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能力に目覚め、妖怪と知り合いになり、そして戦い、一人の妖怪を守った。
今までそんなものとは無縁であった礼御にとって、これがとりあえずの一段落なのではないかと思っていたが、それはまだ早かった。
何気ない、けれど核心的な会話。礼御が幽鬼との戦闘を終え、ようやく身体の痛みが完全に引く前にそれは礼御の部屋に訪れる。
「そういや、赤しゃぐまであるお前は幽鬼に狙われていたわけだが、なんであいつはお前を狙ったんだ、紅子?」
唐突な疑問であった。ようやく礼御があの戦闘を振り返る余裕を持てたときのことである。
「? 言ったろ。わしは力の塊みたいなものじゃ。わしを食らったモノはわしの力を得て、ある程度強力なモノになれるのじゃって」
それは確かに聞いた話であったが、それでも狐の妖怪や風の魔術師の発言と少しばかりズレがあるのだった。それのズレを解消すべく礼御は尋ねる。
「玉藻も同じことを言ってたな。あいつは食らったモノの力を得ることができるって。それで強大な力を宿したモノを食べることで、自分を神格化できるとも言っていた」
「まあ、玉藻殿は特別だからの。そんな芸当ができるのは少々羨ましい」
「そうなんだよな。普通はそういったことできないんだよな?」
「当然じゃ。そうでなければ四六時中、我らは食って食われてをしておるわ」
「? じゃあなんで紅子、お前は幽鬼に狙われたりするんだよ」
そこまで礼御が問うことで、紅子は礼御が何に疑問を思っているかを理解したようだ。「なるほどの」と呟いて説明を始める。
「それはわしが特別だからじゃ。玉藻殿とは異なる特別じゃな。玉藻殿は食うモノすべて己の力にでき、逆にわしは食われればどのようなモノであれ力を与えてしまうのじゃ。そのため強弱かかわらずわしは多くのモノに狙われる。力を得るなら上等な餌じゃからな」
そして紅子は少し目を伏せ黙ってしまった。しかししきりに彼女の喉は空気を吸い込んでいる。礼御はそれを見ると何も言えず、彼女の次の言葉を待った。
「……なぜ座敷童子より赤しゃぐまのわしの方が高等であるか、主様にはわかるか?」
「……いや、わからない」
おそらく今の話の流れに何か関係があるのだろうが、それでも礼御は考察をすることなく、紅子の話を聞くことに徹した。
「……座敷童子が去った家からは幸せが遠のく。そのような話は聞いたことないかの?」
「あぁ、その位なら知ってるな」
「つまりの……座敷童子のもたらす幸せは、同時に不幸せも内蔵しておるのだ。いうなれば幸せの前借みたいなものじゃ。人が妖に対し高低の位を決めるというのなら、座敷童子が高等な妖怪にはなりえない、その理由はここにある。座敷童子が去った後、得た幸せの分だけ不幸せをもたらされるのでは、やはり座敷童子なんて来なくても良いと思わんか?」
では赤しゃぐまが高等と言われる所以は何なのか。礼御は「そうかもしれないな」と紅子が問うた答えの分かり切った質問に対し曖昧に答えた。
「赤しゃぐまも幸せをもたらすという点では変わりないのじゃ。まぁ、赤しゃぐまは家守にも長けておるし、その点だけでも座敷童子とは差別化されるのじゃがな―――。赤しゃぐまもまた、住みついた幸せをもたらす。けれど同じように、赤しゃぐまが去ることでその家に不幸をもたらしてしまうことも事実じゃ。……これはわしの特性。抑えることはできん。どうしても―――抗ったとしても、わしは去った家に不幸を与えてしまうのじゃ」
礼御は「そうか」と呟き、彼女の性質を嘆かざるを得なかった。しかしここで「あれ?」と気がついたこともある。だとしたら、どうして紅子が元住んでいた家の主は彼女を追いだしたのだろうか。それは同時に自らをおとしめることにも直結するではないか。
礼御の疑問は口に出されることなく解消される。その彼の疑問こそが、紅子が最も辛く感じてきたことに違いないのだ。
「しかしな、主様。わしは一歩外に出ると他の異形に食われるのじゃ」
「……うん」
何気なしに打った相づちに、礼御はドキリとしてしまった。もしや、とそこで思ってしまったからだ。
「家から追い出した赤しゃぐまは、その時点から段々と元居た家に不幸を与える存在になる。……けれどその存在がいなくなってしまっては、もう不幸を呼ぶ存在になり得ないじゃろ」
「…………」
そこまで聞くと、礼御はもうそれ以上聞きたくなかった。赤しゃぐまという存在がいかに都合の良く高等な妖とされてきたか、それをもう聞きたくなかった。
「だから赤しゃぐまは座敷童子なんかとは一線を画すのじゃ。だからわしは元居た家から……ためらわることなく―――」
「だから追い出されたっていうのかよ!」
礼御の口からは強まった感情が言葉として溢れてしまっていた。途端、紅子はビクリと身体を硬直させる。
「赤しゃぐまは人の住む家に幸福を与える!? それで用が済めば追い出せばいいって? だって赤しゃぐまを追いだしても不幸が訪れる前に、その原因が死ぬからって? お前はそう言いたいのか!?」
「その……通りじゃ」
礼御はきつく歯を食いしばっていた。目の前に座る赤しゃぐまの顔なんて見れるはずもなかった。
なんて勝手に、人は他の生き物を祀りあげてきたのだろう。
礼御はそう思うと自分自身が許せなかった。
それは都合が良すぎるではないか。まるで道具と一緒だ。自分と向かい合ってしゃべり、笑う存在は決して道具ではない。一個の、性質は違えど人と同じ生き物だ。
そして嫌でも想像してしまう、紅子の元いた家の主の姿。その者は一体どういう顔で紅子を追いだしたのだろう。絶対に悲しんで送り出したのではない。単純な言葉を使えば「死ね」と言って送り出したのだ。
そのときの紅子はどう思っただろうか。おそらく長年幸せをもたらし続け、一種の家族のような存在になった者達。そんな彼らから死へと追いやられることを単に恨めただろうか。いや、そんなことはなかったはずだ。少なからず紅子自身が生きながらえてこれたのは、その家に住まわせてもらっていたからなのだから。
妖怪にだって寿命はあるのだろう。そして紅子は、追い出させた時点で悟ったのかもしれない。私はもうじき死ぬのだ、とそのように悟ったふりをする他なかったのかもしれない。
そしてだからこそ礼御は出会った当初の紅子の様子を思い出すと、堪らなくなった。抑えようのない、けれど発散の仕方も分からない怒りのようなぐちゃぐちゃとした感情が、彼の中に渦巻く。
そして、気付くと礼御は目の前の童女を抱きしめていた。ぎゅっと強く彼女の身体を、自身の身体で締め付ける。華奢で小柄な紅子の身体がさらに小さくなるのを感じるも、それでも礼御は彼女を離せなかった。
「お前がくれるものは、俺はなんでも受け入れる。幸せだろうと、不幸だろうと、なんでもだ」
「…………」
「紅子。お前が好きなだけ、俺の傍に居てくれてかまわない。俺が……お前を不幸になんてさせないから」
「…………うん」
圧迫された身体から、それでも力強く漏れたその言葉に礼御は身体が震えた。自己満足と言われればその通りだ。だけれど礼御にとって、その赤しゃぐまが発した意思が何よりも大切でかけがえのないものであった。そして同時に彼は思う。本当に、自分が紅子と出会えてよかった、と。




