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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
5 二人の魔術師
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-11

 風をまとい見下ろす魔術師、雨無葵。炎をまとい見上げる魔術師、字深蓮武。


 生い茂る新緑に抉られた焦茶色の円。澄み渡る深黒に浮かんだ黄金色の円。


 優雅に巻く風は静かに木々を揺らし、放出された熱が普段より暑い夜を演出する。


 一人の素人魔術師をよそに、二人の魔術師は互いを見つめ、ゆっくりと口元を引き上げる。


「やはり魔物との戦闘とは一風変わる。お前の魔術がどういった構造かと考えるだけで、俺にとって良き時間となるのだろうな」


 蓮武は空に向かってそう投げかけた。右手に握った牙狐刀の刃の先を左手で撫でる。


「それならば私はまず字深家の秘術を見破りたいものだ。いや、何もわからないわけではないさ。もうすぐだ」


 それに葵も答えた。彼女の隣にある月はまるで葵の魔術で出現したように、彼女のそばにある。


「突飛な魔術ではないだろう? この世界に点在する事実の内、やはり私は知らないことの方が少ないのだからね」

「あまりそんなことを明言するのはよせよ。お前は確かに優秀だが、俺はお前より秀才な人物を知っている。その人から見ればお前は何も知らないさ」

「それでいいんだ。私もまだ若い。この歳で何でも知っていたら、私は魔術師をやめているよ」

「その通りだな。知らないことこそが、魔術師の原動力である」

「また知らないことを知るには――」

「余程の刺激も好ましい!」


 その会話を皮切りに二人の戦闘は再開した。


 まず仕掛けたのは蓮武である。取り出した寸鉄は三本。すべて一度に射出する。


 対抗するは風の槍である。葵は微細な魔術具を今度は半月状ではなく、長細い円錐状にして蓮武に向けたのである。その数は一本。


 三本の寸鉄に割って入るように、風の槍が撃ち込まれた。それを拒絶するように、寸鉄に施された蓮武の魔術が風の槍を襲い、研ぎ澄まされた円錐が欠け、同時に寸鉄も削られる。刺し、切り裂くことに特化した微細な魔術具は、当然他の魔術具を傷つけた。


 競り勝ったのはどちらでもない。二つの魔術は互いに威力を削り合うも、交差して、互いの目標に向かった。


 が、すでにその地点に術者はいない。蓮武は地を翔け、葵は空を舞った。


 蓮武は止まることなく、一発、二発、三発と女魔術師に向かい、寸鉄を打つ。


 一方、葵も後手に回るつもりはない。自身を目がけて飛んでくる鉄の弾丸に風を浴びせ、その軌道をずらし、また縦横無尽に空を飛びまわることで攻撃をかわす。加えて風の刃、風の槍が地上に降りそそいだ。


 蓮武が地上を翔けるスピードが上がった。葵の魔術を避けるためだろうか、自信より自由で高速に動く相手に対抗するためか。走る、というより跳ぶと言った方が正しいように見える。蓮武が地を蹴ると、異様にその一歩が大きい。何か他の外力によって、背を押されて、その行動が後押しされているかのようだ。


 蓮武の翔けた後の地は裂け、穴が開く。それだけではない。風に乗った大気片は形を変え、蓮武の後を追うのは、数十本の小刀である。


 蓮武はチラと後方の風の小刀を見た。蓮武が地を翔けるより、それは速い。


 まあ、そうだろ。そう蓮武は自身に迫る凶器に感想を持った。


 蓮武はそろそろ距離を詰めることにした。風使いにとって中距離、長距離は十八番である。いつまでもその間合いで戯れる必要もないだろう。


 蓮武は火炎を放つ。それはシェルターのように蓮武を包み、後方、上方から迫る風の凶器から主を守った。


 女魔術師の術具は赤い炎に触れた途端、キュッという甲高い音を立てて、次々に焼却された。小鳥の大群が一斉に鳴き出したような音があたりに響く。


 そのとき蓮武の視界の炎壁は途端にその赤色を失った。葵の操る風は彼女の意思を忠実に再現し、葵の魔術を阻む炎壁を引き千切ったのである。そこから進入するのは風の巨壁。その効果は目標を切ることでも、刺すことでもなかった。


