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長い外出を終え、礼御は帰宅した。辺りはさすがに暗くなっているというのに、部屋の明かりは落とされ、ただ暗い部屋にチカチカと光が飛び散っている。その一つの光源はパソコンの画面であった。
玉藻は礼御が外出した時と同じ格好でゲームをしている。まさかあれからずっとしているわけではないよな、と礼御は玉藻のことが少し心配になり電気をつけながら帰宅の言葉を投げかけると、驚きの答えが帰ってきた。
「うわっ! ……あっ、礼御。……お帰り」
どれだけ集中していたのだろうか。礼御が声をかけるまで家主の帰宅に気がついていなかったらしい。玉藻は素早く窓まで移動し、カーテンを開けた。
「ぉお、夜になってた」
「おい、あれからずっとゲームをやってたのか?」
「…………」
礼御の質問に玉藻は沈黙で返した。
「お前な。いくら人を脅すように取引させるほどゲームがしたかったって言っても、これはひどすぎだろ」
すると玉藻は「まだそんな人聞きの悪いことを言ってるのか」と不貞腐れたあと、つらつらと言い訳がましい言葉を並べ始めた。人ではないがな、と礼御は内心ツッコミを入れて彼女の言い分を聞く。
どうやら現在イベント中なのだそうだ。だからやるなら今しかないと、玉藻は熱く語るものの、ネットゲームをしない礼御にとってその熱さは一層言い訳にしか聞こえない。いくらイベントだからといっても際限なく行うのはダメだろ、と礼御は思う。第一ネットゲームだってただでやっているわけではない。家主にはその分の電気代を負担するという義務が発生しているのだから。
その代償として、普段可愛らしい少女の格好をしているのだから、給仕くらいは押し付けてもバチは当たらないのではないか。
そんなことを考えた礼御だったが、熱弁する玉藻の視線はチラチラとよそ見ばかりをしている。その先にあるのはもちろんパソコンのディスプレイだ。よほど大事なイベントなのだろうか。なんだか自分が悪いみたいに思ってしまう礼御はお人好しでしかなかった。
……用心棒の代価が電気代だと思えば安いものか。礼御はなんだかんだ言って、玉藻にゲームに戻るよう無言で合図を送ると、玉藻は大層喜んでもはや定位置と化したその場所に座った。
「礼御。大好きだぞ!」
こんなやりとりの最後で、異性らしきものから愛の告白を受けてしまうとは思いもしなかった。礼御は「ハイハイ」と適当にそれを流し、荷物を置いてベッドに腰掛ける。
しばらく礼御は玉藻の様子を伺っていた。実に楽しそうである。
そろそろ晩飯の用意でもするかな、と礼御が思っていると、玉藻はゲームから目を離さないままとんでもない事実を暴露するのである。
「そういや、取引がどうのって言ってたけど――」
礼御は玉藻の言葉を遮って言う。
「あぁ。俺の命を守る代わりに俺が玉藻に何するかってやつだよ。それってネットゲームだったんだろ?」
するとどうだろう。玉藻は「まさか」と一笑し、礼御の考えを否定する。なおも玉藻はゲームをしているままである。
「そんなくだらない目的で人と契約したりしないさ」
くだらないとは思えないぞ。礼御は当然呆れた。
「あたしのね、尻尾を探してもらいたいんだ」
「は? ……どういうことだ?」
意味不明なフレーズであった。そんな礼御の疑問に玉藻は答える。
「あたしが三尾の妖狐だってのは覚えてるだろ」
そういやそんな設定もあったな、と礼御は内心ふざけて玉藻の話を聞く。
「礼御は知らないだろうけど、妖狐というモノは尾の数が多い方が上位妖怪なんだ。あたしも随分上層下層を行ったり来たりしているのだけどね、そろそろ尾を増やしたい。それを礼御に協力して欲しいんだ」
礼御には玉藻が自分にどう協力して欲しいのかよくわからなかった。だいたい聞いている限り大事な話なのだろうけれど、当人がゲームをしつつ話しているためか、いまいちその重要さが礼御には伝わってこない。
「よくわからないんだが。上位の妖怪になるのって、それはお前自身の成長だろ? それを俺なんかが手伝えるのかよ」
「まぁ、大抵は時間を経て上位に、さらには神格化していくものだよ」
では手伝いようがないではないか。
「でもそんなの面倒だろ?」
「いや、それも俺にはよくわからないよ」
玉藻は「要領を得ないやつだな」と呆れて言った。要領を得ないのはお前が適当に話すからだろ、と礼御も呆れて思った。
「つまり世の中にはちまちま経験値を稼がなくても、どかんと一発大量の経験値を稼ぐ方法があるってわけ。それで一気にレベルアップを狙えるわけ!」
「―――あぁ、なるほどね。なんとなくわかった気がするよ」
どのゲームにだって経験値を稼ぐチャンスはいくらかあることは、ゲームに疎い礼御だって知っていた。倒すと異様に経験値をもらえる敵や、経験値二倍キャンペーンなどがそれに相当するのだろう。まさか現実世界でもそんな攻略の常套手段といった方法が存在するとは思わなかった。
そのことを玉藻に伝えると概ね合っているらしいが、表現としては少し語弊があるらしい。
「どっちかというと、チートだな」
「はぁ?」
聞き間違いだとよかった。
「だからチートだって。普通の妖怪じゃそうもいかない。つまり時間をかけるしかないのさ、成長するにはね。だから人間なんて短命な生物が、生きているうちに妖怪の成長を目の当たりにできるなんて、実は貴重なんだぞ」
玉藻は誇らしげだが、礼御はなんだか納得いかなかった。
「おい、それって正攻法じゃないだろ。邪道だろ」
そう礼御が言うと玉藻は腰と尻の間あたりから綺麗な金色の尾を生やし、それで礼御をぶった。
「痛っ!」
「邪道だなんて失礼なやつだな。それが出来ること自体がすごいんだぞ。妖怪、魔物、精霊と呼び方なんてどうでもいいが、数多いる生物の中でこのチートを使えるのは陸海空様々に生きる場はあれど、数えるほどしかいないんだぜ!」
玉藻はきっと自慢げな表情をしているに違いない。先ほど礼御をぶった尻尾が揺らめいている。
チートと自ら明言したものの、それが出来ること自体がスキルみたいなものだから、なにもやましいことを感じず堂々と使用するのが普通のようだ。
「チートできるのにしないって、それって手を抜いているだろ? そんなことをしちゃあ、他の妖怪に顔向けできないよ。あたしはもっと別のモノ達のあこがれにならないといけないのさ」
ネットゲーム中毒者が憧れの的だなんて、いよいよ狂っている。それにチートをするのにためらいがないというのは、万人受けする方法ではないだろうに、と礼御はなんだか悲しくなった。なんにせよ、おそらくチートという言い方が悪いのだろう。せいぜい特殊スキルとでもいっておけば多少はすんなりと尊敬できるものである。
しかしそれをやめろと言っても仕様がない。約束は約束だ。玉藻が困っているならそれを助けると言ったかぎり、自分はこの妖怪の助けるに違いない、と礼御は自身の性格を受け入れた。




