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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
3 蛟、ファッションを語る
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一つの後日談

 一つの後日談。


 礼御はまた姫菜と朝食をとっていた、そんなときの話である。


 いつものようにありきたりな会話や、バイト先の愚痴等を受け取り、礼御は一つ気になっていたことを姫菜に問うた。


「そういえば、前に言っていた新しい水着はどうなったんだ?」

「えっ?」


 姫菜の反応は意外そうであった。おそらく礼御が水着の話を再び持ち出すなどと微塵も思っていなかったのだろう。


「そうですね。買いましたよ、水着。・・・気になってたんですか?」


 姫菜は可愛らしく、ニヤリと笑って言った。


 礼御の意識としては半分は確かに姫菜の言う通りなのであるが、もう半分は気にしたところで自分には関係ないといったものである。けれどあのコスプレ好きの女に言わせれば、こういうときにこそ男性の甲斐性たる何かが測られるらしい。真実はどうあれ、せっかく仲良くなった異性なのである。彼女の意見と言うものも聞いてみたい。


「俺の趣味に合わせた水着を着てくれるのか?」


 礼御はまずそのように姫菜に尋ねた。何も愚直に自己のイメージを崩しかねない言動をとる必要はないだろう。礼御は外堀から様子を窺い、あくまで単身特攻だけは避けることにした。


「まぁ、多少の希望には沿ってもいいですよ? いつもお世話になっていますしね」


 その後姫菜は愉快そうに「今度一緒に泳ぎにいきます?」と男性としてこれ以上ない極上の誘いを受けたのだが、礼御は「機会があればね」とあくまで年上の男性を演じた。


 そして本題である。果たしてあの水保という妖怪が助言したように、自分はそう答えるべきなのか、礼御は口を開く。


「例えばスクール水着、とかお願いすればきてくれるのか?」

「…………」


 姫菜の表情は笑顔のまま固まっていた。まさかそのような言葉がバイト仲間の口から出るなんて思ってもみなかったのだろう。姫菜は視線だけを礼御から外し、どう答えるべきか思案しているように、礼御からは見えた。


 その表情、またそこから読み取れる彼女の心情を察した礼御は瞬時に次の自分の発言がいかに大事かを理解する。


 これはもう、全力で自身の発言をフォローするしかない。やはり人ではないモノのアドバイスなんて聞くべきではないのかもしれない。騙されていると思って試してみたが、案の定自分は騙されて――いや、誑かされていたに違いない。そう礼御は反省する。


「いや、異性の知り合いがさ、言ったんだよ。異性にどんな水着が好みかを聞かれたときスクール水着と答えられるくらいの甲斐性はないとダメだって、な」

「……それって甲斐性って言葉を使いますかね?」

「……さぁ」


 姫菜の訝しげな視線が辛かった。半ば強引に押し通された水保の持論なんて、本当に害にしかなっていない。


 姫菜は当然礼御の発言に引いていたようであるが、それでもあからさまに態度を転じなかったのは、礼御がバイト先でまともな人格で彼女に接しているからだろうか。それでも彼女こそ、一つの発言で他人を見下したりはしない、寛大な人格者なのか。


「……あのですね、礼御さん。その異性の知り合いという方が本当にそのように発言したのかどうか、メナにはわかりませんが、『スクール水着を着て欲しい』だなんて、たぶんセクハラですよ?」


 そのことにとうとう気がつかなかった礼御ではない。彼は心の中で「ですよね……」と肯定するのである。


 しかしそれで姫菜の言うことを鵜呑みにすることはしたくない礼御であった。水保は少なからず信条を持ってスクール水着を推したのである。それは単なるセクハラ発言で一掃するには及ばない。というのは、格好の付けた言い訳であり、礼御はいかに自分の発言がセクハラ――つまりは性的な感情を含んでいなかったかを裏付けたく思っているのである。


「なんでセクハラなのさ?」


 礼御は不思議がるような口調で当然のように姫菜に問い返したのである。姫菜は「え?」と呆気にとられ、なおも礼御の話を聞く。


「『スクール水着を着てくれ』なんて、一歩間違えればセクハラになることくらいわかっているよ。俺はそんな愚かに見えるか?」

「ぇ? ……いえ、そのようには見えませんが・・・」

「だからさ、俺も初めはその知り合いの話なんて気にしなかったよ。でもそいつがあまりにも熱弁するんだ。間違っている、とは思っても、そのうちにその間違いも在りなのではないか。そんな風に思ってしまってね。一種の宗教みたいなものかもしれないけれど、そいつの持論が俺の中で確立しつつあったんだ」

「……はぁ」


 姫菜は混乱しているようであった。なおも礼御は続けて、姫菜の正しい判断を下さないように努めた。


「だから単に一言、『セクハラ』なんて言葉で片付けないで欲しい。どうしてスクール水着がダメなんだ。ちゃんとした考えを持って否定してもらわないと、なんだか俺も困ってしまう」


 困るのは姫菜であるのだが、それでも礼御が少なからず異形なやつらとの会話で身に付けた意見のごり押しを続けた。どんなに間違っていると思われることでも、熱意と語意でいくらでも正当化できるような気がするのである。


 姫菜は「ちょ、ちょっと待ってください」と言うと、礼御の間違いを正すべく、真の正当な意見をまとめ上げる。


 さて、どう転ぶかな。礼御は一先ずの防衛に安堵していると、思ったより短時間しかかからず姫菜は口を開く。


「礼御さん、セクハラというものは本人がそう感じた時点でセクハラなんですよね」

「まぁ、そうだな」


 つまり「スクール水着をきてほしい」と姫菜が言われた時点でセクハラだと思えば、それは立派なセクハラなのである。証明終了であった。


「けれど個人の感覚で否定しすぎるのは良くないと思うんです」

「……と言うと?」


 姫菜の諭しがこれ以上続くと思ってなかった礼御である。


「……スクール水着って女子大生が着るものですかね?」

「いや、普通は着ないだろ」

「……つまりそれを求めると言うことは、一般的な考えとは外れた趣味を押し付けてますよね?」

「……まぁ、そうかもな」

「もし、メナと礼御さんが男女交際の仲で、しかも人目につかない場所で求められたとしたら、メナは恥ずかしいですけれど、それに求めてあげますよ?」

「…………うん」

「でも今回の場合、泳ぎに行くこと前提で話していますし、何よりメナと礼御さんは恋人の仲でもありません」

「……………………」

「これをセクハラ発言と呼ばなかったら、メナは卑猥なことを言われでもしない限り、男性の発言をセクハラ呼ばわりはできませんね」


 至極真っ当な彼女の意見に、礼御は大賛成であった。やはりあのコスプレ好きの妖怪の言うことなんて、飲みこんだフリをして吐きだすのが正解である。


 礼御はきちんと姫菜に謝罪をするのであった。

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