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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
4 赤しゃぐま、愛を語る
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-6

 礼御は駐輪場に自転車を停め、首筋をさすりながら自宅へと続く階段を登っていた。


 結果から言ってしまうと、魔術師の行動はいわゆる献血であった。


 そうであってももう少し温和なやり方があっただろうに、葵に命じられた幼き娘は、礼御の首筋にアイスピックを突き刺したのであった。救いだったのは空子が恨みを込めて礼御を刺さなかったことだろう。実際に礼御の身体に刺さったのは小指の先ほどの銀色であった。しかし当然、痛みと恐怖によるうめき声も出るだろう。


 魔術師はそのアイスピックを礼御から抜き取ると、そこからにじみ出た――本当はにじみ出た血液が少量すぎたため、傷の周りを圧迫し、血液を絞り出したのだが――赤い体液を小さなガラスの小ビンに集めたのである。大量に搾り取られなかっただけ、そこのみは良心的であった。


 それが済むと葵は絆創膏で礼御の傷を塞ぎ、「よし、今日はもう帰っていいよ」と半ば強引に礼御を店から出した。


 礼御が困惑しつつ「それをどうするんですか?」と葵に問うと、彼女は「君の能力はその身体にこそ宿っているみたいだからね。無論、この血にもと考えられる。―――つまりは研究のサンプルさ」なんて揚々と説明してくれはしたのだが、それならば先に言っておいてくれ、と内心嘆く礼御であった。そして礼御を馬鹿にした表情で見つめる空子の憎たらしい顔が鮮明に記憶されてしまった。


 心身――主に心の方を一瞬にして痛められた礼御は、三階まで階段を上り自宅のドアの前で止まった。ドアノブをひねってドアを引いても開かない。鍵はかかっていた。


 そのため礼御はポケットからキーケースを取り出し、鍵を開ける。ガチャリというよくある音は礼御のものと続けてもう一つ鳴る。礼御がその音の方向を見ると、二つ隣の扉が開いた。中から若い女性が出てくる。


 名前は知らない。そもそもその部屋に女性が住んでいることすら、礼御はハッキリと知らなかった。大学生だろうか。それでも礼御よりは年上に見える。


 その女性は部屋の鍵を締めると、礼御の方へ歩いてきた。それもそのはず、女性からすれば下に降りる術は礼御の後ろにある階段だけなのだ。


 礼御はおそらく初めて見るアパートの住人に少し興味を持つものの、あまり見すぎるのもよくないと、そっと扉を開いた。中から何か喋り声が聞こえる。きっと玉藻だろう。またゲームをして一人で盛り上がっているに違いない。大はしゃぎしていないだけよかった。


 そう礼御が安心している中、女性は礼御のすぐ近くまで来ていた。不意に女性が会釈をする。それにつられて礼御も頭を下げた。とても愛想のいい人だ。


 そしてその女性が礼御の隣を過ぎた直後である。僅かに開かれていたドアの隙間から叫び声がはじけ出した。


「「キターーーーーー!」」


 礼御は驚いた。ドアノブを握り、ドアを開いたまま、女性の方を見ると、案の定彼女も怪訝な表情をしている。


 二つの声が重なっていた。どちらも女の声だ。一つは玉藻だろう、と礼御は簡単に予測できた。ではもう一つは一体誰のものか。


 それはさておき、この状況はあまりよくない。気づけば怪訝な表情のまま隣の隣に住む女性は足を止めていた。男の部屋から二つの女の声。嫌な汗が長えるのを礼御は感じた。


 どうやら盛り上がりきったらしい礼御の部屋の住人は、その興奮を抑えることなんてしていない。そんな様子が、ダダ漏れの会話から読み取れた。


「やばい。この子、超可愛いなぁ」

「な? な? 言ったとおりであったろ? その選択肢こそ、正解じゃ」

「うおぅ。参ったぜ。紅子(べにこ)の言うとおりだ」

「それ、そろそろ本番かの」

「やべーよ、これ。大興奮!」

「ちょっ――、それお主しか音聞こえまい。ここからはわしも――、ヘッドフォンを貸してくれ」

「やだよ。それだとあたしが聞こえないじゃん」

「何を――、ってこんなことしておる場合ではない。えぇい、音量を上げよ。ヘッドフォンなど抜けばよかろう!」

「あぁ、そのとおりだぜ」


 礼御はなんだか嫌な予感がした。もっと言うと恐怖していた。隣人の女性の方を確認すると、怪しい表情のままゆっくりと歩きだろうとしていた。


 そのまま行ってくれ。そう礼御が心の中で祈ったときだった。


『あぁあん!いいよ。そのままイッてぇーーー!』


 そんな嬌声が、間違いなく自室から爆発してきた。


 それはもちろん隣人女性の耳にも聞こえたようだった。その女性は再び振り返ることなく、急いで階段に向かい、その勢いのまま階段を駆け下りているのがよくわかった。


 青ざめた礼御も急いで自室に隠れる。そしてきちんと鍵をかけて、一息つく。こんなに息をするのに困難さを感じたことはなかった。


 玄関には見慣れない赤い下駄に、赤い唐傘が置いてあった。誰のものだろうが関係ない。なんという羞恥を押し付けられたことか。礼御は怒りをそのまま、部屋の中の者たちにぶつける。


「なにやってんだ、お前ら!」


 そこには驚き、一瞬で恐怖した二人の少女の姿があった。

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