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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
2 猫又、美を語る
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-7

 おおよそ当然とは言え、気を失ったモノを放置して帰る気になれなかった礼御は、ミネリが起きるのを待つといわゆる罪悪感に縛られた結果、自転車を押しながらミネリと並んで歩いていた。目的地は先ほどの自販機からさほど離れていないビルである。


「なにも殴ることないのに」


 ミネリは涙目で、しかも上目遣いで礼御を見つつそう呟く。その容姿も相まって、礼御はそんなミネリにドキリとしたが、どうせこいつは猫をかぶっているのだと自分に言い聞かせる。


「殴られて当然だろ。一発殴っただけで見捨てず付いてきてやってんだから、むしろ感謝してほしいくらいだ」

「へーい。ありがたく感謝しまーす」


 良く言って言葉とは裏腹に、普通に言うと当然のように、ミネリは変顔であった。もう一発殴りたいのを我慢して、礼御はミネリの頭を押すように小突いた。ミネリは「うにゃ」と小さく声を漏らす。


「だいたい、そんなに強く殴ってないだろ。なんで気絶するんだよ」

「いや、痛かったね。脳が融解するかと思ったほどだったね」

「・・・なんだよ、その表現」


 二人が向かっているビルでは現在、数ヶ月前に人気を博したアニメの原画展が行われている。礼御の隣を歩く猫妖怪はその原画展に行きたいのだそうだ。


「普段なら適当に忍び込むんだけどな」


 この猫妖怪は各地で開かれているアニメの原画展やイラスト展を無賃で徘徊しているらしい。


「今回は受付がたまたま見える人間で入れなかったのだ。入場料千円! 高すぎだ!」


 ミネリは憤慨して歩いているが、向こうも商売なのだ。しかもアニメやイラスト展なんてまだまだ発展途上でコアな人しか訪れない。そのため多少高い入館料は致し方ない。


 礼御自身アニメの原画展とはどういったものなのか気になるところではあったし、また今日ではアニメも日本美術の一角といっても差し障りがないほどのクオリティであることを知っていた。そのため自分勝手な猫妖怪のわがままに付き合ったとして一緒に訪れることにした。


 つまりは興味があったが恥ずかしくて踏み出せなかった場所に、猫妖怪のわがままに付き添うかたちで侵入しようと思っただけのことである。


「それでお金集めのために自販機の下を探し回ってたのか」


 礼御が呆れていると、ミネリは誇らしげにポケットから小銭を掴み出し、礼御に披露する。百円玉二枚、十円玉三枚がその手にあった。


「こんなに落ちているものなのか」


 礼御は純粋に感心した。本当に食い扶持に困ったら、こうして生き抜こうとも思った。そんな礼御の様子を見て、ますますミネリは楽しそうである。


 なんというか――。強引だけど、根は素直で面白い奴らなのかもな。


 礼御はそんなことを感じつつ、折角だからと猫妖怪であるミネリはどんな妖怪なのかを尋ねることにした。


「猫又っていったらどんな妖怪なんだ?」


 その質問にミネリは不思議そうな顔をして答える。


「猫又って言ったら有名だろ? あんま知んない?」


 その返しに礼御は少し困った。自分があまりこちらの世界を知らないと白状したものなのかもしれない。そしてそれはあまり賢い行いではないように感じずにいられないでいた。


 それで礼御が黙っていると、ミネリは気を使うように話を続ける。


「今では少なくなったし、魔術師が猫又を気にしたりしねえか」


 いくらかミネリは礼御のことを勘違いしてくれたようだった。礼御が猫又について知らないのは単純に今まで興味がなかったからだとでも思っているのだろう。ミネリは「有名だったのは昔の話になったかぁ」と残念そうに呟いていた。


「わりと大妖怪だったりするのか?」

「まあね、特に僕は。猫妖怪の最高峰なんて言われて、退魔師の護衛なんてしたもんだ」


 礼御にその真価を理解することはできなかったが、とりあえず凄かったということが伺える。そして新たな単語がでてきた。退魔師とは、魔術師とはまた別の存在なのだろうか。礼御がそのことを尋ねると、ミネリは退屈そうに答える。


「変わんないさ。魔術師が魔を退けたら退魔師を名乗ってもいいんじゃね?」


 そんな適当なものなのか、と礼御が疑問に思っている中、ミネリは続ける。


「呼び方を気にするなんて変な奴だな。僕たちは本来もっとボヤけたモノじゃないか」


 礼御の家に転がり込んできた狐の妖怪も同じようなニュアンスを口に出していたことを思い出す。


 そうこうしている間に目的地の前までたどり着いた。隣の猫妖怪は非常に興奮しているようである。二本の尾が波打つように揺れている。


「尻尾と耳を隠しなよ。受付はお前のこと見えるのだろ?」


 ミネリは目を丸くしてそのことを思い出したようである。「今度は堂々と侵入だ」と言いつつ、尻尾と耳を引っ込めた。こうして見るとただの少女でしかないのだから不思議なものだと思い、礼御は出会ってからなんとなく感じていた違和感をミネリに告げた。


「お前さ、猫の妖怪なんだったら、語尾に『にゃ』とかつけて話せばいいのに」


 礼御にはその方がキャラがはっきりしていいような気がしていたのだ。アニメなんかで出てくる猫にまつわるキャラなんてほぼ十割そんな感じの設定ではなかっただろうか。


 しかしそれを聞いたミネリはガクリと項垂れ、獣妖怪らしい良く尖った八重歯を光らせ言うのだった。


「……いるよな、そういう人間。前に一緒にいた奴も語尾に『にゃ』とつけろだとか、『な』はすべて『にゃ』にしろとか言ってきたっけ。キモオタ過ぎてついていけなかったぜ? ああいうのはなんで、僕みたいな猫妖怪と知り合ったら、猫耳メイド服や猫耳セーラー服とか猫耳スク水とかいってコスプレさせて愛でた挙句、『人間じゃないから問題ない!』とか言って、幼女に化けさせて一緒に風呂入ろうとしてみたり、性交渉したりするんだよ! ロリババアなら児ポルに引っかからないとでも思ってんのかね。そりゃ僕はもう普通の人間の三倍近くは生きてるけどさ、大の大人が幼女まがいにあんな視線を送ってりゃ、それはもう犯罪の匂いしかしねーのな!」


 まさに雄弁。よほど前につるんでいた者が特殊な性癖だったのだろう。ミネリはきっ、と礼御を睨んだあと、息を整え、疲れた様子で礼御に同意を求める。


「それでいてサディストなんて、変態の極みだと思うだろ?」


 しばしの沈黙。礼御はご乱心のミネリに何も言うことはなかった。というよりも、何も言えなかった。


「それで――」

「!」


 ジト目で猫妖怪は礼御に尋ねる。予想以上にミネリの声は力が入っていた。


「お前は変態か?」


 その脅迫的な質問に礼御は冗談じみて言う。せめて小笑いの一つでもとれたらと思ったのだ。


「……ど、どちらかというと、マゾヒストかな」

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