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どういったアニメのキャラか知らないが、そのアニメのデザインをしたやつを礼御は理不尽にも恨んだ。
コスプレブースにも幾つか椅子も用意されており、コスプレをした礼御とコスプレしていない水保が横に並んで座っている。
「なんで俺だけコスプレしてんだろ」
「自然の――ぁ、摂理では――ぅ、ないでしょうか?」
水保はあからさまに興奮していた。言葉の合間で口から出入りする空気が荒々しい。
「哲学的に誤魔化しても、誤魔化しきれてないからな、それ。難しい言葉を使って納得させられるのは小学生までだ」
「そうかもしれませんね――ぁ」
そう言いながら水保は礼御の太ももを触ってくる。ちなみにこれが初めてではない。
「おい、そんなとこ触るなよ」
「ごめーん」
軽々しい謝罪であった。
「で、なんでしたっけ?」
水保の口はそう言って、目は今の発言だけで三回は礼御の下半身をチラ見していた。
「だからなんで俺だけコスプレして、あんたはコスプレしてないのかって」
「あぁ。そうでしたね……」
水保は急にしおらしくなってしまった。もしや地雷でも踏んでしまったか、と礼御は瞬間罪悪感に囚われた。しかし何の話をしているかって、それはコスプレの話である。地雷などあってたまるか。
「実は私――」
「……」
礼御は黙って水保の言い訳を待つ。
「コスプレするより、見るほうが好きなんです。特に男性の!」
あぁ、そんなところだと思ったよ。
礼御が呆れている中、水保は語り始める。
「そうは言っても、誰でもコスプレしていれば目の保養になるわけではありませんよ。いいですか。美男美女が似通ったキャラにコスプレすることに意味があるのです。不細工や体型に不備がある者がコスプレするのはどういった意義があるのか。皆無です。それどころが害悪です。誰も幸せになれません。
コスプレするにあたって、まずは鏡で自分がどう見えているのかを確認するのが当たり前です。不細工なら諦めて不細工キャラになりましょう。今のコスプレ業界はいささか、不細工が高望みしすぎています。非常に嘆かわしい。
とは言っても、アニメのような理想的な顔立ちの人間なんて、まあいないでしょ。だから必要なのはマイナスでない顔面力と化粧力です。
そのところ礼御さんはいい感じです。顔も悪くないし、そのキャラのイメージに近い! 素晴らしい! これで化粧をしたらと、想像しただけで連射ものです。それでもう少し腹筋が割れていれば、お姉さん『優』をあげていました」
語ってくれたはいいものの、礼御はこの後どう対応するのが正解かわからずにいた。
「――連射ものってどういうこと?」
とりあえず最後の方に出てきて記憶に新しくも意味の分からない言葉を、言った本人に確認する。
「連射撮影ものってことです。つまり保存は間違いないってことです」
「……へぇ」
なんとなく意味はわかったものの、真意は定かでなかった。
「私も綺麗な顔面をしていますが――」
ちょくちょく顔のことを顔面というのはどうなのだろうか、と礼御は哀しい気分であった。あと自分で自分のことを綺麗だと言えるその神経の太さに天晴れである。
まぁ、実際綺麗な顔立ちだよな。
「やっぱりコスプレは眺めるのが一番ですね」
「……」
礼御はやはり反応に困った。そして困った結果、黙っていると、水保は無言のアンコールだとでも思ったのだろうか、再度自身の熱をさらけ出す。
「いいですか。基本コスプレしているような連中、自己満足の盲目野郎なのです。似てもいないのに、よくも堂々と人前に出られるものだと私はがっかりなのです。
しかしですね、ごく稀にそのキャラの三次元化に成功したと言わんばかりのクオリティの者がいるわけですよ。
まさに脱帽! 全裸でゲロがでそうになるくらいです。それを見つけたときの興奮のしようといったら、言葉では伝えきれないものがあります。それでも私は他者にこの気持ちを伝えられずにはいられません。ひどい矛盾の中でさ迷った挙句、私はこの気持ちをこう表現することで、相手に少しでも似通った気持ちを伝えようと努力しています」
