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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
2 猫又、美を語る
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-9

 その後まもなくして礼御とミネリはイラスト展から追い出された。


 こういった場は閉館が早い。だいたい五時には終了である。


 礼御は満足感こそあったものの、すべての作品を満足に鑑賞することはできなかった。それは非常に悔やまれることであったが仕方がない。


 逆にミネリは満足そのもののような様子であった。閉館時間を計算してなのかどうかは怪しいが、確かにミネリは一通り自分のペースで回っていた。そしてそんなミネリを羨ましそうに礼御が見ていると、ミネリが口を開く。すでに人気を気にしていないのか、二本の尻尾と猫耳が生えていた。


「今日はありがとな」


 礼御は一瞬呆気に取られたが、微笑むのを隠して言う。


「どういたしまして。俺にとっても良い時間を過ごせたし、たまには変な猫耳ボクっ娘に絡まれるものいいかもしれないさ」


 それを聞いたミネリはわざとらしく不貞腐れた表情をしたあと、そんな上っ面は破裂したかのように笑うのだった。


「ところでさ」

「ん?」


 ミネリは急に話題を変えた。


「えっと、その・・・。やっぱり、語尾に『にゃ』とかつけた方が・・・いいと思うか?」


 ああ、この猫妖怪はこういうやつなのだ、と礼御は理解した。優しくされれば少なからず信用せずにはいられない。そんな愚直さが、礼御には素直に懐かしく思えた。


「いや、今のままでいいと思うよ。話していて、常に『にゃ』なんて付けられたら、そのうちイライラしちゃいそうだ」


 礼御はそれでも「たまになら、そういう嗜好も悪くはないけどね」と付け加えた。それが本心かはさておき、礼御のその言葉が偽りでないことは、しっかりとミネリに伝わったようだ。軽い笑顔で同意するミネリはどこか安心した面持ちだった。


「お前、このあとは何かあるのか?」


 ミネリはそう礼御に尋ねた。この季節だとまだ夕暮れにも早い時間である。


「なんだ。まだ俺と遊びたいのか?」


 他意はなく、そう礼御がミネリに言うと、ミネリは猫耳をぴくりとさせて少し頬を赤らめる。


「そういうわけじゃないんだぞ。ただ人と話すのは嫌いじゃないからな」


 それは礼御もなんとなく共感できた。人と話すということではなく、妖怪とか魔術師と話すという意味でだ。かの者たちはいままでの礼御の常識を打ち壊してくれる。もちろんいい意味でのことだ。


 今まで礼御が何気なく会話してきた者たち――いわゆる一般人は、いくら達観している者であっても現実味を帯びていすぎていた。もちろんそれは悪いことでない。しかし新鮮味に欠けるというか、結局は平凡というか、つまりは自分の構築材料として取り入れたとき、さほど効果は得られなかった。それはまったくもって当然なわけで、それが本来の人の成長のあり方なのだろう。だからこそ本来ならば受けられないような刺激物を彼らは内蔵している、そんなことを礼御は彼らと話していて感じずにはいられないのだった。


 内心でふつふつと湧く喜びをどうにか隠そうとしている礼御とチラチラと礼御の様子を伺っているミネリは挙動不審に見えたことだろう。


「俺も楽しいよ。妖怪なんて変なやつばかりなのかな。新鮮でしかたない」


 そんな礼御の言葉にミネリはこう返す。


「へえ。妖怪に知り合いがいるのか?」

「まあな。狐の妖怪なんだけど、なんというか・・・そいつも変なやつでさ」


 礼御は無意識に笑いながらそう答えた。それにミネリは、「妖狐か」と呟いた。その時ばかりはミネリの表情が固くなっていたことに礼御は気づいていない。


 なおも妖狐―――玉藻の話を続けようとする礼御に、ミネリは静止をかけ言う。


「それで、このあとは暇なのか?」


 このあと暇かという問に対し、礼御は忙しくはないという答えが適切であると理解していた。しかし今日は厄介な同居人を無視して外出してきている。このまま家に帰ればまたあの妖狐を見張りたいという思いに苛まれるだろう。そのため帰宅時間を延ばし、ミネリに付き合っても良い。それも魅力的であった。が、礼御はそんな魅惑な誘いを断ってでも行きべき場所があることもわかっていた。


 自らの身を守るためにすべき行動。それは今の彼にどうしようもなく必要な行動である。


 礼御はあの風使いと名乗った魔術師を訪問すべきであった。


「……これから行かなきゃならない所があるんだ。悪いんだけど暇じゃないかも」


 そう礼御が答えると、残念な表情をしつつミネリはそれ以上の申し出をしなかった。


「名前はなんて言ったっけ?」


 ミネリはその代わりと行った様子で言った。


「礼御だよ」


 礼御がなにも考えず答えると、ミネリは「礼御ねぇ」と嬉しそうな声で、しかしその表情は人形じみているような、淡白であった。


「苗字はなんていうんだ?」


 礼御はとくに不思議に思うことなく、ミネリのその質問に答える。


「徳間だよ」

「ほぅほぅ」


 ミネリはそう目をつむって頷いた。その後少ししてミネリは立ち止まった。名前がどうかしたのかと不思議に思い、礼御も立ち止まると、ミネリは元気よく名前を呼んだ。


「それでは徳間 礼御」


 それに礼御は驚いて、「おぅ」と小さな声で返事をする。


「またここらへんに来た時は探してくれ。しばらくは遠くにいかないから」


 ミネリは笑っていた。それを聞き礼御も嬉しくなった。この猫妖怪とはまた話してみたいものだと感じていたからだ。礼御は了解を告げたあとミネリに尋ねる。


「しばらく経てばどこか行くのか?」


 ミネリは一瞬困った顔したが、すぐに取り繕って礼御の質問に答える。


「居心地が悪くなったり、飽きたりしたらな。昔は主人の元で同じ場所にいたけど、今じゃ浮浪妖怪さ」


 ミネリは礼御を見ず、どこか遠くを見ている。それが元いた場所を懐かしく思っているのか、それともこれから訪れる場所を思い描いているのか、礼御にはよくわからなかった。ミネリは礼御の方を向く。その表情は礼御がミネリと出会い抱いたイメージ通り、まるで猫をかぶっているのではないかと思えるくらい、楽しげで溌剌としていた。


「だから僕を楽しませに来いよー」


 そう言ってミネリは一旦の別れの締めくくりとした。礼御もそれに応じるように別れの挨拶をして自転車にまたがると、木々で覆われた隠れ家に住む魔術師の元へ出発する。

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