*九
『封印の際にはあの子も連れて行って欲しいだけです』
男魔術師には電話越しの女性が「あの子」と言った人物に心当たりがあった。
だからこそ、それは実に面倒な追加である。なぜ専門外な依頼を引き受け、さらに足手まといまで連れて行かなければならないのか。
『役に立つと思いますよ』
「私はそうは思いません。あいつは魔術の心得どころか、封印の目標すら見えな―――」
そこまで言って彼は思い立った。状況はあのときから変化している。だとすれば……。
『自分の身くらいは守れるので大丈夫ですよ』
「いや、無理でしょうに」
『いえいえ。ちゃんと魔術は施しました。攻撃と防御の魔術をね。私にしては自信作ですから』
彼はまずこの電話の相手が魔術を使用したと言うことに驚いた。彼女は博学であり知識欲を努力で解消しすぎ、そう言った面では限りなく優秀なのだが、一方で彼女は魔術の使用を極端に苦手としていた。彼女は、大げさに言えばあらゆる魔術の使用方法、原理、所以など様々な事を知っている。しかし知っているから使用できるほど魔術と言うモノは甘くない。百メートルを十秒で走る方法を理論的に知っていても、それ実行できる身体を持ち合わせていなければ出来ようもないのと同じである。
「……最低限自分の身は守れると?」
『最低限、まぁ死ぬことはないでしょうね。腕の一本はなくなるかもしれませんが』
またそのような茨道を用意する……。
彼は昔のことを思い出し、電話の相手に呆れた。
「それで、それはどのような魔術ですか?」
いくら教え子とはいえ、魔術師が己の魔術を簡単にさらけ出すことはしないだろう。それでも聞いておかねばならなかった。今後自分が守る相手がどのような力を授けられたのかを。
電話の主は渋ることなく『防御の魔術』については話した。彼は少々意外にも思ったが、すぐに意外に思う必要もない、とその声から感じ取った。
理屈を知られたところで模倣されるはずもない。感じたのは、そのような自信だ。
そんな彼女が多少の自信をさらけ出し、施した魔術は彼が聞いたこともないような魔術であった。有能であるが、最適ではない。万能でないし、底知れぬわけでもない。それでも彼女が男魔術師の師の一人であった所以を感じずにはいられない、他者では真似できないような魔術であった。
「そいつが一体何の役に立つのでしょうかね」
『言い方は悪いですが、役に立つのは付属品でしょうね』
「……本当に嫌な言い方ですよ、それは」
そう彼が言うと、電話越しの女性は楽しそうに「フフフッ」と笑い、「だからこそ、目的は達しやすいでしょう?」と言って、話の終わりとした。
依頼の内容を聞き終え電話を切った男魔術師は小さく呟く。
「『魔を消す有限の祈り』に『敵を灼く盲目剣』……か」
気乗りしない話である。しかし無視しておくわけにもいかないだろう。なにせ彼女は恩師なのだから。
彼はのろのろと自身の道具の手入れ・点検を続けるのであった。




