*七
家中に響かすように彼の名を呼んでも、一向に返事がありません。
そこで私は「またか」と呟いて野外に出向きます。日は沈みかけており、もうすぐ逢魔が時です。子供が帰宅するには良い時間でしょう。
ここでもまた彼の名を呼ぶのですが、それでも返事はありません。年端も行かない、未だ善悪も分からない者が一人遊び――と言ってしまうと語弊はありますが――をするには、いささか時期尚早な気がします。いえ、それも彼の中にも流れ、また薄まることのない血が導く行動なのでしょうか。
私は近くの公園に赴きました。特に急ぐこともなく向かったそこは、人工物で溢れ返ったこの土地で、それでも緑が点在する彼のお気に入りの場所なのです。
遊具もあれば砂場もあり、数人でスポーツをするには十分な広さのグラウンドもありますが、そのどこにも彼の姿はありません。
そのとき声が聞こえます。毎日聞く、もう聞きなれたと言っても過言ではない声です。
その声は私の腰ほどの草木の茂みの中より聞こえます。またこの場所です。子供の身長では、そこは一種の隠れ家なのでしょう。草木の中にぽっかりと空いた更地です。
彼は一人でそんな茂みの中で遊んでいるのでした。
「見つけた。もう帰りましょ?」
私が彼にそのように声をかけますと、彼は私の顔を煽ぎ、笑顔になるのです。そこから草木をかきわけるように進み、私の胸に飛び込んできました。
「また一人で遊んでいたの?」
辺りには彼以外に人の気配はありません。私が彼にそのように尋ねると、彼はなんの不信感も抱いた様子もなく、ただ無邪気にその現状を否定しました。
本来なら、この歳の幼子を一人で遊びに外に出すことは、良きことと思えません。それは私も重々理解しておりましたが、それでも彼はいつの間にか、まさに神隠しの如く、私の監察下から逃れるのです。
「一人で外に出てはいけないと、いつも言っているでしょう?」
強い口調ではなく、優しく諭すように私は注意しますが、これで何度目でしょう。
私が注意すると、彼は先ほどまで遊んでいた茂みの奥を見つめ、こう言いました。
「みんな嫌だって言う」
私は無言になるしかありませんでした。ふと私も彼と同様の場所を見るのですが、そこには何モノの姿もありません。
「……帰りましょうか?」
話を逸らすように私は彼の手を取りました。それに対して、彼は喜んで小さな手で私の手を握ります。
そうして二人で帰路についたとき、彼は咄嗟に振り返って、虚空に向かって言います。
「またね」
返事はありません。ただふっと風が私たちを通り抜けました。
一見不気味に思えますが、何も奇怪なことはありません。いえ、そのような言葉で現状を言いきってしまうのは間違いなのですが、彼の行動に不思議を覚える必要はないのです。
彼の血がそうさせています。私には流れていない、彼の血。それが多くのモノを魅了してしまうのです。
彼の言う「みんな嫌だって言う」とは、つまり「みんな私を好ましくは思っていない」と言うことです。
「今日は誰と遊んだの?」
私が彼にそう尋ねると、彼は嬉しそうに今日あったことを私に話してくれました。
今思うと、私はもっと異形なモノを疑うべきなのでした。もっと彼に近づく存在に対して、懐疑的であるべきでした。
あまりにも彼の生まれながらの能力が、彼を守る存在をたきつけるものでしたから、私は不確実な信頼を己が目から逃れるそれらに抱いてしまっていたのです。
それは凡才である私の、一種の羨望から生まれた感情なのかもしれません。努力ではどうしようもないモノを持ち合わせていた彼に対する尊敬と言っても良いかもしれません。
そうして、後に彼の能力は惹きつけます。無謀という言葉もしらぬ彼に対し、ただただ利己的な念より近づく異形です。
彼の文字通り幼い心は、壊されるのです。




