったのか謎だ。一度、彼に聞いたてみたことがあるが、適当にはぐらかされてしまった。

今日の授業を終えて、沙織が来るまで教室で待機。もうかれこれ沙織とは5年の付き合いになる。出会いは本当に突然だった。駅から学校までのバスの中で私たち会話に入ってきた女の子がいたんだ。その女の子が沙織だった。はじめは戸惑ったがお互いに趣味が同じということで意気投合。今までに至るといった感じだ。はじめて沙織に逢った時の私の印象は「おとなしい子」といったものだったがいい意味でぶち壊された。

やがて、沙織が私のクラスにやって来た。私は通学鞄を持って彼女の元に向かう。今日学校であったことや、趣味の話…そんなことを話しながら学校から駅までの道を歩く。見慣れた風景、四季に合わせて変化する風景だが冬は枯れ木だけでさみしい。でも、私はこのさみしさが割と好きだったりする。

駅に着くと沙織は塾へ、私はそのまま家に帰る。今日も「幸せ」な時間が過ごせました。そう胸の中で思う。

 乗り換えの駅で後ろの人から声をかけられた。振り返るとそこには見知った一人の老婆がいた。

「木場さん…?」

「久しぶりね…悠奈ちゃん…」

まさか、こんな時に会うとは思わなかった。

「どうして私だとわかったんですか…?」

「その制服よ、珍しい制服よね。色使いが…」

確かに私たちの高校の制服は目立つ。でも、その制服を着ているだけでそれが私だと判断できるのだろうか?この辺りに住んでるうちの学生なんて結構な数いるはずだ。

「後、雰囲気かしら…あなたは他の人にないオーラをはなっているわ。」

よく言われることだ。雰囲気が普通の人とは違う。

「そうですかね…?」

「ええ、あなた雰囲気の他は中々恵まれてるのにもったいないわよ?」

「余計なお世話です…」

「彼氏はいるの?…まぁ、でもこんな雰囲気の子誰も好きになんかならないでしょうねー」

「…います」

「へぇ…意外だねぇ…」

なんだろう、「意外」という言葉に腹が立つ。まぁ、でも仕方ない。何せこの雰囲気だ。私に喜んで寄ってくる人なんて沙織ぐらいしかいない。

「で、用件はなんですか?」

この人のペースに飲まれてはいけないと思い、こちらから話をふる。木場さんも前回あった時に比べるとかなりフレンドリーに話しかけてくる。

「用件…そんなものはないわよ?ただ私は、暇だからあなたと話をしているのよ?」

あえなく撃沈。再び、話の主導権は木場さんに奪われる。

「ところで、あなたにとって大切な人って誰?家族、友達それとも彼氏?」

「…友達か彼氏ですかね…」

「面白い子だね…昔の私と同じだ。」

(なにが言いたいんだこの人は…?)

話になんの脈絡も見出せない。

「一つだけ私の昔話をしよう。」

「はぁ…」

「悠奈ちゃんは昔の時代の結婚がどのようなものか知ってるかい?」

それくらい、現代文の授業で昭和時代の物語を多少かじってるから知ってる。

「確か、女性は親の決めた結婚相手としか結婚できなくて。さらに、それを拒否することはできなかったんですよね…?」

「そうよ…よく知ってるじゃない。」

「…どうも…」

「昔の私にも結婚しなくちゃならない時が来たんだ。でもね、私にはその当時好きな人がいたの。でも、親の決めた結婚相手と結婚しなければならない…その当時の私はどうしたと思う?」

「さぁ…?駆け落ちでもしたんですか?」

「答案としては30点ね。駆け落ちしようとしたけどお金がなかったのよ。若い二人には駆け落ちしても、その後の生活するお金なんてもってなかったの。だから、二人あの世で一緒になれるように心中したの。地獄で再会しましょうって言ってね。」

「えっ…」

「心中したのはいいんだけど、相手の人は頚動脈を切って即死。でも、私はうまく切れなくて助かってしまったの…」

木場さんは苦笑気味に話す。なにも言葉が出ない。

「結局、私はその後親に勘当されたわ。まぁ、当然よね…親の言うことに背いたのだから。」

彼女は自嘲気味に笑う。

「ごめんなさいね、いきなりこんな暗い話をしてしまって。」

「いえ…そういう話慣れてるんで…」

嘘をついた。私は自分以外の人に自分の弱さを見せるのを嫌う。だから、自分の弱さを隠すために嘘をつく。でも、流石に今回の話は急だったから動揺してしまっていることを悟られてしまったかもしれない。

「こんな話はもうやめて、明るい話にしましょう?ところで、あなた彼氏とはどこまでしたの?」

「はい!?」

不意打ちをくらった。一度、深呼吸をしてから木場さんの目をみて

「…なにもしてません。」

ときっぱり否定する。

「ふーん…」

やっぱり、私はこの人が苦手だ。早く電車に来てもらいたい。そうすればこの空間から逃げ出せる。そう思っていると電車が来た。木場さんも同じ電車に乗るが彼女はここから二駅のところで降りる。私はここから7駅。後二駅さえ耐えてしまえばこっちのものだ。そう思って木場さんとの会話を始めた。

 10分後、木場さんの降りる駅に着いた。木場さんは駅前のマンションに住んでいるらしく今度暇な時にでも来なさいと言われた。まぁ、行ったらなにされるかわからないから行くつもりなんて毛頭もない。やっと一人になれた、そう思ったが制服のポケットに入れてた携帯が鳴った。私にメールをよこすやつなんて両手で数える程しかいない。だいたいは翔平か沙織だが二人とも今の時間は忙しい。携帯を開けて差出人の欄を見てみると「詠歌」とあった。ずいぶんとひさしぶりにメールをよこしてきたので一体何かと思って内容を見てみると、そこには「あいつと喧嘩したらこれからそっちに住む。」という短い文章が書いてあった。あいつというのはおそらく母親のことだろう、詠歌は母親と喧嘩になる とすぐ私と祖母の住んでる家に逃げ込んでくる。しかし、メールに書いてある「これからそっちに住む。」ということはとうとう彼女も母親に愛想をつかしたみたいだ。たまには姉妹顔を合わせるのも悪くないと思った。

