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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
5 二人の魔術師
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-9

 蓮武は巨躯どおりの大股で進んだ。礼御は普段より速いテンポでそれについて行く。


 二人の視線の先には一件の店があった。『常晴(とこはれ)古本屋』。微妙なセンスの看板を掲げている。


 そして締め切ったその店の扉が開いた。


 出てきたのは他でもない、雨無 葵である。


 女魔術師も気圧されることなく、礼御達に近づいた。


 蓮武はふんっと鼻から息を出して、彼女に対する不満を表現する。そんな荒々しい蓮武とは反対に、礼御は足を彼女に近づけるので精一杯であった。


 魔術師の距離は縮まる。一歩、また一歩と。そしてその両人の足取りにためらいはなかった。


 民家から少し離れたこの林の中。木々に取り囲まれた広場である。


 葉が擦れ、枝がぶつかる音が確実に礼御に迫っていた。


 目に見えぬそれは、まるで女魔術師に付き従うように礼御には感じられた。


 そして魔術師の距離が互いの顔を認識できるほどになったところで、二人はおもむろに足を止める。それに従い、礼御もようやく歩みを止めることができた。


「さて、私の領域に無理やり入って……一体どういった用件かな?」


 葵は実に優雅にそう言うのだった。しかし心情は穏やかではないのだと、礼御は感じずにはいられない。そう告げた途端、彼女の内面を表現するように林全体が音を吐き出したからである。


 そんな彼女の様子に蓮武は不愉快だと言わんばかりの口調で言う。


「用件など、問う必要があるのか。あるわけないだろ。なあ、空前の風使い、雨無 葵」


 今度は葉と葉が、枝と枝が擦れる音ではなかった。それはまるで悲鳴のようだ。礼御達を取り囲む木々が軋み、メキメキと唸る。


「なんとなく察しはつくのだけれど。でも、一応本人の口から理由は聞いておこうかな」


 長い髪を撫でながら葵は言った。視線はわずかに蓮武から逸れ、礼御の方を向く。


 その瞬間、礼御の心臓は大きく一鳴りした。慌てて蓮武の方を見るも、その視線だけは礼御に向いているではないか。


 理由なんて知るはずもない。なぜこのタイミングで二人の会話に自分が登場したのかですら、礼御は不明であった。


「そう言うわけだ」


 蓮武はすっと視線を礼御から元に戻して言うと、さらに続ける。


「期待はずれであったろう?」

「そうでもないよ。色々と面白かった。私は優秀な魔術師の一人であるけれど、それでもこの世に生を受けて三〇年も経っていない。知らないことは、多くあるものだな」


 葵は自分の無知を公表――何を知らなかったのか、礼御には不明であるが――しながらも、清々しく話す。


「ましてあなたのところのように歴史があるわけでもないからね。やはり得られる情報というのは限界があるものなのかな」


 それに対し、蓮武は何やら自嘲的な表情で口を開く。


「良く言うぜ。お前が知れることと、お前の知れないこと。明らかに後者の方が稀だろ」

「しかし、それが実に重要だったりする」

「……知れないお前が、それをどうやって判断するのやら」

「ククッ。まさにその通りだな」


 そこで二人の魔術師の会話は一度止まった。まったく説明のない礼御にとって、未だ要領を得ない話の流れなのだ。


 ずいぶんと仲が良い。礼御には二人の魔術師がそのように映っていた。二人が対面するまでは、殺し合いでも始めるのではないかといった面持ちであったのに、現状そのイメージが馬鹿みたいである。


