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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
2 猫又、美を語る
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-3

 陽は高く登り始めている。礼御は自転車に乗っていた。


 今日は礼御の所属している部活の先輩である真夕と共に美術館にいく約束をしている。


 大学から自転車で約十五分、礼御は目的地に到着した。駐輪場に自転車を停めて、入口へ向かうと、すでに真夕の姿があった。礼御は慌てて真夕のもとへ向かう。


「こんにちは。真夕さん。待ちましたか?」


 約束の時刻にはまだ時間があった。しかし水色のワンピースを着た真夕の表情はもうずっとそこで待っていた、そんな雰囲気をかもし出している。礼御と一つしか歳が違わないのに、ずっと大人びているような、またどこか達観しているような人である。


「いいや、数分さ。こんにちは、礼御くん」

「それならよかったです」


 それから二人は一緒に美術館に入った。クーラーがほどよく効いていて居心地がよい。また美術館独特の静けさと、美の香りとでも言うべきだろうか、空気には一切の汚らわしさは漂っておらず、その二つは相乗して礼御に豊潤な緊張感を与える。


 受付で学生料金のチケットを二枚頼むと、財布から金銭を取り出そうとする礼御に、真夕は静止をかけ二人分の料金を支払った。


「割り勘にしましょうよ」


 礼御の提案に真夕は首を振る。


「誘ったのは私だし、一応君の先輩だしね。黙って奢られなさい。可愛い後輩の前でたまには良い格好しないとね」


 礼御はそれ以上真夕に求めることなく、素直に礼を述べ、奢ってもらうことにした。しかし礼御にとって真夕はすでに格好の良い先輩に違いない。特に絵を描いている姿なんて、それをモチーフにすべきだと感じるほどであった。


 その後二人で展示室の入口まで来ると真夕は礼御に言う。


「ではまた出口近くでね」

「はい」


 礼御は真夕の言葉に了解した。


「どちらかがずっと鑑賞して相手を待たすのも申し訳ない。今から遅くと一時間後には展示室を出るということでいいかな?」


 またも真夕は礼御に案を提示した。礼御はそれに異を唱えることもなく従う。


「ちゃんとどの絵が一番好きだったか、考えておいてね」


 そういうと真夕は礼御を待つことなく展示室に入っていった。それを見て礼御はわずかに残念に思いながらも、真夕のあとを追うことなく展示室に入った。


 二人で美術館に行くといっても、複数で美術館に足を運ぶ場合、専ら重要なのは鑑賞後であると礼御は真夕から教わっていた。


 展示室にはいくつもの作品があり、人によってどの絵を長く見たいかはもちろん異なる。そのため美術館を複数人で回ると、誰かのペースに合わせることになり、真夕いわく、結果あまり楽しめないのだという。そのため二人で美術館に来ても、二人で作品を見て回ることはしなかった。


 ではなぜ真夕は礼御を美術館に行こうと誘ったかというと、鑑賞後に二人で先ほど見た作品の感想を話し合うためである。その話のネタの一つとして、真夕は礼御に課題を与える。それが、どの作品が最も自分好みだったかというものだ。そしてその絵に対して、どんなところが好きだったのか、どんなことを感じたのか、自分ならその絵をどう自分の作品に影響させるかなどを聞かれる。はじめ礼御はまるで美術の授業のようだ、とこの真夕の楽しみ方についていけない部分があったのだが、数をこなすことで自分の美的感覚が研ぎ澄まされるようで、不思議と楽しめるようになっていたのである。


 そのことを礼御が真夕に告げると、真夕はずいぶん満足そうに、「まるで自分が一流の画家のように思えるだろう」と言ったのを礼御はよく覚えている。そしてこの自己満足は美術を楽しむ上では不可欠なものなのだろうと礼御は考えるようになっていた。


 順々に作品を見ていく中で、いつの間にか礼御は先に入った真夕を追い越していた。真夕は本当にじっくりと作品を鑑賞する人だった。それに対して礼御は好きな絵は格段にじっくり観るものの、興味が持てなかったらすぐに次の作品にいく。鑑賞に制限時間を設けたのは礼御が外で待ちぼうけをくらわないための措置であると言っても良いだろう。


 礼御はふと一つの作品の前で足を止めた。


 その絵はどこか不自然さを含んでいた。描かれているものは抽象画だろうか、一匹の巨大な蛇と一人の女性が描かれている。蛇はまるで大木のように、まっすぐ天に向かって伸びており、柔らかな表情で女性を見ていた。いや、見ているという表現は不適切ではないだろう。その人ではない眼は女性を見透かしている、そう表現した方よい。一方、女性は嬉々とした、それでいてどこか邪悪さを混ぜ込んだ、そんな表情で大蛇を見上げている。そんな人と蛇をぼやけた木々が取り囲んでいる絵であった。


 抽象画なんてそのどれもが少なからず不可解さを含んだ作品である。しかし礼御がその絵を見て感じたそれは、理解の齟齬から生まれるものではなかった。


 その作品をきちんとした言語で説明することはできない。しかしその作品の意味は礼御の頭の深い部分で理解できているような気がしていた。


 今日の一枚はこれかもしれないな。そんなことを思いつつ、礼御は他の作品の鑑賞に移った。

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