すべての始まり
――季節は冬、文化祭も終わりうちの学校の生徒は本格的に冬支度を始めていた。クラスの中には早くもクリスマスの遊ぶ計画を立てているものまでいる。私はというと中のいい友達とクリスマスパーティーをすることが決まっていたので、クラスのクリスマスパーティーはパスする事にしていた。
「沙織ちゃん―、クリスマス一緒に遊ばない?」
「ごっめーん!私、もう予定入っちゃってさー。」
この人はこのクラスの委員長をしている川島祐希ちゃん、気が強く、男子ですら彼女の前ではひれ伏す。
「わかったー!じゃ、また今度ねー。」
はっきり言って私は大人数で遊ぶのが嫌いだ。なぜかって?決まってるだろ、猫をかぶってイイ子を演じるのが大変だからだよ。そんな私でも大人数で集まる時がある。それは素の私を知っている人たちの集まる時だ。
「沙織、大丈夫か?」
そう言って私の頭をなでなでしてくるこの人は林原悠奈。私の大好きな人だ。但し、女の子だ。悠奈は私に足りないものをすべて持っている。私がかわいい系なら悠奈はカッコイイ系だ。とにかくカッコイイのだ、結婚して欲しいくらいだ。
「悠奈!大好き!」
私は彼女に抱きついた。悠奈は困った顔一つ浮かべずに私の頭をなでなでしてくれる。この時が私が学校にいる時で一番幸せな時間だ。
「やれやれ…沙織は甘えるのが本当に上手だな…。」
誉められてるのか貶されてるのかわからないが悠奈といれれば私にとってはなんでもいいのだ。
「悠奈ー、来月のクリスマスパーティーどうする?」
そう、私は悠奈とは長いつきあいになる。あれは中学一年の時だっただろうか、通学途中のバス内で仲良くなれそうな人を探して話しかけたその女の子が悠奈だったのだ。あれ以来私たちはずっと友達だ。
「そうだな…とりあえず、翔平にでも料理を作らせようかな…。」
悠奈の言う翔平というのは、悠奈の彼氏のことだ。松村翔平、私と同じクラスの人でソフト部と調理部を兼部している。一見、顔立ちはヤクザのようだが中身は下手な女子より女子だ。趣味はお菓子作り、調理部の部長を務めているだけあってなかなかの腕前だ。
「悠奈、ほんと翔平君のこと好きだよねー、もう結婚しちゃいなよ?」
悠奈の顔が真っ赤になった。私が冗談で言ったことを悠奈は本気で受け止めている。ほんと、こういう時は乙女なんだから…。
「…いや、まだ早いって。それに、翔平との関係がそこまで続くとは限らないし…。」
あーもー、なんかやきもきする…翔平君は私の知らない悠奈を知っている。その悠奈を私は知らない…。なんだか、悠奈が私からどんどん離れていっているようにも思えた。
「はいはい、この話はおしまい!悠奈は24日あいてるの?」
私は、強引に話をもとに戻した。
「24日、大丈夫だ。その日ならちょうどあいているよ。」
「それじゃあ、翔平君に伝えておいてねー。」
そういって、悠奈は翔平君のもとへ向かって行った。悠奈が去り私の周りはまた静かになった。
(いつから、こんなになっちゃったんだろう…昔の私ならこんなことすぐに割り切れたはず。なのに今はどうしてこんなにも胸が苦しいの…?)