家に着くと、見慣れない靴が一つ。おそらく、詠歌のものだろう。私もローファーを脱いで家にあがる。リビングから詠歌と祖母の話し声が聞こえる。私もリビングに入ろうとしてドアノブに手をかけたが、久しぶりの会話を邪魔するのもよくないなと思い二階の自室に行くことにした。

 私の部屋は殺風景だ。あるのはベッド、机、パソコン、本棚、クローゼット。女の子の部屋という言葉を聞くと華やかなイメージを浮かべる人も多いだろうが私は例外だ。私は自分の部屋には必要最低限ものしか置かない主義の人間だ。いつものように、パソコンに電源を入れてからベッドに倒れ込む。

「下に行く前に着替えないと…」

私は気だるそうに起き上がり、クローゼットを開け放つ。最初に目に飛び込んできた白のワンピース。私が好んで着る服は基本的に黒かそれに近い色だ。でもこの服は違う、この服だけは特別なのだ。この服は翔平と初めてデートしたときに買ってもらったものだ。最初はこんなひらひらした服なんて着たくなかったんだが店員さんと翔平におされて着ることになった。翔平はこの服を気に入ってくれてるみたいだからよしとしよう。私は白のワンピースの横にある黒のパーカーに手を伸ばした。

「着替えるのめんどくさいし、制服のブラウスの上にこれでも着とこ…」

パソコンの起動が完了したみたいだ。私はパスワードをいれてから部屋を後にした。

一階ではまだ祖母と詠歌がはなしをしているみたいだ。私は喉が乾いたので台所に行ってから話に混ざることにした。まぁ、私が話に混ざったところでわたしは何も話す気なんてないのだが…

「悠奈ちゃん、帰ってたのね。詠歌ちゃんもいるから、こっちにきなさい。」

リビングのこたつに入って話に混ざる。背後に妹と話をしたのはいつだうか…思い出せないほど昔なのかもしれない。

「久しぶりだね、悠奈。」

血はつながっているはずなのに驚くほど性格が違う。物事に対して消極的な私と違って彼女は翔平と同じように部活に所属しているし学校だってちゃんと行ってる。どうしてこうなったのか一度考えてみたことがあるが結論は出なかった。

「久しぶり、元気にしてた?」

妹の前では私は完全無欠の姉を演じている。だから、こうして私はいつものように仮面をかぶる。

「まぁ、割とね…」

歯切れの悪い返事。母親と揉めている事以外にも何かあったみたいだ。今はとなりに祖母もいることだしそのことにはあとで触れることにして、今はとりあえずこの場所から抜け出す方法を考えることにした。

「あ、そうだ!私、詠歌に渡したいものあったからちょっと取ってくるね。」

これで部屋に戻って、部屋のカギを占めて引きこもる。完璧な計画だ。これでいけると思った矢先、祖母に呼び止められた。

「悠奈ちゃん、おつかい頼めるかしら?詠歌ちゃんも来たことだし夕飯の材料の買い出しに行ってもらいたいんだけど…」

ツイてない…と思ったがこの際ここから抜け出せるのなら何でもいいと思っていたのでよしとした。

 買い物メモ、買い物かご、財布を持って外に出ると流石12月の中旬といったところだろう、とても寒い。早いところ買い物を済ませて自分の部屋に引きこもりたい。そのことだけを考えて商店街のほうへ歩みを進める。

 買い物を済ませて、家に戻ろうとすると商店街の一角で何やら抽選をやっているようだ。人だかりができていたので私もつられてのぞいてみると、どうやらこの商店街で二千円以上の買い物をした人限定でくじが引けるようだ。さっきの買い物のレシートを見てみると2341円だった。たまには運試しをしてみるのもいいだろうと思ってさっそく抽選の列に並んぶことにした。自慢じゃないが私はこういう類の抽選ではいつもハズレのポケットティッシュしかもらったことがない。今回もまたそんな感じになるのだろうなと思いながら列がはけるのを待ってた。やがて、自分の番になった。係員の人にレシートと提示すると今回は二回できるらしい。一回目、青色の玉。アタリを知らせるベルが鳴り響く。

「おめでとうございます!3等賞の商品券5000円分です!」

珍しいことがあるものだ。今までツイてなかったのが嘘のようだ。続いて二回目、出てきた玉の色は…金色…?

「…お、おっ、おめでとうございます!!!!!!!一等賞です!」

一瞬何が起こったか全く理解できなかった。でも、素直にうれしい。いつ以来だろう、こんなにうれしいことが起こるなんて。

「こちらが、一等賞のペアで行く世界一周旅行のチケットです!よい旅を!」

貰うものをもらって商店街を後にした。もらってから気が付いたのだが、いったいどうやって使えばいいんだろう…「ペアで行く」と言われているので、私とあと一人…一瞬、翔平の顔が浮かんだ。思わず顔が熱くなる。

「だめだめ…ここは、沙織と行くことにしよう。確か沙織はパリに行きたかったはずだしちょうどいいな、うん。」

自己完結したところで、あらためて真冬の寒さを実感した。でも、今日は体は寒くても心は温かい。こんな気持ちで家に帰るのは初めてかもしれない。案外、こういうのも悪くないなと思った寒夜空の下だった。

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