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礼御はまたも異文化の聖域に足を踏み入れた。
人ごみにまぎれて玉藻の姿を探すと、彼女は小さな同人誌売り場で佇んでいた。別れたままの表情であったため、礼御は呆れながらも、少し嬉しくなった。
「玉藻。十分満足したか?」
礼御が玉藻に声をかけると、玉藻は礼御の方を向くことなく――同人誌の見本に目を奪われたまま答える。
「おう。いい感じだ。買うものもだいたい決まったぞ」
「そっか」
礼御はそう言って玉藻の頭を撫でようとしたが、今の玉藻の発言に身体がこわばった。
「お前……お金持ってるのか」
「…………少しは」
「……そっか」
玉藻の購入希望物が少しではない気がしてならない。ちなみに買いたいものはどのくらいの金額になりそうかを礼御が玉藻に尋ねると、玉藻は明らかに礼御からも、手に持った同人誌からも視線が外れて「一万はいきそうだな」と呟いた。
少し持っているお金が、一万円もあるはずがない。この妖怪、どうするつもりだろう。
「てなわけで、おごっていただけないでしょうか」
「ダメ」
「……」
礼御は容赦なく玉藻の要求を断った。それでも一応いくら手持ちがあるのかを尋ねてみると、玉藻はゆっくりとポケットに手をいれ、恐る恐るその手を出した。
手には千円札が握られている。手を開かせてみてもそれのみだった。
この妖狐、自身の持ち金の十倍近くの商品を購入するつもりであったらしい。
「お前、俺に遠くに行くなっていったよな」
「……まあね」
しばしの沈黙。玉藻は礼御が言いたいことがなんとなくわかっている様子であった。
「俺はお前の財布か?」
「言い方を悪くすればそうだな」
せめてそこは偽ってでも隠しておいて欲しかった事実である。礼御はいっそ感心してしまった。
「そこは嘘でも『お前の守り賃だ』とかいったらどうだ。そしたら考えてやらなくも、ないかもしれないだろうに」
その言葉に玉藻はうつむき気味だった身体に力を入れて、礼御を見上げた。その目はなんだか希望に満ちている。
「だってそれは――。そう言えば買ってもらえたのか?」
俺を守るのは家に住まわすのと条件だしな。
礼御は玉藻が取引のカードにその事実を使わなかった理由を決めつけることができた。それを使わずに交渉(?)をしてくるあたり、まだ良心的である。
それとは別に、話が少し逸れるのだが、美少女の懇願する表情というものは実に驚異的であった。その困った表情から、自分が玉藻の要求を飲むことで一転する少女の顔を見てみたい、そんな欲望を礼御に与えてしまう。
玉藻が礼御の身を守っていることはおそらく事実なのだろう。まだそれを目にしていないものの、それでも先ほどの異形、水保が礼御に襲いかかっていたとしたら、玉藻は礼御を助けたに決まっている。そのような確信が礼御には生まれつつあった。そして今後もその約束がいきなり反古になったりはしないだろう。 それらのことを礼御なりに考えた結果、ここで恩を売っておくことはプラスだと判断した。
「仕方ない。多少だしてやるよ。でも残り九千円はさすがに無理だぞ。せめて五千円までだ」
玉藻は礼御が思った通りの表情になり、それだけで十分な価値を見いだせた。
貢ぐ人の気持ちというのはこんなものなのだろうか。
礼御はそう自虐しつつも、先ほどの言葉を撤回したりはしなかった。
その後玉藻は三十分近く悩んだ末、商品を購入した。自分が元から持っていた金額も含め購入の上限は六千円。そしてお釣りは菓子パンとジュースがそれぞれ一つずつ買える程度しか残らなかった。
そんな玉藻に呆れた驚愕をさせられた礼御である。しかし店を出た時の玉藻の一言「ありがとう」で、まあ良かったか、と思ってしまう礼御であった。




