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礼御は開店間もない店内に足を踏み入れた。
外観は寂れた小さな喫茶店である。しかし内装は決して小汚いものでなく、古びた木材のテーブルや椅子が趣のある店内を作り出していた。大学生として礼御が思い描いていた、行きつけの喫茶店である。
中央に丸い木の柱があり、それを囲むようにテーブルが円状に備えられている。また壁に押し付けられたように、無造作に二名用、四名用といった複数名用のテーブルがある。礼御が普段使っているのはカウンター席で、入口から入って左手にそれはあった。今日も変わらず彼はカウンター席に座る。
「こんな早くからどうしたんですか?それになんだか・・・眠たそうです」
礼御の身体は彼女の言葉に促されたように欠伸を吐き出すと、現在一人で店を切り盛りしている女性店員――里愛に話かける。
「バイト明けでね。そのあと部室によって、今ここかな」
「それは、それは。お疲れ様です」
そう言いながら里愛は礼御にお冷を出した。「何にされますか?」と問われた礼御はアイスコーヒーを注文する。里愛はそれに了解の言葉を発すると、さっとく豆を引き始めた。あたりに香ばしい豆の匂いが漂い、礼御の頬を自然と緩ませた。
里愛は礼御より一つ年下の女の子である。ショートヘアに小柄な体格、店員としての里愛は笑顔の可愛い柔らかな雰囲気の女の子であるが、話してみると意外に自分の意見というものを持ち、きっぱりとした性格の女子であった。そんな彼女は今は浪人中の身であり、しかし彼女の父親が道楽で始めたこの喫茶店を一人で動かしているのだそうだ。ちなみに彼女の父親はぎっくり腰で入院中らしい。礼御は、もともと行きつけだった喫茶店のマスターがいきなり変わり混乱したのを覚えている。それがつい三週間前くらいの話であった。
「ちょっと濃い目に作りました」
そう言って里愛がアイスコーヒーを礼御の前に置いた。
「寝れなくなっちゃうよ」
「ありゃ。今日はこのまま活動するのかと」
「いや、一服したら帰って寝るかな」
「そうですか」
里愛はケラケラと笑って礼御の前に腰掛ける。すると彼女は英単語帳を取り出し、それを開くのである。
「おいおい、店員がいいのかよ?」
「いいんですよ。どうせこんな午前中に来る人なんて、常連ばかりなんですから」
「それもそうか」
里愛は英語が苦手なのだそうだ。かく言う礼御も苦手なのだが、里愛の以前受けた英語のテストの結果を聞くと、まだ自分は救いがあったのだと内心苦笑いをしたことは記憶に新しい。
「暇なら、ちょっと問題出してくださいよ」
「ああ、いいよ」
そうして礼御は小一時間ほど里愛の勉強の手伝いをした。そうして昼前となり、ぽつぽつと客数も増えてきたところで、礼御は喫茶店を出た。
「また来てくださいね」
里愛は店内を動き回りながら礼御にそう言い放った。礼御がそれに小さく手をふって答えると、里愛はニコリと笑って厨房に隠れた。
そして最後は乾いた鐘の音が礼御の退店を見送るのだった。