 無言の状況はほんの数十秒といったところだったろう。


 魔術師たちは再度言葉を交差させる。


「俺の目的はすでに知っていると、そう思っているのだが」

「あなたが目的を達しようとする、そもそもの原因を私は回避している」

「回避しただけで、それがお前の身近にあったのは事実だ」

「否定はしない。しかしそれは相互利益のための交換条件で成り立っていた」

「お前は彼に求めたが、彼は別にお前を求めてはいないはずさ。それをお前は知ってい――」

「確かにそうだが、それを知ったのは条件を出し合う前だ。いくら私と言えど、瞬時にすべてを知れるわけではない」

「知らなかったら許されるなんて、そんな愚かでもなかろう」

「それもそうだが、知らなかったから許されてもいい事案は少なくないだろ」

「今回のことがそれに当てはまるとは思わん」

「どうしてか、説明をいただ――」

「下手をしたらお前は礼御を殺していたかもしれん」

「……」

「お前が優秀だったのか、単に運が良かったのか、どちらでもいいし、そのどちらでなくとも良い。けれどお前は結果を求めるまで礼御のことを調べたに違いない。それをお前は否定するか」

「……私は愚者ではない。ゆえに、そう――、その通りだったと思うよ」

「それが最終的に研究目標の死に繋がったとしても、だろ」


 そこで女魔術師は礼御の方を見た。今度は視線だけを向けるのではなく、顔から礼御を見ていた。


 そしてつぶやく。


「それを否定はできない」


 葵はすっと顔を蓮武に向け直した。礼御はそれがどうにも自分から顔を逸らしたように見えてしまった。


「状況は明白だが?」


 蓮武は葵にそう問うた。


「そうだな。――ならばあなたはどうするのだい?まさか殺人未遂の容疑者とでも言うわけか。そんな馬鹿げたことを言うつもりで、こんなおあつらえ向きな場所に私を立たせているなんてことないでしょう?」


 ここで蓮武は少々考え込んだ。いや、そのような振りをしていた。


「まったくな。そんなつもりはないのだよ。お前が(そそのか)したとは言え――」

「そんなつもりはなかったのだがな」

「全うな魔術師こそ、総じてそんなものだ」

「……」

「お前が唆したとは言え、礼御本人、と言うより、投げやりすぎるこいつの親と言うべきか。とにかく、礼御にいきなり魔術を施したにしては様々おざなりなところがあった。ゆえにお前が礼御を唆したとは言え、唆された方も少なからず悪いと、俺は思っているよ」

「ふむ。……ではなぜここに、そうして立つ?」

「分かり切ったことをきくな、葵。そう、こんなおあつらえ向きな状況を作り出せたのだ。それに乗らないのは、いささかつまらないぞ」

「……くく、ぁあははは」


 途端、葵は堪え切れないといった様子で笑い始めた。それを蓮武は、こちらもなぜか楽しそうにそれを見ていた。


 ひとしきり葵が笑い終えると、彼女は「いいね」と小さく呟いて蓮武に答える。


「そうだ。あんたは魔術師なんてそんな優雅な者を名乗ってはいないのだったな。そうか、ならば頷ける。異形のものにも飽きたのか?」

「――まあ、たまにはな」

「くくくっ、なるほどね。それはおおよそ正しい。理由も十分そろっている」

「故に文句は言えぬだろ?」

「あぁ、仕様がない」


 そこで明らかに変わった二人の魔術師の視線の衝突。二人とも目つきが違う。礼御はなおもよくわからない会話の内容に、しかし最後に行きついたところだけは読み取ることができた。


 この二人は――。


 礼御の直感が彼全体を覆う前にそれは開始された。


 葵の周りに若々しい草が飛びまわった。


 風である。


 目には見えない空気の流れは、まるでそれを考慮するかのように千切れた草、細かな土を巻き込んで、それを可視化させている。


 それは瞬く間に膨れ上がり、蓮武の立つ方向に放たれた。


 地面の草土をえぐり、直線に進む空気の巨砲。


 きっと人など吹き飛ばされてしまうだろう。下手をすれば手足のどれかは引き千切れてしまうに違いない。


 けれど蓮武は微動だにすることなく、ポケットに両手を突っ込んで、ただ直立してそれが近づくのを待っていた。


 その余裕に、礼御は焦った。蓮武の心配をしたのではない。そんな余裕は礼御にはなかった。蓮武に当たるということは、その隣に立っている礼御自身にも当たるというわけである。


