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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
2 猫又、美を語る
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-16

 とうとう空子がテーブルにおでこをぶつけてしまったのである。「うっ」という声と共に、空子がガバっと身体を起こした。


「……葵。そろそろ帰る」


 いい加減睡魔の到来を抑え切らなくなったのだろう。空子は葵にそのように訴えた。そしてそれは礼御の帰宅を告げるものでもあった。


「大学生といっても夜遊びのしすぎはよくないだろう?」


 葵は空子を立たせると、その小さな頭に右手を乗せ、左手で礼御に出て行くよう合図した。


 礼御はそれに抵抗しなかった。虚ろな少女を可愛く思い、自分も彼女の頭を撫でてやろうと手を伸ばすと、反射的に振り払われる。少女は礼御に一瞥することなく店の出入り口に向かった。


 本当に毛嫌いされているな、なんて礼御が考えて溜息を漏らすのと同時に、「嫌われているね」と葵がぼそりと可笑しそうに呟くのであった。


 葵に連れていかれるように空子が歩き、礼御はその二人の後を追う。


 そういえば玉藻のことを話していなかった。


 礼御は不意に身勝手な妖怪について思い出した。しかしこれから玉藻の話を始めては、随分と夜が更けることだろう。また、妖怪一匹と知り合って、遊んだだけでも魔術師からは叱責されたのである。同居なんて、それも押しかけられての同居なんて、どんな苦言や小言で責め立てられるか想像するに難しくない。


 害も少ないことだし――決して無害ではない――今のところ黙っておいても問題ないだろうと礼御は考えた。玉藻に悪意や害心は到底見受けられない。それが隠されたものであるかもしれないことは否定できないが、そういった深い考察をして馬鹿をみるのももったいない。


 それに玉藻は礼御を守ると言った。少なからずその言葉を信じることは許されるはずだ。


 そのような礼御の考え、それを元にした一つの秘密は間違いではないだろう。なぜなら新たな世界の見方をできるようになった礼御にとって妖怪も魔術師も似たようなモノに他ならないからである。いや、魔術師の方が人である分余計に疑わしいのかもしれない。


 そのうち話せればいいか。礼御は曖昧に自身の感情を誤魔化して古本屋を出た。


 魔術師と出会った初日もそうであったが、こんな遅い時間だというのに葵は空子を送るつもりがないらしい。店の入口付近の壁にもたれると、青年と少女に手を振った。


 礼御は流石に空子を放って帰るのも忍びないと思い、「帰ろうか」と少女に声をかけた。しかしそんな親切は無用だと言わんばかりに、拒否を無言で表現し、拒絶を飛空で体現した。まさに空を駆けると言った風である。ふわりと地から足を浮かした空子はそのまま一人で黒色の空に飛んでいってしまった。


「それじゃあ、おやすみ」


 本当に魔術師の弟子なのだ、と礼御が唖然と天に視線を向ける中、後ろからそのような声が彼の耳に入る。礼御がそちらを見ると、店の入口が閉められる音が聞こえ、葵は店内に戻って行っていた。歴史的な風情のあるガラス越しに、彼女が後ろ手で礼御に手を振り、店の奥へと消えていく。


 そうして夜の林に一人取り残された礼御である。ふぅっと息を吐き、のろのろとした足取りで坂道を下った。

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