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なぜこの童女は、満足した表情をしているのか。その抵抗のなさに礼御の内心はある感情で沸き立ちつつあった。
なぜ自分を責めないのか。
なぜ悲しみに暮れないのか。
なぜ思考を止めるのか。
なぜ他人ばかり気にするのか。
なぜ――生きることを諦めているのか。
紅子の態度を見ていると、疑問ばかりが浮かび上がる。
そして礼御は紅子にこう言うしかなかった。
「……俺が、紅子を助ける」
紅子は不思議そうな顔をした。まるで予想していなかったのだろう。言った本人である礼御ですら、こんな状況をもたらした無力な自分がよく言ったな、と少しばかり驚いていた。
紅子は逃げろと言った。そして自分は死ぬと言っている。
ここでそれを了解して、逃げられる男がいるだろうか。少なくとも礼御には無理であった。たとえここで礼御自身が死ぬことになっても、紅子を見捨てるなんてことできるはずがなかった。
今まで怯えて何もできず、何も考えられなかった男である。しかし礼御の身体はとっくに震えることを忘れ、脳は思考を開始していた。
きっと人が変わる瞬間というのは、こんなものなのだろう。
絶望すら感じずに死ぬことを覚悟している、目の前の女の子を助けたい。それで十分だった。
礼御は立ち上がった。見渡す限り、うごめく触手。
果たして魔術師でもない、まして自身の異能も使えこなせない自分が彼女を助けられるのだろうか。
そう礼御は思うものの、不安はなかった。
「何を考えておるのじゃ。馬鹿なことは……してくれるな」
紅子はそんな礼御を慌てて止める。
「わしのことなど構うな。逃げねばならぬ」
幽鬼が現れてから、紅子が今一番焦っていることが礼御にはわかった。けれど礼御は紅子の前に立つ。恐らくこの触手の先にいるであろう幽鬼と紅子の間に立った。
「紅子」
「―――!」
急に名を呼ばれた紅子は身体をビクリとさせた。
礼御は紅子に背を向けたまま、彼女に告げる。
「お前、やっぱり俺のところに来い」
決意が人を変える。
「有無なんて言わせない」
礼御は紅子を助けることを決意した。
「やりたいこと、残ってるだろ」
そのために力が必要である。
「あのエロゲ。まだクリアしてないんだろ?」
礼御はここで初めて向き合った。
「エンディングを見るまで死ねないだろ」
今ある自分の力は何か。
それをどう使えばいいか。
どうすれば紅子を本当に助けられるのか。
「お前の全部を守ってやる。だから――顔を上げてくれ!」
そう言って礼御は振り返った。紅子はもう俯いていない。瞳に涙を貯めてしっかりと礼御を見上げていた。
礼御は確信した。これが正解だった。そして実行しなければならない。
礼御は触手の先にいるだろう敵を睨み、叫んだ。
「来い、玉藻!」
これが礼御の魔術師としての第一歩となるのだろう。




