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礼御は渦巻く思考のまま、帰宅した。
玉藻はベッドの上で先ほど購入した物品を広げていた。とても満足した表情で、ちょっと気持ちの悪いくらいの笑顔であった。
「ただいま」と礼御が玉藻に帰宅を告げると、玉藻はそっけない返答でそれに応じる。
礼御は邪魔しちゃ悪いか、と玉藻からすこし離れて床に座ると、思考に結論づけようと様々考えた。
魔術師は気をつけろと注意を促すばかりである。その対象が人なのか、異形のモノなのかはわからない。いや、わからないといえば嘘である。対象はそのどちらも当てはまるのだろう。それでも出会うモノすべてに注意を払って行動するなど荒唐無稽な話である。そもそもただの人に対してでも、新しく出会ったそのすべてに注意したりはしない。そんな意識を潜ませて、人と仲良くなるなんて偽りであること甚だしい。
もしくは魔術師という存在はそのように出会うモノすべてに疑いをかけて出会うというのだろうか。そうであってはたまらない。
では一体魔術師は誰に注意しろと言っているのだろう。雨無 葵は字深 蓮武のような者を指して言ったのかもしれないし、また逆も然りである。今まで人だと思ってきた人物が、実は魔術師だと言う可能性もある。真夕、姫菜、里愛だって本当は異形な世界に足を踏み入れているのかもしれない。
さらに、葵の言ったようにその注意は人型以外にも向ける必要があるのだろう。同棲している狐の妖怪に裏がないと判断しきれていないし、ミネリに水保だって自身に危害を加えないとは言い切れない。
踏み出してしまった世界は、気づくと不明瞭なものに取り囲まれていた。一体何を信じていいのか分からない。つまり疑い出すときりがないのだ。
だからこそ、自分の直感を信じて、疑わない一人を決める必要が大いにある気がする。ではそれが誰なのか。礼御は何かを信用しようとすると、間違いなく一番に玉藻を挙げた。
人よりも狡猾ではないという思い込みからだろうか。それとも同棲というもっとも身近にいる以上疑いたくないからだろうか。
「……あの女には気をつけろ、ね」
その女に当てはまるモノが一人しかないのなら楽であったのだが、嬉しい悲鳴とでもいうべきだろうか、心当たりが片手では数えきれない。
「……よくわからんな」
礼御は、今自分を疑心暗鬼にさせる正体が姿を現したときこそ、その事実を受け止め、そのモノを敵だと判断することが一番てっとり早く、また気楽な方法であると考えた。きっと推測し思い詰めたところで、この世界の理屈に疎い自分では推し測ることはできないだろう。
明日はまず里愛を訪ねてみよう。そのあと葵さんのところにでも行くかな。
そのように結論付けると、礼御は急に眠気を覚えた。きっとカラオケ部屋のソファなんて窮屈な場所で夜を過ごしたからに違いない。昼寝にはちょうど良い時刻である。礼御はベッドで寝たかったが、あんな楽しそうな玉藻の邪魔はしなくはい、と思いその場で少し眠ることにした。
「……なぁ、玉藻」
「……んー?」
それでも礼御は玉藻と少し話がしたかった。
「俺はなんでいきなり普通じゃないものを見れるようになったんだろうな」
玉藻は礼御の方を一瞥することなく、単調な言葉で答える。
「さあね。後天的に能力を発現するなんて珍しくもない」
そのような説明は以前受けた礼御である。それでもその言葉で今の自分を締めくくるのは、どうにも自分自身をおざなりにしているように思えてならないのだ。
「例えばさ、どんなことがそのきっかけに成りうるのかな?」
「……人間なんて、ほとんどが多感だろ? 今までにない感情を己が内に見出したり、外から侵入されたりしたら、まったく世界を別の視点で見るようになっちゃうものさ」
「それが、世にも珍しい能力を発現させて……なんてありえるものか?」
玉藻は一瞬だけ礼御の方に視線を向けた。それは、この話長くなるのか、と言わんばかりの視線であった。玉藻が集中して今の行動に取り組みたいことを重々承知しながらも、礼御は問わずにはいられなかった。
「先天的な魔術師は、いわば異能・異形の一般知識を植えつけられている。だから突飛な能力を発現することは珍しい。しかし後天的となれば、それらに対する前情報がほとんどゼロだからな。突飛、異端、普通では有り得ない能力を見出したりもするかもな」
「そんな……ものか」
「そうだよ。あんまり気にするな。そのうちどうしてお前がこちら側の世界に来れたのかなんて、嫌でも理解してしまうだろうに」
「……俺、どうしていいかわからない―――、どうなるかもわからないや」
「…………」
「…………」
「……どうなったって助けるさ。そういう約束だろ」
その言葉は自然と礼御を笑顔にさせる。
「頼りに……する、か」
「おー、頼りにされなされ」
玉藻の適当な口調は変わらない。そこにどれだけ信用性があるのか。
礼御はこの玉藻にこそ信頼をおきたいと心底思い、そして身勝手な同居人に占領されたベッドに潜れるはずもなく眠った。




