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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
2 猫又、美を語る
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一つの後日談

 一つの後日談。


 その日も真夕は美術部の部室で絵を描いていた。礼御がその場に訪れたのは午前中のことである。夏休みの午前中なんて、やる気のある部員しか訪れないもので、その場には礼御と真夕の二人しかいなかった。


 礼御も何気なくキャンパスを開き、デッサンの準備に取り掛かる。ふと真夕の方を確認すると、実に真剣に、しかし見事なまでの優雅さで筆を動かしている。そんな彼女を礼御はデッサンしたく思ったが、さすがにそんな申し出をすることはできなかった。


 邪魔しては悪いかとは思いつつ、礼御はそんな真夕に話しかける。ある話題について真夕の意見を聞きたかったのだ。


 その内容はあのアニメ原画展で礼御が感じたことについてである。あの日礼御はアニメという文化を再認識した。まさに日本の現代美術というべき代物であった。そう礼御自身はその価値を感じ取ることができた。


 では真夕はアニメについてどう思っているのだろうか。


 まさか真夕がアニメに詳しいというのはイメージとかけ離れているし、そんなオタクな真夕は想像したくない。しかし真夕のことだ。その価値を十分理解し、今礼御の内でたぎる想いを見事に打ち返してくれる気がしてならない。


 特にオタクを擁護するわけではないが、アニメは気持ちの悪いオタクが見るものなんて偏見を持った低脳の輩を見返す大きな起爆剤になってほしい、そんなことを礼御は思っていた。


「真夕さんはアニメとか見ます?」


 礼御の唐突な質問に、真夕は驚いた様子もなく、視線だけ礼御の方に向けそれに答える。


「いきなりだね。――アニメはあまり好んでは見ないかな」


 まさに礼御の想像通りの真優であったため、礼御はなんだか嬉しくなっていた。


「僕、最近アニメの原画展に行ってきたんですよ」


 その礼御の言葉に真夕はまた視線を動かした。その線は礼御のすぐ横を通り抜け部屋の壁に到達している。つられて礼御もその線の先を追うと、そこには礼御が立ち寄ったアニメの原画展のチラシが貼ってあった。


「そう、このチラシの原画展です」

「ふーん。どうせなら私も誘ってくれたら良かったのに」


 真夕は微笑んでそう言った。真優はもともと関心があったようだ。


「私もその原画展には行ってきたよ。一人で行くのは少し恥ずかしいものだね」


 その真夕の発言に礼御はおや、と違和感を覚えた。原画展といってもそれは簡易的な美術館である。そこに入るのに羞恥を感じるということは、少なからず周りの視線を考えたということだろうか。


「真夕さん、アニメとかはオタクが見るものなんて考えじゃないですよね?」


 礼御はまさかとは思ったが、真夕にそう尋ねた。


 すると真夕はしばらく礼御から視線を外し、考え込んだ。言葉を選んでいるようだった。礼御は急かすことなく待つ。


「完全否定はしないよ。でも一般的にそういうものでしょ、アニメというのは。そう考えると、あの場所に堂々と入ることをためらっちゃうさ」


 真夕は礼御に視線を戻していた。そしてその表情はすこし困っていた。きっと礼御の考えをある程度わかっているからだろう。


 実際礼御は真夕のその言動に少し落胆していた。自分が感じた素晴らしい作品を、自分より美的感性が富んだ真夕に理解されないというのは、裏切られたようだった。


 真夕さんもアニメというだけで嫌悪してしまう人だったのか。


 礼御は予想外であった真夕の考えに、どう反応して良いかわからずにいた。すると真夕は補足するように礼御に話しかける。


「あの原画展自体はとても素晴らしいものだったよ。あのアニメは日本が誇るべき美術に違いない。


 でもね、礼御くん。一般人から見てアニメなんて大体がどれも同じだよ。それは食わず嫌いで良くないことだけど、それを責めるわけにもいかないよね。食わず嫌いだって、ものを嫌う立派な手段の一つさ。


 だからいくらあの原画展のアニメが素晴らしかったと言ったって、一般人から見たらあのアニメも深夜にやっている胸の大きな女の子が無駄にはだけるアニメと同じに見えるわけ。……私もさすがにああいった萌全開の美少女アニメを美術的に見ることはまだできないかな。


 裸婦画が美術的価値を持つのだから、いずれ美少女アニメが立派な価値を持つ日はくるだろうけど、今じゃないよ。


 だから礼御くん。あの原画展だけでアニメの価値を決め付けるのは、たぶん間違っているよ」


 礼御は沈黙のままである。そして頭はよく冷えていた。


 まったく、その通りである。アニメを理解できない者はどういった感性の持ち主だと自分は思っていたか、思い出すと情けなかった。


 まだまだ自分は美術に浅いと実感したエピソードであった。

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