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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
2 猫又、美を語る
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-14

「それと真夕さんが霊のようなものが見えるのって何が関係しているんです?」


 話の到着点はそこであった。礼御が面白がってしまったせいで、話が逸れてしまっていた。葵も無駄に長話をする気はないようだ。すぐに逸れた内容を修正する。


「真夕という者が『霊』と表現するモノは恐らく、描いた作者の残留思念や、その絵画に見入った者の離脱した心情のようなものだろうな」

「残留思念、離脱した心情……ですか」


 いまいちピンと来ていない礼御の呟きに、葵は「そうだ」と念を押し、話を続ける。


「絵画に限らず、美術品の製作者は、少なからず『評価されたい』という意思を持ち作り上げているはずだ。ゆえに優秀な作者の思念が魔的に残留する。『評価されたい』、もっと簡単に言うと『多くの者に見られたい』『多くの者を惹きつけたい』という想いが、ボヤけた人型として作品に取り巻き、半永久的に作品に付与されていく価値を見守るのだろうな」


 葵は「まぁ、何が思念を残させるかなんて、人それぞれだろうがね」と自らの美術に対する無知をアピールした。


 つまり、評価なんて一時、一時代のみで与えられるものではないのだ。時代が変わり、人の趣向が変われば、作品の価値も変わる。優秀な作者という者はそれを意識的、もしくは無意識的に理解しているのだろう。だからこそ思念が残る。自身が没した後、それでも残る自身の作品の価値を知りたいと願うためだ。一つの作品を見守る影として、思念が残留する。


「そして魅力的な作品というものは、観覧者の心を掴んで離さないというのが、心情の離脱とでも言おうかな」

「心を奪われた作品っていうことですかね。本当に作品に心を奪われ、半永久的に作品を観覧する影として作品に取り付く、っていう感じですか」


 葵は礼御が到達した推論に笑を持って十分な肯定とした。


「その通りだね。つまりはそういう人の心が作品に囚われているんだ。もちろんそれは、良い意味でも悪い意味でもありえる」


 例えば人を呪い殺したいという念を込めて描かれてしまった作品が同様のことを成すと、それは一般的に悪い意味となるということである。


 そのとき礼御は思った。それじゃあ、真夕さんは美術部の部室内でもそう言った影――真夕的に言う霊――を見ているのだろうか。長年使われている部室には、おそらく昔の部員が描いたのであろう古い絵画も飾ってあるし、保管もされてあった。そのすべてに人影が取り付いているなんて考えられないが、そのすべてに人影が取り付いていないとも考えにくいように思える。


 礼御は普段真夕が見ている景色というものが気になり、思ったことを葵に伝えると、葵は「それはないだろうね」とあっさりと否定した。


「君の言う真夕という人物が持つ、魔術師的な才能の度合いは知らないが、場所を問わず作品に囚われた意思を見出すなんてことは玄人の魔術師でも容易でないことだ。才能があれば誰でもできることではない」

「才能に加えて、努力や経験がいるということですか?」

「そうだ。二十歳そこいらで、無意識にそれを会得したなんてファンタジーだ。もちろん魔術師的な訓練を受けているなら、別だがね」


 葵の最後の言葉は真夕には当てはまらないだろうと礼御は考えた。いくらまとっている雰囲気が魔的だと言っても、葵ほどではない。だとしたら、何が真夕にそうさせているのだろうと礼御は悩んでいると、葵は惜しい様子もなくヒントを口にする。


「だから、『場所を問わず』と言っただろ」


 その一言で礼御は思い至った。つまり―――。


「場所を問えば見えるということですか?」

「そうさ」


 葵は一呼吸おいて話を続ける。さきほどから言葉を発していない空子はコクリコクリと頭を揺らしていた。もうそろそろテーブルに突っ伏してしまうのではないかと思える程である。


「おそらくは美術館という場の力によるのだろうね」

「美術館? いわゆるホットスポットではないのですか?」


 女魔術師に出会った夜言われた言葉を礼御は思い出していた。その礼御の思考に魔術師は「いや、その通りだ」とつまらなそうな声で答える。


「美術館なんてね、それ自体が異常なんだよ。異空間と表現してもいい。そこは価値あるものを内蔵し濃縮された空間だ」


 礼御は黙って魔術師の話を聞く。


「美術館という建物はね、単位堆積あたりに内蔵される価値が、平均的な値より異様に高いんだ。ゆえに異常な場。異様な力が働きやすい場なんだ。……言っている意味がわかるかい?」


 礼御は「えぇ」と小声で返事をして、まとめる。簡単に言うと次のような感じだろうか。まったく同じ広さを持つアパートの部屋を考える。一方は普通の生活をする部屋であるのに対し、もう一方は歴史的価値のあるものばかりを保管した部屋である。一般的に見て価値ある部屋――つまり価値ある空間――はどちらだろう。おそらく後者だ。


 そして異様に価値の高まった空間は、それ自体が魔術的な力を得る。つまりはホットスポットである。真夕は美術館という一種のホットスポットという場の力を借りて、霊を見ているということに違いない。


「それじゃあ、真夕さんは美術館に行けば、彼女の言うところの霊を見ているってことですかね?」

「まあ、そうだろうね。多少の力を持っているのなら、場の力を借りて作品に囚われた人影を見ることも可能だろう」


 それを魔術師の口から聞けたことで、礼御は再度真夕という人物が尊敬に値する先輩だということを思い知らされ、嬉しくなった。


「美術館は常に価値あるものを凝縮した空間だが、その中の作品なんて入れ替わったりするだろう? 特別展とかでさ」

「? そうですね」


 礼御は葵が付け足すように話し始めた内容がどこに向かうのかよく分からずに頷いた。


「だからその場の力というモノも、変動する。だから君ももしかしたら、見えるかもしれないよ。場の力に感化されて、ね」


 魔術師が不敵に笑って言った。それに対し礼御はなるほど、と納得する。これはまた美術館に行く楽しみが増えるな。

にやける礼御に魔術師は「あまり好き勝手行動しすぎるなよ」と再度釘を指した。しかし煽るように付け加えた魔術師の言葉を期待を高めるなというのは酷な話である。

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