-8
三行で説明するとこうだ。
紅子、家を追い出され、パソコンを求めて途方に暮れる。
玉藻、そんな紅子を見つけてパソコンがあるよと部屋に誘う。
ではエロゲをしよう。やっぱりパソコンがある家は最高だな!
こんな感じである。
「幸せをもたらす存在がそんなんでいいのか? よくないだろ。がっがりだよ!」
礼御は紅子が現在部屋にいる経緯を聞いて落ち込んだ。せめて礼御か玉藻に対して興味惹かれたとか言う理由だったら素直に喜べたのだが、部屋にきた理由がパソコンの有無とは期待はずれもいいところである。
「だいたいなんで家を追い出されるんだよ。人を幸せにする座敷童子の上位互換なんだろ? そんな存在を追い出す理由がわからない」
そんな礼御の疑問に、紅子も「まったくじゃ」と同感を示す。
「わしが居たおかげで、その家は裕福そのものだったんじゃぞ。家は豪邸、資産も莫大、魔術の才もめっぽう伸びて、高価な魔術具や呪具がそろいもそろい、言うことなしじゃ」
「ならなんで――」
礼御が再度その理由を尋ねようとすると、それには及ばなかった。紅子は不貞腐れた様子でその理由を告げる。
「わしは子供に悪影響をもたらすらしい」
礼御はお金がありすぎるもの考えようで紅子の良さゆえの損害なのかと思ったが、それも一瞬で却下した。子供に悪影響を与えるといえばこれしかない。
「エロゲなんかしてるからだよ! そりゃ追い出そうと考えるよ!」
「……」
礼御の指摘に紅子は黙る。視線があちこちをゆっくりと追い、十数秒の沈黙のあと、彼女は口を開く。
「……やっぱりか」
「自覚してるじゃん!」
なんで追い出されたかなんて紅子は自分でちゃんと理解していた。
「だって好きなんだもん。自由にエロゲをしていいのは、裕福にするのと交換条件みたいなもんだったもん」
「わかる! わかるよ、その気持ち!」
「じゃろ?」
大いに賛成したのは玉藻だった。そりゃお前はそうだろうな、と礼御は呆れた。
「なのに裕福になった途端、この仕打ちじゃ。ひどすぎるわ」
まさにこの二人は同族であった。意気投合している。そんな二人のペースでは話が進まないと礼御は思い、二人の賑わいを止める。
「元の家はどこなんだよ?」
その問いに紅子は適当に答えた。詳しい地名のせいで逆に場所がわかりにくかったが、どうやら県外らしい。そこから一人歩いて来たと言う。これだけ聞くと、いくらでも家で休んで行ってくれというところだが、追い出された理由が理由なだけに、その感情は無用かもしれない。
そして紅子は玉藻に声をかけられ、礼御の部屋に案内されたわけだ。玉藻が外に出ると、紅子がアパートの下で休憩していたらしい。それが二人の出会いだったという。
「その家に帰らないのか?」
そう礼御が紅子に尋ねる頃には、なぜだか紅子と玉藻が抱き合っていた。
「帰らん」
紅子はそう言い放ち、続ける。
「わしを引く手は数多ある。なのにわざわざ帰ってやるものか。言っておくがな、わしはあの家に未練があるわけではない。あの家主との契約は、単にエロゲができるからであり、それ以上考慮すべきことはなかったのじゃ」
紅子は「だから帰るつもりは毛頭ない」と付け加え、自身の決定事項を言い終えた。
家守りが家無しとは、これ如何に。
「引く手数多ってことは、次に行く家は決まってるのか?」
礼御の質問に、紅子はあからさまに視線を泳がせた。
「……ま、まあの」
「……」
間違いなく虚言であった。
現状の紅子は、どこかに左遷されたわけではない。解雇である。いくら引く手数多といえど、解雇後のニート生活がゼロではないのだろう。働く意志のアピールはエリートでも必須である。
「じゃあ、この寄り道が済んだらそこに向かうのか?」
礼御は何気なく紅子にそう尋ねた。玉藻がパソコンのディスプレイに映るいかがわしいゲームを再開しようとしていたので、礼御は躊躇なく玉藻の背後からその両手をつかみあげる。玉藻は振り返り、テヘッと片目を閉じて舌を出すのだが、それを礼御は見て見ぬふりをした。
「まあ……の」
紅子はなんだか歯切れ悪い短的な返事をした。虚勢を張ってでも、自身の高貴さを押し出してきた彼女には不釣合というか、ちょっとした違和感を礼御に与える。
何か事情があるのか。それともやっぱり元の家に帰りたいのか。
礼御はそんなことを感じつつ、今度は足でマウスを操作しようとする愚かな存在を抱きかかえ、ベッドに座らす。その位置からでは足を伸ばしても、テーブルの上のマウスには届かない。
「まあ、赤しゃぐまなんて引く手数多すぎるからな」
玉藻はそんな意味深に思えることを言って、そっとパソコンに近づこうとする。「はいはい」と礼御は玉藻のゲーマー魂にため息をしつつ、彼女の移動を阻止した。
行くところがないなら、家にくればいい。
礼御は他意はなく、紅子にそう伝えてやりたかったが、プライド高い紅子である。行くところがないという直接的な言葉では、礼御の誘いを断るに違いない。
そこで礼御はそこのところをうまくぼかして彼女を誘う。
「なんにせよ、ずっと歩いてきたんだろ? しばらく家にいてもいればいいじゃないか。一人が二人になったところで変わらないよ」
「ねーー!」
玉藻が見た目通りの可愛らしさで乗ってくる。礼御はそんな玉藻の頭を小突いた。
「いっそ、俺の部屋の家守りをしてくれると嬉しいぞ」
気軽な冗談を感じされる言い方で礼御は加えて提案する。しかし紅子は一瞬喜びを見せたものの、小さく首を横に振る。
「その申し出はありがたい。が、それに乗ることはできん」
その表情が、あまりにもその言葉に反していたため、礼御は不思議に思って尋ねる。
「なんでだよ?」
「なんでって。わしを欲しがる奴なんぞごまんといるのだぞ。なんたってわしは幸せの象徴にして、力の塊みたいなものじゃからな」
ふと礼御は横目で玉藻を見た。玉藻は憂いた目でパソコンのディスプレイを見ているが、それ以外の心境を秘めているように見えてならない。
「わし自身で守ると決めることが必要なんじゃ。誘われて、単純にそれに乗るわけにはいかん。人は惑わし、魔は誑かす。わし自身が守ると決めた者は、わしがそやつに騙されても恨まない存在じゃ。そうでなければ、寝床など守っていけまい」
聴き終えた礼御は、視線を落とした。安易すぎる自分の誘いを恨めしく思わずにいられない。きっと紅子にとって気軽じみた誘いなど、飽きに呆れたものだったろう。こいつを留めれば自分は裕福になれると裏を疑われても仕方ない。
しかしここで黙るわけにもいかず、礼御は次の言葉を搾り出す。
「疲れが取れるまで好きにいればいいさ」
「……ありがとの」
紅子も今の雰囲気を苦しく思ったのだろう。幼く笑う。
「では疲れを取るために、エロゲを再開しようかの」
「……ん?」
そう言うと紅子は下衆い笑い声でパソコンの画面に向かった。
礼御はその変貌ぶりに困惑する。
え? こんなにも場の空気って変わるものだっけ?
そんな礼御をよそに玉藻も立ち上がり、紅子に釣られて同じように笑った。
「せ、せめてヘッドフォンをしてくれよな?」
礼御の訴え虚しく、音量を落とすことが妥協点となった。




