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邪魔者がいなくなり、二人の魔術師は本格的に戦闘を楽しみ始めた。
お互いの初手は打ち破られ、互角に終わったと思えるだろうが、この時点で有利なのは蓮武であった。
魔術師が魔術を使用する際に気を付けることは、自身の魔術を相手に悟られないようにすることである。魔術師にとって己の魔術は自分だけのものであり、奪われることはあってはならない。
しかしそれも完全に隠し通せるというわけではない。例えば葵のように王道的な魔術を極め、またそこそこに有名であるならば、どういった魔術が攻撃に使われるのかを察することは造作もないことである。まして『空前の風使い』などと、この上なくわかりやすい。
それでも彼女が自身を『空前の風使い』と豪語するのは、自身の魔術の神髄が他の者に奪われるような簡易なものではなく、また『空前の風使い』という異名だけで、自身の魔術が推し量れることなどないと、自身に満ちているからである。
蓮武はそれゆえ慎重であった。今までに風を用いる魔術師などいくらでもいた。しかしその者たちと彼女はまるで別の能力を持つ者として、蓮武は向かう。
一方、葵は蓮武の魔術に関して多くを知らない。葵が蓮武に関して知っていることと言えば、彼が何世代も続く字深家、退魔師の家系であるということ。またどういう経緯かは知らないが、炎術を使用することは耳にしている。炎術は後天的に身に付けたものに違いない。つまり葵は蓮武の真骨頂とも言うべき魔術、代々引き継がれる字深家の魔術がどういったモノかを知らないのである。
が、葵はその魔術の実態をなんとなく掴み始めていた。
後何度かその魔術を目にし、触れることで解明できるだろう。葵はそう確信し、彼の手の内をさらけ出させることに努める。
先に動いたのは葵であった。
風は葵の周りをゆっくりと回る。それは段々と何かを巻きこんでいるのがわかった。小さな粒である。月光を反射してその微細な物質はきらきらと光っていた。
「――いけっ」
葵は小さくそう声を発した。途端、彼女の周りを漂っていた光る微粒は、またも風に乗って蓮武に向かう。
しかし先ほどと同じではない。先ほどが空気の巨砲と表現するのなら、今度は空気の刃である。
それを認識した礼御は瞬時に思い至る。風使いなど、いくらでもマンガやアニメの世界に登場している。その者達が風を攻撃に用いるとしたら、それは決まってそうだろう。
――真空の刃。カマイタチ。
応戦する蓮武もその攻撃方法に心当たりがあった。しかしその考察は礼御を上回る。
蓮武が右腕を前方に突き出すと、半月状に広がった光る空気の刃は、あっさりとその美しい形状を崩される。まるでその半月の両端を持ち、半分に割ったようなな感じだ。二つに分かれた空気の刃は二つの渦となって、じきに霧散する。
けれど蓮武は風を壊したわけではない。あくまで、刃状に象られた力を歪ましただけであり、その力の大元を破壊したのではない。
ゆえに空気の刃は再生する。葵の元から次々と発射されるのである。
蓮武の魔術はそれを迎撃する。打ちだされては霧散し、また葵の魔術により刃となって射出される。
そのどれもが打ち砕かれているわけでない。いくつかは蓮武が初め行ったように、軌道を変えられ上空、地面、また林に向かわされた。
礼御がその空気の刃の威力を目の当たりにしたのはそのときである。地は裂け、木々は無残にも切り倒された。あれを直接食らえば、おそらく一般人の腕はおろか、巨躯な蓮武の身体ですら簡単に分断されてしまうことだろう。
そのことを横目で確認しつつ、蓮武は改めて自身に向けられる刃の恐ろしさから心地よい身体の震えを感じた。
なんと効率よく、また強力で柔軟な魔術だろう。
蓮武は純粋に女魔術師の一魔術に感服した。
それに答えるように今度は蓮武が、己の魔術を披露する。
蓮武が自身の腰辺りから取り出しのは、刃渡りに二十センチほどのナイフであった。ただのナイフではない。その刃は濁った白色である。
礼御がそれを目にした時、彼は瞬時に『ナイフ』とは認識できなかった。その大きさと色より、礼御が最初に連想したのは獣の『牙』である。
今まで目に見えぬ力のような魔術で、空気の刃を迎撃していた蓮武であるが、次の方法は逆に至極分かりやすいものだった。
引き抜かれた白いナイフは炎に包まれた。そして白色の刃は猛々しく燃え上がり、まるで戦闘を喜ぶように深く優雅な赤色で包まれるのである。
それを見た礼御は思った。
あれは、まるで――。
それまで変わらなかった二人の魔術師の距離はここで、一気に短くなる。蓮武が火炎をまとったナイフで風の刃を焼き払いながら、葵に駆け寄ったからだ。
しかし葵は退いたりはせず、なおも風の刃を打ち出す。が、そこで気がついた。
これは少々分が悪いか。
蓮武が葵の直前まで近づいた。
「なるほど」
葵は小さくそう呟くと一層大きな刃を放ったかと思うと、同時に上空に飛び立った。風使いが空を翔けられないわけがない。
その巨大な風の刃すら蓮武は焼き払うと、丁度蓮武は葵の真下になる位置である。蓮武は白い刃を真上に向け「くははっ」と陽気に笑い、球状の火炎を打ち出した。
「ふん」
それを今度は葵が迎撃する。葵の右掌には小さな竜巻ができていた。それを火球に向けて放つと、火球は風に削られるようにその半径を縮め、葵に達する前に消し飛ばされるのだった。
蓮武はこの時点で風の刃の正体を推測できていたし、また葵も種がバレたことを感づいていた。
葵の作りだした風の刃は、よく言う真空の刃ではない。けれどそれはまさしくカマイタチであった。
葵が風で操っていた微細な物質はそれ自体が魔術具である。ガラスの破片のようなそれの効力は、切ることと刺すことのみ。葵はそれを『大気片』と呼んでいる。
そんな攻撃性しか宿していない魔術具をまさか手掴みし、相手に振りかけるなんて間抜けな方法で使うことはないだろう。風に乗り、運動量を得たそれらは、風の形を型どり、つまり刃にも槍にも形を変えて、相手を攻撃する変幻自在の武器となる。
真空の刃など生じさせるだけで労力の必要な、つまりコストパフォーマンスの悪い魔術で攻撃せずとも、それと同等、もしくはそれ以上の殺傷力を持った攻撃魔術を使うことは当然だろう。
早々に蓮武はそこのとを見破っていた。葵が作りだした風の刃の、刃部分に魔術具を使用していると気がついた蓮武は、その魔術具を壊すことを優先したのである。
そこで用いたのが、火炎を生み出す白刃のナイフ。
本来の字深蓮武の魔術、つまり字深家が代々深めてきた魔術とは関係のない能力を発揮する魔術具。
蓮武はこの白刃のナイフを『牙狐刀』と呼んでいる。




