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ちょうど昼頃になると店は賑やかになり始めた。昼食のために訪れる客が増えるためである。
礼御は忙しくなるのを見越して、その稼ぎのピーク時には店を出ることにした。
「また来てくださいね」
そう見送られ、礼御は喫茶店を後にする。さて、と礼御はこの後どうするかを考えた。昨日は林の中にひっそりと住まう魔術師に会いに行かなかった。誰を信じていいのか、誰を疑うべきなのか、そもそも誰かを疑わなければならないのか、考え出すときりがない。いちいち悩んでいて仕方がないので、礼御はやはり件の魔術師に会いに行くことにした。
礼御は自転車に跨り、風を切る。てっぺんまで昇った太陽は、相変わらず地べたを這う生物を煌々と照らすのに余念がない。
普段よりペダルを少し速く回しただけで汗がにじむのがわかり、自転車を押して彼女の元へ向かう坂道、砂利道は必要以上に身体から水分を奪うのである。
そうして辿り着いた古本屋を乗せた広場のような場所。礼御は木造の建物の前に一人の少女の背中が座り込んでいることが見てわかった。あの無口で、やけに礼御を敵視する少女である。
忍んで、というわけではもちろんないのだが、礼御はそれでもひそりひそりとその少女に近づくのであった。地面に生えた新緑の草々を踏みつけ、どうしても無音で近づくことはできない。もっとも無音で近づきたいわけではないのだが。
はっきりと魔術師見習いである少女・空子を確認できた時点で、礼御は彼女に声をかけた。
「こんにちは」
「…………」
空子は驚くことはおろか、振り向きさえも、返事さえもしなかった。彼女とて見習いと言えど風使いの弟子なのだ。気配を察知することくらいできるのだろうと礼御は判断し、自身の挨拶に何の挙動も示さない空子に構わず、目的の古本屋へと向かった。その短い道中、やけに背後から刺々しい視線を感じたのだが、気のせいということにした礼御である。
「こんにちは」
礼御は先ほどと同じような挨拶を始めに、古本屋に入った。まだ日は高いというのに客は見当たらない。それもそうだ。自動車で来られる道は途中までしかなく、誰が使うのかもわからないような山道を抜けて、ようやく目にすることができる本屋だ。これでいつも何人かの客がいる方が怖い。
礼御は入口の戸を閉めると、本で隠された奥の部屋へと向かった。そこにはレジがあるものの、店員はいない。この状況で熱心な店番をしていても奇妙だが、店として少々不用心ではないか、という下らない心配をする礼御である。
「葵さん」
礼御が少しばかり大きな声を出してレジの向こうに自身の声を響かすと、「ん? あぁ、君か」という如何にも一般人を装った返事が彼に帰ってくる。
「―――今日はこんな時間にお出ましかい?」
店の奥。暗がりから一人の女性がそう言って歩いて出てきた。店の主である魔術師。風に関する魔術を得意とし、『空前の風使い』なんていう異名まで轟かせているらしい彼女、雨無 葵である。
「そこまで夜行性じゃないですよ。昼にだって来ます」
「それは失礼したね」
葵は悠然と笑って、手招きをし、礼御を店の奥へと迎えた。