悠奈とこれからずっと一緒にいられるわけではない、いつか必ずお別れがくる。そんなことはわかっている。でも……
突然、授業の始まりを告げるカネが鳴った。私は次の授業が移動授業だったことを思い出し急いで準備をすることにした。その日の授業はどれも退屈なものだった。
あっという間に放課後になった、私は部活に所属していないので帰り支度を済ませて悠奈と帰ろうとしていた。外を見てみるとまだ5時だというのにすでに外は真っ暗だった。
「悠奈…おそいなぁ…。」
思わず独り言がこぼれた。教室には委員長とクラスの男子数名がいる。教室での居場所がないと思った私は悠奈のクラスに行くことにした。
悠奈のクラスは私のクラスの一つ下の階にある。いつものように階段を駆け下りて教室の前まで行くとまだ、掃除中だった。私は仕方なく掃除が終わるのを待つことにした。
掃除が終わると悠奈が私のところに駆け寄ってきた。
「ごめん、待ったか?」
「もう…おそいよー。」
いつも通りのやり取り。このやり取りはあと何回できるのだろう…あと何回しかできないのだろうか、私はとたんに不安な気持ちに包まれた。
「大丈夫かい、沙織?」
私は、悠奈の声で我に返った。そうだ、今はともかくこの時を楽しく生きよう。そう心に誓った。
「ううん、大丈夫だよ、悠奈、一緒に帰ろっか。」
私は、自分の不安をかき消すように悠奈の腕をつかみ下駄箱に向かって行った。下駄箱、私には嫌な思い出がある。あれは中学三年の時だったか、下駄箱の中に一通の手紙が入っていたのだ、しかも差出人の名前がない状態でだ。あの事は今でもよく覚えている。結局のところ差出人はわからなかったが内容はラブレターチックなものだった。
下駄箱を開けると、一通の手紙が入っていた。嫌な思い出が蘇る。恐る恐るその手紙をとると差出人は翔平君からだった。ほっと一息ついて、中身を確認すると意外なことが書いてあった。
「沙織お嬢様へ、八方美人はやめましょう、このままだと取り返しのつかない事態を引き起こします。 松村」
嫌な予感がする、というか嫌な予感しかしない。前にもこんなことがあったのだ。文化祭の関係で仲良くしてたクラスの男子に一時期しつこくされたのだ。あの時はその男子を適当にあしらったおかげで何とかなったけど、今回はそうもいかないみたいだ。
「どうしたんだ、沙織?」
悠奈が私に声をかける。その声を聞いて私はあわてて翔平君からの手紙を制服のポケットに押し込んだ。
「ううん、何でもないよー。早く帰ろっ!」
私はそそくさと家路についた。途中、悠奈からいろいろ聞かれたけど、適当に受け流した。
やがて駅に着いた。私と悠奈はここでお別れ。私の家は学校の近くにあるから電車に乗る必要はない。だから、駅からはいつも一人で歩いて帰っている。
「じゃ、また明日ねっ悠奈!」
「またね、沙織。」
そういってお互いに別々の道を歩んでいく。文化祭が終わった後みたいに心の中にぽっかりと穴が開いた感じになる。いつか「またね」が「じゃあね、さよなら」になるかもしれない。また私の心の中に不安が立ち込める。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
母との無機質な挨拶。私ははっきり言ってこの人が苦手だ。この人はいつも私の自由を奪う。私だってもう高校生なんだ。少しくらい自分の好きにさせてほしいものだ。私は、母を避けるように自分の部屋に戻った。部屋に戻ると制服を脱ぐ、うちの高校の制服はどうも趣味が悪い、こんな制服にしたやつを私は恨む。制服から部屋着へ、やっと素の私に戻れる。私はスマホに手を伸ばした。スマホのロックを外していつものようにチュイッターを起動する。いつものように帰宅報告。お帰りと返事をしてくれる私の友達。友達といっても実際会ったことがある人は少しなんだけど。まだ、学校の友達は浮上してこない。早く浮上して長く遊べるこれが近距離通学者の特権だ。特に話すこともなかったのでさっきの手紙のことについて翔平君にメールを送ることにした。彼は部活生で遠距離通学者だからメールを見るころには私はもう就寝準備をしているだろう。
「まぁ、こんな感じでいいか…。」
私は送信ボタンを押して再びチュイッターに戻った。
