-14
完全に玉藻の姿は見えなくなっていた。
礼御は玉藻の言ったとおり、急ぐこともなくゆっくりと自転車をこいで帰宅する。まだ日が暮れるには時間がかかるが、昨日熟睡できなかったためだろうか、礼御の身体はもうベッドを望んでいた。
玉藻に対する恐怖はすでに消えていた。やはり意識のしすぎだったのだ、と礼御は自身を馬鹿にする。
商店街につながる道は多々あるが、その多くが車一台分の道幅しかなく、自転車で通行する身としては少々自由度に欠ける道ばかりである。そのため礼御はあえて細い道を選択して行き、のんびりと気兼ねなく自宅との距離を縮めていた。人通りも少ないのがまた良い。その道の先には大通りがあり、そこまではフラフラと運転しても問題ないだろう。見たところ、前方に人が一人つっ立っているだけである。
そんな中、そういえば、と礼御はあることを思い出した。
猫の妖怪。猫又のミネリ。
彼女と出会ったのもこの辺りだった。ともに訪ねた小さな美術館もすぐ近くにある。
礼御は自転車を漕ぎつつも、なんとなく彼女の姿を探す。しかし見つからない。
昨日の今日で会ってもなんだか変な気分だな。
礼御は笑を含んで偶然の出会いを諦めた。
その時である。道の前方に立っていた一人の男がこちらを見ているのに気がついた。
長身で、短髪をオールバックにしている。衣服は黒一色。長ズボンにピリッとしたシャツを身につけているが、本日の夏らしい気温にもかかわらずその上から膝まであるコートを羽織っていた。
見るからに変人だ。そして異様な雰囲気で礼御の方を見ている。
礼御はあまりの気まずさと、彼のまとう空気の異質さに目をそらし、早く彼の視線から逃れようと自転車のスピードを上げた。
礼御が横切るギリギリまでその視線は礼御に向けられていたのを感じる。それは決して礼御を越していなかった。彼が見ているのは間違いなく礼御である。
そして横切る。
なおも礼御の背中は何かを感じていたが、もうそんなことはどうでもよかった。玉藻のやつ、こういう時に限って俺の近くにいないじゃないか。礼御ははしゃいで帰った自分の護衛を祟るも、このまま振り返らずに帰ろう、と考えていたとき、礼御は無意識に自転車のブレーキを握らされることとなる。
たった一言。背後からの言葉。低く、男性の声。尋ねるような口調ではなく、確認するような言い方でもなく、決定事項を口に出したに過ぎないその文字の並び。
「徳間 礼御だな」




