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画面には大層おしゃれした女性キャラが不似合いな大剣を振り回している。そのキャラは海の上に立ち、海面から現れた大男と対面していた。大男はヌメヌメとした青黒い皮膚でおおわれており、その頭上に『海坊主』と表記されている。どうやらこのゲームは妖怪を倒すことを目的としているらしい。妖怪が人間に化けて妖怪を倒すゲームをしているというのは、なんだか不思議な光景であった。
そんな玉藻の様子を見ていると、先程まで聞きたかった内容とは別に、聞いてみたいことが礼御の中で浮上する。
「そんな妖怪って本当にいるのか?」
礼御が玉藻に尋ねた妖怪とは海坊主のことである。玉藻は気だるそうに女性キャラを操作している。その様子からこの敵として現れた妖怪は見た目に反して雑魚のようだ。
「海坊主 ?いるよ。こんな変な体じゃないけど」
「へぇ」
海坊主なんて有名な妖怪である。礼御が今まで妖怪という存在をどういうものと捉えていたかというと、それは昔の不可解な自然現象や病気、人間の悪意や言い訳だと考えていた。
「あれは大概悪戯好きだったりする。よく海を荒らして楽しんでいたり」
「なんだか想像通りだ」
すると玉藻は振り返って言う。画面では最後の一撃とばかりに、派手な演出で繰り出された技が海坊主にヒットしていた。
「害を成して当然、みたいに言ってやるな。実際は海の守護者の眷属だったりするんだぞ」
海の守護者の眷属。礼御にその言葉が意味する真の価値はわからないが、つまりはある程度強力な力を持った妖怪、海に住まうモノを守る存在ということなのだろう。
「海の守護者ってどんなやつなんだ?」
画面では海坊主が倒されていた。玉藻は小さく舌打ちをする。どうやら欲しかったアイテムを落とさなかったらしい。
「長寿の亀や蛇、鯨とかなんじゃない?」
どうやら詳しくは知らないらしい。そこで唐突に礼御は疑問を覚える。
「海に守護者がいるってことは陸とか空とかにもいるのか?」
玉藻は面倒くさそうに答える。画面では再度先ほどのダンジョンだろうか、海坊主を倒した海に向かって女性キャラが走っていた。
「そりゃいるさ。どんな土地だって市長とか県長とかいるんでしょ、この国は。それと同じ」
「そんなものなのか」
今の玉藻の言い方からすると、守護者と市長が同レベルに感じられた。いや実際同じようなものなのかもしれないな、と礼御が考えていると、玉藻が口を開く。
「ところで、こんなことが聞きたかったわけではないんでしょ。何?」
そうだった、と礼御は本題に戻る。新たに踏み出した世界。礼御は設定そのものがよくわからないでいた。数時間、雨無 葵と名乗った魔術師と話した程度ではそれは拭いきれない。
礼御は、本当は次の日にでも魔術師を訪ねたかったのだが、この画面から離れようとしない妖怪を自宅に放置したまま家を出るのはどうしても躊躇ってしまうのであった。
そしてようやく自分の疑問をぶつけられるときがきた。本来なら玉藻を画面から離してでも尋ねるべきだったのかもしれない。しかし可愛い女の子が笑顔で過ごすのを止めるというのはあまりにも甲斐性なしに思えてしまうのだから、礼御はお人好しである。
わからないことだらけの現状で何から尋ねるべきなのかは不明だが、まず気になっていたことをとりあえずこの異世界の住人に尋ねることにした礼御である。
「俺が妖怪とか魔術とかと対面したのってさ、今回がはじめてなんだよ。でも今二十歳だし、この二十年の間、奇跡的にそういった類のものに出くわさなかったというのは、なんか都合がいいよな」
礼御が一呼吸間を取った。そして続けようと、特に意識もせず小さく息を吸ったところで、玉藻が口を出す。
「つまり急に見えるようになることがあるのかってこと?」
その通りであった。そもそもそういった力のないものが、つまり後天的に魔術を使えるようになったり、妖怪を見えることができるようになったりするものなのかということだ。
今まで二十年に渡り礼御に異質な世界と触れる機会はなかった。それなのに現状である。自分がレギュラー的存在なのか、イレギュラー的存在なのかで今後の動き方に変化を与えることだろう。
「まぁ、そういうことかな」
礼御は玉藻の先読みを肯定した。すると玉藻はくだらないといった様子で言葉を続ける。
「そんな奴、いくらでもいるさ。お前は特別な存在だなんてことないよ。何かふとしたきっかけでそうなることは多い。心身の変化だとかね」
最後に玉藻は「残念だったね」と彼が抱いていたであろう期待の一心を打ち砕き、満足そうであった。しかしそれを聞いて礼御はほっとしたのである。
「残念なんてことないよ。安心した。もしこれが特別だったとしたら、本当に自分が何者か分からなくなるところだったし。普通に有り得るのなら堂々と、っていうと変だけど変に自分の能力にびくつくことなく外に出られそうだよ」
玉藻は「そうかい」と適当な相槌をし、画面では作業のように海坊主が攻撃され続けていた。
「じゃあさ、俺にも魔法が使えたりするのかな」
礼御は玉藻に言うわけでなく、単純に心に思ったことを口に出していた。礼御にはそれは本当に素敵だと思えていた。もしも可能ならそれは、まるで夢のような世界ではないか。
「イタタタタ! お前の将来の夢は魔法少女か? おっさんの口から出る言葉にしては、少々ファンタジーすぎるな」
そんな礼御を呆れるように玉藻が言った。確かにそうなのだが、礼御は身体の火照りを隠せないまま反論する。
「おっさんっていうなよ! 青年だよ! まだ夢見たってセーフな年齢だって!」
「ハッ。どうだかねーー」
画面では再度海坊主が討伐されたところだった。またも狙っていたアイテムを落とさなかったらしい、玉藻が「あー、もぅ!」と憤りを口から吐き出す。そして三度目のダンジョン突入に差し掛かったとき、礼御が背後からストップをかける。
「今日はそのへんで終わりにしないか?」
「あぁあ?」
随分たちの悪そうな返事であったが、礼御はなだめるように言う。
「そういう約束だったろ。早い時間にはゲームを切り上げるって」
玉藻はその約束を忘れてはいなかったようだ。チラリと時計を確認したあと、「まだ日付も変わってないじゃん」と漏らした後、しぶしぶゲーム終了の手順をとっていた。
「ありがとな」
礼を言うことでもないのかもしれないが、礼御は玉藻の頭を撫でながらそう言った。一人っ子である礼御は、なんだか妹ができたようで楽しく思えてくる。一方玉藻は自分の頭を撫でる礼御の手を振り払いつつ、「はいはい」と面倒くさそうであった。
「言っとくが、あたしはお前の何倍も生きているのだぞ。子供扱いはいただけないな」
「へぇ。じゃあ何歳なんだ?」
礼御は玉藻の申し出を受けるように玉藻に歳を尋ねるのだった。ようやくチカチカと光る部屋で寝なくてすむのだと、揚々とベッドに潜り込みながらの問いであった。
「およそ二百歳といったところだ」
そう玉藻は自慢げに告げた。何倍どころではない。約百倍であった。
玉藻も今夜は礼御と共に寝るようだ。いつの間にか、玉藻は白のネグリジェに着替えている。わざわざ人の姿で寝なくても良いだろうに、と思いつつ、礼御はただただ感想を口にする。
「お前こそババアじゃん」
そこで礼御は頭部に一撃をもらい、シングルベッドが窮屈な状態で部屋の明かりは消されるのだった。