そこで水保はひと呼吸おいた。とりあえずここで止まる話ではなさそうだと、礼御は察知した。そのため黙って水保の話の続きを待つ。
「『アスパラ畑に咲く一輪のアイスキャンデー』」
意味は不明。意味以外も総じて不明である。
そう言って虚空を見つめた水保の表情は、美しい輝きを秘めたドヤ顔であった。
「な、なるほどな」
しかし反応しないのも悪かろうと礼御は返答の万能句で誤魔化した。
水保はそんな礼御の内心を知ってか知らずか、少し落ち着きを取り戻したようである。そして手をゆっくりと礼御の太ももに乗せた。礼御は、もういいや、と自分の太ももの上で動き回るその手に関して何も述べなかった。
「つまり自分の好みの人には、自分の好みのものを着て欲しいという願望なわけです。可愛い子にはそれ相応のコスプレをさせて、愛でろ。そんな感じですかね」
可愛い子には旅をさせろというフレーズを文字ったのだろうか。礼御はここでも曖昧な返事を漏らしたものの、その水保の言ったことは自分の中にも存在する考えだと感じていた。
彼女ができたら自分の趣味の格好――決してコスプレのことではなく、ゆるふわスカートとか、イケメン風パンツルックとか、そういった意味である――をして欲しいものである。
そこで礼御は、そういえば、と今朝の朝食の場での会話を思い出した。姫菜は「礼御さんはどれが好みですか?」と礼御に好みの水着を尋ねてきた。
礼御も普通に男である。可愛い異性はもちろん好きだった。そこに恋愛感情があろうが、なかろうが、好きなのに違いはない。あの場面では恥を忍んで好みの水着を提案すべきだったろうか。
「そういえば今日、同年代の女の子にどんな好みの水着が好みかときかれたんだよね。なんだか恥ずかしくて、あんまり真面目に取り合わなかったけど・・・」
礼御は独り言のように話はじめるものの、到着地点がわからず、暴露した文章の最後の方は言葉に詰まってしまった。
そんな礼御の様子に水保は、呆れて、そして半ば見下すように、礼御の思いを汲み取った。
「礼御さん、それは赤点ですよ。男性として落第です」
「……そんなものかな」
「無論です。女性が水着を着るのはほとんどが男性のためです。本人が自覚していなくとも、生物的に見ればそうなっています。求められているのに、それに答えられなくて男がつとまりますか! 据え膳食わぬは男性器の欠陥です!」
「もうアウトだよ、それ!」
しかし水保は礼御の言葉を受け取ることなく話を続ける。
「そこでどんな水着が好みかと問われれば、ためらいなく自分の趣味をさらけ出すのが、人間の男というものです。そのときにためらいを持つようでは、異性を好きになるべきではありません。そんなビビリな男なんて、遺伝子として劣化が激しすぎますね、正直に言って。負け犬遺伝子です」
なんてひどい言われようだろう。しかしそれ以上に説得力のある声明であった。理論的というにはお粗末だが、男である礼御の心に浅く突き刺さってしまった。
「……そうだな。そのとおりかもしれない」
「かも、ではありませんね。ほぼ間違いないと思います。・・・して、ためらった理由というのは、礼御さんはいささか変態な趣味をお持ちなのでしょうか。できれば相談に乗りますが?」
水保のその申し出に礼御は少し迷った。そもそも異性に着てほしい水着など本気で考えたことがなかったからだ。そのため礼御はあたりさわりのない回答をしようとする。
「いや、そんな具体的なものはないのだけれど……。まぁ、ビキ――」
「落第!」
しばしの沈黙。水保が呆れたように首を振り、そして講義が開始される。
「ここでビキニなんて答えようものなら、私は礼御さんを軽蔑しますよ」
言ったようなものだけれど、と礼御は思いつつも黙って水保の話を聞く。