 そこまで考えるも、もう逃げることは叶わないところまでその風の塊は到達していた。


 駄目だ。礼御が反射的に眼をつぶり、衝撃から目をそむけたところで、すぅっと風が礼御の髪を撫でた。


「えっ?」


 その思いがけない衝撃に、礼御は薄眼を開けて、現状を確認する。まさか蓮武だけが吹き飛ばされたのかと思いきや、隣には黒服の巨躯が確かにある。


 蓮武は不敵な笑みを浮かべ、実に楽しそうであった。


 外れたのか。礼御はどうにか今起こった事実を呑みこんだ。


 しかしその礼御の考えこそ的を外していた。葵の放った空気の巨砲は外れたのではない。外されたのである。


 礼御が目をつぶったとほぼ同時に、蓮武は己の魔術を使用した。直線で向かってきたはずのそれは、いきなり軌道を捻じ曲げられ、蓮武と礼御の直前でほぼ直角に方向を変えたのである。


 目標を見失った空気の巨砲は、その威力も失い、林立する木々の数本を折るだけであった。


 自身の初手がいともたやすく回避され、葵は満足そうな表情である。


 今度は蓮武が動いた。ポケットに手を突っ込んでいたのは、単に余裕の表れと言うわけではなかった。そこからとりだされたのは、蓮武が風の結界を破るのに使用した、あの寸鉄である。


 蓮武は寸鉄を葵に向けると、途端に寸鉄は射出された。


 投げつけたのではない。つまむように持っていた寸鉄が、いきなり運動量を持ち、打ち出されたのである。


 それに対して、葵は風を操り迎え撃つ。たたき落とすか、蓮武がやってのけたように軌道を逸らすか、それとも寸鉄自体を破壊しようかと考えたところで、これが最も良いかな、とある手段で蓮武の寸鉄を撃退する。


 葵に向かっていた寸鉄は、その道の半ばで地面に叩き落とされた。


 無論風を操る葵にとって飛び道具を叩き落とすなど、容易いことである。


 寸鉄は志半ばで、地面に突き刺さる。と、その瞬間大地がボコボコとうごめいた。


 蓮武は満足そうに、葵は合点が言ったように、そして礼御はもはや意味不明な恐怖を感じとるのでいっぱいであった。


 地面ではそこに刺さった寸鉄を中心とし、円状に草土がうごめく。まるで地面をトラクターで地面を耕しているかのようだ。抉れ、埋もれを繰り返し、地面にはミステリーサークルのようなものが出来上がった。


 ここまでが二人の魔術師にとって準備運動のようなものである。お互い一手ずつ見せあい、当然それが決定打になることもなく、進められた。


 蚊帳の外なのは礼御である。いきなり殺し合いを始めた二人の魔術師にかける言葉も見つからず、動くこともできない。


 そんな礼御を見かねてか、蓮武は礼御に一言言い放つ。


「ほら、ちょっと離れてな」


 礼御がそれに歯向かうはずもなく、礼御はただ頷いて、とりあえずその場から離れることにした。


 二人の魔術師に背を向け、その二人から距離をとる中、礼御はなぜ魔術師が闘わねばならないのかを考えた。


 葵は恩人だ。命を救われただとか、そういう事実があるわけではない。だけど異質な力に目覚めた自分に、それは普通だと諭してくれた葵は恩人と言っても言い過ぎではないだろう。


 また蓮武も恩人である。なぜなら今彼が闘っているのは、自分のためであるからだ。今まさに命を救われているに違いない。


 どうにか二人を止めなければいけない。


 お人よしなのか、ただの愚か者なのか、礼御の考えはその方向にまとまりつつあった。

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