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あれから数日、礼御はうなされる夜を過ごし、バイトもしばらくは無理を言って休みをもらった。
もちろん幽鬼との対決で負った鈍痛が未だ抜けきれないのもある。しかしそれ以上に問題だったのは、二匹の居候する妖怪であった。
紅子はあれから文句ばかり口にする。全身打撲で青黒く変色した礼御の身体をそっと撫でては、「あんなことをされては、赤しゃぐまとして礼御を主と認めずにはいられぬ。よかったな、主の思う壺というわけじゃ」と言った内容を何度も飽くことなく、頬を赤らめて言うのである。
礼御がベッドで寝ていると、紅子は度々その隣に潜り込んできた。つい数日まで一人暮らしだった人間の寝床がそう広いわけがなく、小柄な娘が追加されるだけでベッドは十分な容量を超えていた。
決して嫌ではないが、正直寝苦しさを覚えてならない礼御が紅子にその理由を尋ねてみたところ、紅子は自分の業務内容だと言わんばかりに単調な様子を取り繕ってそれに答えた。
紅子はまず説明する。「この部屋をとりあえず我が領域として認める。そして礼御がこの部屋の主じゃ。本来ならもっと大々的に申命し、我が屋処と宣言したいのじゃが、どうにも一室のみを守るというのは難儀での。しかし赤しゃぐまの名に恥じぬ働きは無論ある。この部屋に押し入る魔は滅せられ、暗雲は取り払われる。良き縁談が舞い込み、福が自ずと呼び込まれるのじゃ」。そう自信満々に喋る紅子のそれは、礼御の隣に潜り込む理由には聞こえない。そのため再度その訳を礼御が問うと、紅子は頬を紅色に染め、声を荒げて言うのであった。「つまりこの部屋は一種の神域じゃ。その核たるわしが、その内でこれほどまで近くに居りたいと理由がわからぬか、愚か者め。わしだってこんな気味の悪い肌の男児に近づきたくはないのじゃ。しかしそれはわしのために負った傷じゃろう。だったら放っておくわけにはいかぬ。……要するにわしが主の近くに居れば、傷の治りも早かろうというわけじゃ」と少々言い訳のようにも聞こえたが、確かに礼御の傷の治りは想像以上に早かったため、その言葉が嘘八百というわけでもないのだろうと礼御は苦笑して結論づけた。
一方玉藻である。こいつもこいつで、その一件以降、異様な陽気とともにあった。その陽気に酔っているのか、ただでさえ二人寝て狭いベッドに、玉藻も乱入してくるのである。これでは身体を休めようにも、休まらない。礼御は二人の美少女に挟まれて苦悩した。
もともと紅子と気が合った玉藻である。一緒に暮らせるようになったことは、彼女にとって間違いなくプラスだろう。また赤しゃぐまである紅子がもたらす幸福は、例外に当てはまることなく、その部屋で暮らす玉藻にも効果があるそうだ。喜ばないはずがない。
しかし一番の理由はこれらではなかった。
礼御と幽鬼の戦闘後、礼御の部屋に戻った三人が一息ついたところで、改めて紅子から礼御にお礼の言葉が述べられた。礼御は自分が好きでやったことだと照れながらその言葉を受け取り、またあの場では家に来いと言ったが、あれも紅子が嫌なら強制はしないということを述べる。すると紅子はすぐにその言葉の撤回を礼御に求め、「わしはもう礼御を主とすることを決めたのじゃ」とようやく赤みの抜けた目で言うのだった。そう言われて礼御に断る理由はなく、赤しゃぐまが守る家の主となることを決めた。
そしてその後である。紅子から礼御にある物が送られた。自分を助けてくれた感謝の意を込めた一品である。
紅子は手に持っていた綺麗な巾着から、手のひら大の玉を取り出した。それは陽の光を核に持つガラス玉のような物だった。その中心で輝く黄色い光はしかし止めどなく溢れるわけではなく、ただ優しく所有者の目に映った。