見上げればきれいに星が見える、週に一回は流れ星が見えるとうわさされている夜空。都会ではこんな光景見ることはできないだろう。吐いた息が白くなるような寒さ、誰もが冬の装いをしている中、一人だけ半袖で黙々と素振りをする少年がいた。彼の名は松村翔平。ソフトボール部と調理部を兼部している男子だ。外見はヤクザ、内面は女子という言葉が彼にはしっくりくる。そんな彼は今、春の大会に向けて黙々と練習をしている。
「…ふー、今日の練習終わりッ!あとはストレッチして上がりだな。」
そういって彼はストレッチを始めた。時刻は6時30分頃、後30分で最終下校時刻に鳴る。しかし、彼には焦りの表情はない。なぜなら、彼は超マイペース人間だからだ。たとえ、下校時刻5分前でもまだ着替え中なこともある。そんなマイペースな彼も今日は珍しく早目にストレッチを終わらせ部室に向かった。
部室には先に上がっていた友達がいた。そいつらと他愛もない話をして笑いながら着替える。これが彼の居場所だ。彼は嫌いな人間以外ならだれとでも仲良くする。彼はそういう人間だ。彼が帰り支度をしていると部長がやってきて早く部室から出ろとせかす。そんなことは気にせずマイペースに帰りの支度をする。
学校を出ですぐに携帯に電源を入れる。うちの学校では携帯は親との連絡以外使用禁止となっているがそんなことは彼には関係ない。彼は学校の校則なんてどーでもいいと思っている人間だ。いつものようにメールのチェックを済ませるすぐに返信が必要なものとすぐ返信する必要がないものにわける。その中でもすぐに返信が必要なメールが一件あった。沙織からのメールだ、内容は予想通りのものだった。とりあえず、今の段階で持っている情報を沙織に送る。吐いた息が白い、彼はお気に入りの紺のマフラーを巻いて星が輝く空を見上げてぽつりとつぶやいた。
「今回も長くなりそうだな…まぁ、予想はしてたけどな…」
一体、どれくらいの時間電車に揺られていたのだろうか、目を覚ますと最寄り駅とは離れていた駅だった。どうやら寝過ごしてしまったみたいだ。辺りはすでに真っ暗で寒かった。
「まいったな…とにかく逆方向の電車に乗らなきゃな。」
そう言って私は逆方向の電車に乗るために反対側のプラットホームへと向かった。携帯電話で時間を確認するとすでに6時を回っていた。いつもならもう家についている時間なはずなのに今日は違った。
「疲れてるのかな?…私。」
自主休校をたびたびするような私にとって学校という場所はとても体力を消耗するところなのだ。 一時期は学校をやめて自由気ままに生きようと思ったこともあるが私は今もこうして学校に通っている。今こうしていられるのは数少ない友達、沙織そして翔平がいてくれたかもしれない。
「ふっ…私も焼きが回ったみたいだな。」
外が寒かったので私は、駅の待合室で電車を待つことにした。
待合室に入ると、外の寒さが嘘のようだった。中には私と70歳くらいの老婆がいた。老婆は私の存在を認識すると、「電車が来るまでの間、話をしましょう?」と言ってきた。
私は、こういうのは苦手なのだがその時はあまり気にならなかった。
「あなた、このあたりじゃ見ない制服だね、お名前は?」
抑揚のない声。私に恐怖心が生まれた。こういうタイプの人が私は苦手だ。
「林原…です。」
「下の名前は?」
「悠奈…林原悠奈です。」
「悠奈、いい響きだね。」
なんなんだ…この人は、名前を聞いてきたと思ったら響きを褒めてくるし…はっきり言ってこの場所から早く抜け出したかった。
「あの…いったいあなたはなんなんですか?」
「ごめんなさいね、私の名前は木場洋子。ただの老婆だよ。話し相手がいなくて暇だったんだよ。」
悪い人ではないみたいだ、なんとなくだけれどそう思った。
数分後、電車が来た。老婆もとい洋子さんと電車に乗り込んだ私たちは各々の最寄駅で下車した。彼女にとってこれが重要な出会いだったとは、今の彼女は知る由もなかった。
家に帰ると今日の疲れがどっと来たみたいだ、翔平にクリスマスパーティーの案内をメールで送ってすぐにベッドに倒れ込む。とにかく眠かったのだ。
(明日は自主休校確定だな…)
そう思いながら彼女は深い眠りに堕ちていった。