 ただ吹き飛ばす。――――風の神髄である。


 故に蓮武は防ぎきれなかった。炎では風の勢いを殺しきれず、また字深家の誇る魔術でも逸らしきれない。


 字深 蓮武は後方に吹き飛んだ。


 が、あまりにも体勢の整った吹き飛び方である。意思に反して吹き飛ばされたのではなく、正面から向かってくる強風に乗るように蓮武は後ろに飛ばされた。


 そして蓮武はそのまま弧を描き、一度の前転を経て、上方に跳び立った。綺麗な曲線で辿り着いたのは女魔術師の元である。


 きっと葵は自身に向かってくる蓮武を再度吹き飛ばすことも可能であっただろう。それは蓮武も承知していた。


 しかし両者に通じたこと。接近で争うことである。


「はっ!」


 蓮武が息を吐きだしたのと同時に、彼の手に持つ牙狐刀に宿る火炎が伸びて刀となる。赤い刃だ。炎が単に刀を象ったのでない。確かに牙狐刀には物を切り裂く刃がついていた。


「へぇ」


 呑気に感心の声を上げた葵が応戦する。


 微粒の魔術具は風に乗り、主を守るようにその数を増す。蓮武が炎刀を振り切る寸前、その魔術具は形を成す。風に乗り、粗く形を象るのではい。それらは密集し、炎刀に対抗する刀と成った。それは風の刀と銘打っても良いだろう。


 『赤の刃』と『白の刃』。渇いた音と焼ける音を響かせ、それらがぶつかる。


 一閃、二閃――。


 炎刀は風刀の刃を燃やし、風刀の刃が欠ける。


 また、風刀も炎刀の刃を削る。炎刀の刃も欠ける。


 しかし互いの刃は欠けたままで相手を殺傷、殺焼したりしない。欠けては再生し、常に万全の状態で互いに目標へと振り抜かれる。


 蓮武は落下する。元より空に浮くことを得意とする魔術師ではない蓮武である。それを見越したように、葵は斬りつけ合うのではなく、つば競り合いに持ち込んだ。


 蓮武の身体は地面に水平となり、風の魔術師に上からその手の刀を押し付けられる格好となっていた。葵は風を操り急降下する。そのまま蓮武を地面に叩きつけるつもりだ。


 が、蓮武はそれを許さない。均衡を破る一手を放つ。炎刀は膨れ上がり、振り払われる。その衝撃により魔術師は互いに吹き飛んだ。


 葵は上方に、蓮武は下方に。葵は一回転し、空に漂う。一方、蓮武も状態を整え、地面に着地した。


 葵がゆっくりと地に降り立ち、両者は軽やかに睨み合った。


 それもほんのひと時。


 葵が蓮武に突撃する。風を用い、そのスピードは尋常ではなかった。瞬く間に蓮武に接近する。その手には風刀。また蓮武は彼女の背後から、カマイタチを応用した風の刃が二撃現れたことを確認する。


 蓮武も風使いに自身の持つ炎刀を切りつけた。しかしそれは空を切る。風使いは蓮武の寸前でまたもその移動力を発揮したらしい。蓮武の視界に彼女の姿はなく、高まった蓮武の神経はただ風が自分を通り過ぎたのを感じた。


 葵は蓮武の背後を取った。また彼の正面には風の刃が躊躇なく迫る。風の刃と風刀の挟み打ちだ。


 しかしそれに気付かない蓮武ではなかった。優先すべきは葵の持つ風刀だ。蓮武は振り返る。


 半周の回転。しかしそれは単に身体を捻ったのではなかった。巨躯の男魔術師はまるで回転板に乗っているように、なんの動作もなく身体を一八〇度回転させたのである。そして彼の目の間には刀を持った葵が映った。