宝玉。と言って正しいのか礼御には判断できなかったが、それを見た印象ではその言葉が適切だと思えた。明らかに高価。そしてただの宝玉でないことは、初見である礼御も玉藻も感づいていた。
紅子はその黄色の宝玉を礼御ではなく、玉藻に渡す。「これは前の主が大切に持っていた代物じゃ。簡単に言うと家宝じゃな。……そうあからさまに嫌な顔をせんでくれ。別に盗んだわけではない。――わしの前の主は魔術師でな。まあそこそこの腕じゃった。その者がわしの力のおかげで手に入れた、最高ランクの魔術道具の一つじゃ。見てわかるように、なかなか力を宿した魔術具じゃろ。これを礼御、新たな主となるお前にやる」。しかしそう言いつつも渡した相手は礼御ではなく玉藻である。
礼御はどうしてそうなった、と疑問を持ちそれを尋ねると、今度は玉藻がそれに答えた。「礼御、今のお前じゃこの魔術具を御しきれないぞ。魔術具っていうのは言ってみれば力の塊。言い換えると、静物としての妖や魔物だ。だけどさ、礼御。お前の意味不明な力ってあたしたちにとって天敵みたいなものだろう。それはこの魔術具にとっても同じでさ、もしお前がこの玉に触れてなんかの弾みでお前の能力が発動してみたりしてみろよ。単にこの玉の力が失われるだけならいいが、力が不安定になって漏れ出し、お前以外のものに影響を与えることも考えられる。お前にとってこれがどういう意味をなすのかよくわからないか。わかりやすく言うと、無知のテロだな。これに触れて力が暴走した結果、ここより半径数キロの範囲がぶっ飛ぶことだってありえるかもしれないぞ。それだけの力がこの玉には内蔵されている」。
それを聞き礼御は無意識に手を宝玉から遠ざけていた。そして紅子の巾着にその宝玉がまだ入っている頃、何気なく触ろうとした――実は一度巾着越しに障っているのだが――自分であったことに思い出し青ざめる。良く思い返せば、巾着を持つ紅子に礼御が触れようと手を伸ばした際、慌てて礼御の手をはじいた紅子の行動の不可解さも納得できる。
「普通の魔術具なら問題ないのじゃが。これは少々強すぎる。半端者の魔術師が扱える代物ではないのじゃよ」と紅子は付け加えた。確かに礼御は真っ当な魔術師ですらない。ではなぜそんな礼御では扱えないものを、紅子は渡そうとしたのか礼御には謎である。
それを察して玉藻が礼御に言う。「だから紅子はあたしに渡したのさ」と。そして上機嫌な玉藻である。それに紅子も「左様じゃ」といって肯定した。
玉藻に渡したところで玉藻だって魔術師ではない。なのになぜ二人は合点がいっているのかと礼御は考え、そして思い至る。
玉藻の目的だ。
玉藻は何を目的で礼御の身を守ると約束したのかを、礼御はここでようやく思い出した。
尾探しである。
そして尾の元になるものは何だったか、と礼御は馬鹿みたいに玉藻が礼御に説明したことを思い返した。『尻尾を探して欲しい。尻尾の元となるのは魔力や霊力、妖力が濃縮して集まった塊』。
まさに目の前の宝玉はそれに当たるではないか。
玉藻は少女の姿から三尾の妖狐の姿に戻ると、口を開き宝玉を丸呑みにした。その保有者であった紅子はその行動を止めることはせず、ただ物珍しそうにそれを見ている。
するとどうだろう。玉藻の身体は黄色の光をまとい始める。まるで宝玉の中に閉じ込めていた光が玉藻に乗り移ったようではないか。その光はだんだんと一点に、玉藻の尻に向かった。そこには三本の尾が生えている。その三本に割ってはいるように、光は徐々に尾の形を作り出し、そして光の集合体は、四本目の金色の毛をまとう尾となるのだった。
その情景に礼御も紅子も見とれてしまい、また感じた。尾の増えた玉藻は素人目の礼御から見ても、大幅に力強い何かを得ている。
まさに圧巻。神々しいとさえ礼御は思えた。
そんな呆然とする礼御に対して、玉藻は言う。
「やっぱり、お前をパートナーに選んで正解だったな!」
礼御は照れ笑いをしながら、玉藻の言葉を素直に喜んだ。
「俺もお前と出会えてよかったよ」