「ビキニなんて、下着の下位互換にすぎません。ビキニを望むなら、下着を望めばいいのです。しかしですね、自分に惚れた女の下着姿なんてわざわざの臨む必要がありますか。ないでしょうに。いくらでも見れるものをなんですから。
ではどんな水着を求めればいいか。その答えとしてせいぜいスクール水着というくらいの甲斐性はもっていただきたい」
最後の一言は完全私欲に紛れた発言ではないだろうか。
「スクール水着はお好きですか?」
そう水保に問われて、礼御は少なからず焦った。
確かに姫菜のスクール水着姿を見たいと思わなくもなかった。それ以上の意味も、それ以下の変態性もない。礼御が最後にスクール水着姿の女性を見たのは中学三年のときだ。高校では水泳の授業がなく、当然大学に入ってからも女学生と共に泳ぐ機会はなかった。
だからこそ見たくないといえば嘘である。スクール水着といえば、青春時代の宝だ。男子なら嫌いな者などまずいないであろうその想いを、例外に入ることなく礼御にだって受け継がれているのだ。
だけどそれは水保の求めている答えではないような気がした。水保はもっと官能的で叙情的な意味でスクール水着を好んでいるように感じる。一方礼御は欲情にまみれて求めているではないか。
これではいけない。そう感じた礼御は返答に迷い、ふと水保から視線を遠ざけた。
すると水保は何を思ったか、勝手に話を進めてくる。
「言えないというのは正解かもしれませんね。その高貴な感情は、礼御さんの大切な人にのみ捧げるべきかもしれません」
どういうことなんだ。
礼御は話の流れについていけないので、それに身を任せることにして、悟りきったように視線を水保に戻した。
「しかし、ここまで話が進んだ以上、私の想いを伝えられずにはいられません。礼御さん、聞いてくださいますか?」
今まで水保に先導されるかのような展開だったのに、いつのまにか礼御が水保の師になっているような雰囲気であった。
「あぁ、いいぞ」
礼御もあとに引けなくなり、水保の要求を飲んだ。結果、つまりは官能的でも叙情的でもなく、彼女は単なる変態だったことが顕わになるのだった。
「多くのスク水の良さは省きましょう。そんなこと礼御さんに申し上げても、失礼にあたります」
たぶんそんなことはないだろうけど、と思いながらも礼御は何も口を挟まない。
「スク水の最大の良さとは、それを身につけた女性がどうやって用を足すのかということでしょう」
あぁ、これはいけない方向の変態性だ。論点の外し方が尋常ではない。礼御はそう感じた。
「これは二者択一でしょう。『全裸になる』か、『股間部分の生地を横にずらす』か、です」
本格的にダメであった。こんな話を姫菜にしたら、間違いなく軽蔑される。
なおも水保は熱く語る。
「トイレの個室で一方は全裸。ここに破廉恥極まってますね。水に濡れた水着を苦労して脱ぎ、そして用を足す。プライベートスペースではないのですよ。でも全裸! 全裸でおしっこすることなんて、家にいたってそうないでしょ。なのに公共の場で全裸開放ですよ。もうどうにでもなれって感じですよね!」
ひどく興奮してきている。言葉遣いが残念な感じになってきた。
「そしてもう一方は水着をずらして放尿ですよ? 下着を横にずらしておしっこしないでしょう。なのにスク水を着ているとやっちゃうんですね。このギャップ、最高です! おっぱいさらけ出すのが恥ずかしいからって、そっちの方がなんか卑猥ですよね。下から眺めたい!」
「……」
唖然であった。そして脳内は騒然としていた。
そんなことを大声で訴える男がいたら、まず通報である。不慮の事故で着替え途中を見てしまった礼御と、こんな水保。捕まるべきはどちらかって、考えるだけ無駄だ。
しかし懸命に取り繕って礼御は感想を述べる。
「水保さん。あなたには敵いませんね」
すると水保は満足そうに小さく笑った。
「いいんだよ、礼御くん。人の寿命では到達しえない境地だってある。むしろそれを今日、君に伝えれて私はとても満足だよ」
これ以上話が深淵に向かわないように、そこで話題を変える努力を礼御は惜しまなかった。