 炎刀と風刀がまたも衝突する。


 時間差で風の刃も蓮武の背後に迫っていた。それを排除したのは赤き『二本』である。炎刀の中で鈍く光る白色の短刀。そこから『二本』が伸びて風の刃を焼き払った。


 そして魔術師は斬り合う。その刃が混じるたび、辺りの空気は揺らぎ、熱が放たれた。魔術師が笑う。


 とうとう二つの刀は形を保てなくなった。最後の一閃と同時に砕け散ると、二人の魔術師は互いに後方に跳んだ。


 戯れも時期に終わりだった。両者ともそれを察している。


「……あまり遊んでいる場合ではないのでな」


 ぼんやりと蓮武がそう呟くと、葵は無感動を装って答える。


「続けすぎるのも良くないでしょう。互いに本気になってしまうかもしれない」

「どちらかが敗者となるまでか」


 そこで葵がクスリと小さく笑った。


「えぇ、そうね」


 一瞬の沈黙。それが開始の合図だった。


 最後の試しに、二人は相応の攻撃魔術を展開し始める。対策なしに直撃すれば、人の生命を断ち切るのに申し分ない、魔術である。


 蓮武は寸鉄を一本取り出すと、自身の目の前に放った。それは空中に留まり、そして回転する。さながら小さなドリルのようだ。鋭利な一端を葵に向け、回る。


 次に蓮武は牙狐刀をかかげる。右手に持たれた白刃のナイフが起こした変化は二つだった。


 一つは先ほどまで風使いを切らんと振り回された炎刀の再生。


 もう一つは蓮武の目の前で回転する寸鉄にもたらされた。炎刀から火の粉が弾け、それは寸鉄の回転に魅了されるように共に回る。段々と炎をまとい始める寸鉄は、その火炎で見えなくなった。


 葵の目に写る、炎刀を掲げた巨躯の魔術師と、その前の円錐状に渦巻く業火。


 一方、葵も眼前に立つ魔術師を撃退する術を構築する。風術において根本であり、象徴であり、そして最も恐怖すべき一手だ。


 蓮武はその単純で装飾のない魔術に苦笑いを隠せなかった。空前の魔術師と謳われる彼女の前に形成される、ただの風の集合体。


 相手にとって不足なし。二人の魔術師は、自身に向けられた、また自身が向ける魔術と比べ、相手のそれが劣っているとは思えなかった。


 そして、放たれる二つの魔術。


 蓮武が炎刀を振り下ろす先は赤く燃える寸鉄であった。蓮武は炎刀で寸鉄を打ち出したのである。火炎の渦は空気を喰らい、瞬く間に轟音を響かせ膨れ上がった。


 葵は手を前方にかざす。それを合図に風の集合体は辺りの空気を震撼させ、爆発する。その方向は一方のみ。無論その先には蓮武が立つ。


 蓮武が繰り出した魔術は見た通り、目標の焼却を目的とする。しかし人のサイズでもすべてを焼き切るには少々効率が悪い。異形のものを相手にするならなおさらである。そこで考案されたのが彼の魔術だった。焼き払うと同時に行われるのは肉体の分解。寸鉄の回転に火の粉が引き込まれたように、肉体も細かく千切れて渦に取り込まれる。そして細かな肉塊は抗う暇なく消し炭となるのである。


 葵の魔術は蓮武ほど入り組んではいない。『風』と聞き思い浮かべるのは、空気の移動ではないだろうか。突風、旋風、台風と名称は様々あるが、そのどれもから連想できること。何かを吹き飛ばすことである。葵はその風の原点ともいえる効果を最大限に発揮する魔術を組み立てた。ゆえにこの魔術の神髄は吹き飛ばすことのみ。対抗魔術を押しのけ、目標に向かい、そして人であればその核のともいえるべき部位、つまり頭部を身体から吹き飛ばす魔術である。


 残虐とも思える二つの魔術は互いの標的に向かった。


 赤い竜巻。不可視の突風。そして――、生身の人へ。

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