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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
1 妖狐と魔術師
22/152

-18

 礼御(れみ)は駐輪場に自転車をおき、肩を行き来していた玉藻(たまも)を両手で抱いて自宅へと向かった。


「何号室なのだ?」

「303号室です」


 玉藻の尾が楽しそうに揺れている。屋根のあるところで過ごせることが嬉しいのだろうか。狐なのに変わっているなと思った。


 礼御が暮らすアパートは三階建て、各階に五部屋あるそこそこ立派な建物だった。部屋自体も七畳とさほど広くなく、キッチンの狭さといったら、まるで料理をすることを拒んでいるような造りであった。初めは安い部屋に突っ込まれたと感じた礼御だったが、大学の友人の話を聞いたところ一人暮らしの学生には妥当な部屋であると今では思っている。


 この部屋に一匹の狐が増えることを考えると、ここで初めて多少の気の滅入りを感じた。もはや玉藻は同居人である。プライベート空間は失われることがわかった。しかし家賃を半分負担してくるということはないだろう。


 一人で寂しくないことを無理やり利点の一つにして、礼御は玉藻を抱えたまま部屋の前に立った。扉の横、ちょうど礼御の頭の位置ほどの高さに『徳間 礼御』というネームプレートがついている。


 そこで玉藻は口を開く。


 それは突然の告白である。そして先ほど如何にも重大という感じで言葉を濁したあの内容だった。しかしそれは礼御の想像をかすめることなく、壮絶な期待はずれであったと言わざるを得ない。


「いやぁ、君の素性と住まいを特定できたし、白状するけどさ」

「――?」

「あの黒い塊で君を襲ったのってあたしなんだよね。(てい)よく君を助けて、恩を着せ、うまく君の部屋に住まわしてもらおうとか考えて実行したんだけど――」


 礼御は黙って自宅の鍵を開けた。


「大成功だったよ!」


 そして扉を開け、自宅に帰った。当然、玉藻は三階から投げ捨てた。


「……ふぅ」


 しっかりと鍵をかけたあと、礼御は小さくため息をついた。なんだか外で喚いている声が聞こえた。


「シャワーでも浴びるか」


 今日はひどく疲れた。そのまま寝たかったが、汗もよくかいていることもあり、このまま寝るのは気が引ける。なおも外から何か聞こえるようだ。何を言っているかはわからないが、暴言に違いなかった。


 服を脱ごうと服に手をかけていると、だんだん声が大きくなっていることに礼御は気がついた。そしてぴたりと声が止むと、突然の電子音に身体がびくりとなる。チャイムがなったのだ。


 ドアスコープから見なくても、誰が押したかはわかる。礼御は無視して服を脱いだ。


 そんな礼御の対応を察知したのか、チャイムが連続で鳴る。連打である。


 それでも礼御は無視したが、さすがにうるさい。しかしここで扉を開けてしまっては、あの狐の思うがままだと確信し、礼御は我慢した。


 するとチャイムの連打に扉を叩く音が加わった。扉を叩く音は隣人にも聞こえているのではないかと、上半身裸になった礼御は多少の焦りを感じ始める。


 そんな礼御に追撃を加えようとしているのか、妖狐は部屋の前で叫び始めるのだった。


「お兄ちゃん、ごめんなさい。中に入れてー」(妹風)

「……」

「助けてください!妹が急病なんです!」(少年風)

「……」

「開けろや、ゴラっ!いるのわかってんだぞ!」(ガラの悪い青年風)

「…………」

「宅配便ですー。徳間さん、いらっしゃいませんか」(太った男性風)

「…………」

徳間(とくま)さん。恥ずかしがらずに出てきてなさいな」(色気たっぷりのお姉さん風)

「………………」


 さすが人外ということだろうか、多種多様の声で扉を開けさせようとしているが、どの要素でも扉を開ける気にはならない礼御であった。


 すると静寂が訪れる。ようやく諦めたのかと思うと、一言扉の外から聞こえたのだった。


「最終警告。社会的抹殺にあいたくなかったら、扉を開けた方がいい」


 脅迫であった。その声は出会った時と同じで、おそらくその声が素なのだろう。しかしそれにも礼御は屈することはない。どうせこの妖狐にそんな力はないと高をくくっていると、コンコンと扉を叩く音がした。


「とりあえず、覗き穴を見てみなよ」

「……」


 礼御はなぜかその一言が気になると、見るだけならと思い、静かに扉に近づきドアスコープから外を覗いた。


「ぶっ!」


 吹き出した。覗いて見えたものは非情で予想外なものだったからだ。


 全裸の礼御である。


 礼御は慌てて玄関の扉の鍵を開け、自分に化けた玉藻を自宅へ引っ張り込んだ。


「お、お前なにしてんだ!?」

「君を社会的に抹殺しようとしてた」


 実に正直に答えられたが、礼御の怒りやら焦りやら恥じらいやらが混じった訳のわからない感情が収まることはなかった。


「いやいや、馬鹿だろ!ふざけるなよ」

「ふざけてないぞ。本気で化けてみた」


 礼御は気がついた。狭い玄関で全裸の自分と半裸の自分が向かい合っている、この状況は気持ちが悪い。


「と、とりあえず元に戻って欲しいのだが」

「なんでだ。わりとうまく化けれてるだろ?見えない部分までいい感じじゃない?」


 礼御はふと視線を下げた。が、目標に達する前に視線を戻す。確認してどうする。そんなことを礼御が思っていると、ぼそりと玉藻が呟き視線を下げた。


「答え合わせしないのか?」

「するか!」


 頭がクラクラしてきた。今日は本当にいろいろありすぎる。もう寝たいというのが礼御の本音であった。


「……わかった」


 そう礼御が漏らすと、玉藻がにやけるのがわかった。きっと自分がこの後どういう行動に移るか予想できたのだろう。そしてそれは玉藻の思うところと一致するはずだ。


 そうと分かっても礼御は続けてしまった。


「わかったから。ここに住まわすから。……とにかく元に戻ってくれ」


 最高の笑みの後、玉藻は白い煙に包まれると、元の狐の姿に戻った。


「では、これからよろしくな」

「……はぁ」


 今までの認識では有り得ない脅しに屈した礼御は、口からもれた吐息に促されるように視線を下げた。その時である。


 一瞬の火炎、煙幕とともに再度玉藻の姿が変わった。


 礼御の視線は玉藻が化けた姿の下半身をよく見てしまっているのである。ぎょっとした礼御が恐る恐る顔を上げてみると、そこには自慢げな自分の姿があった。


「ぐふっ」


 うめき声を上げたのは礼御の声であるのだが、しかし礼御本人ではなく、礼御に化けた玉藻の声であった。礼御は容赦なく、見た目だけは自身とほとんど同一の身体に腹パンしたわけである。


 後に礼御はこの行動にこそ後悔の念を抱くのだが、このときの一時の感情の高ぶりによる腹パンは抑えられるものでなかった。


 そして気を失いうつ伏せに倒れる自分の姿。偽礼御はまたも白煙に包まれたかと思うと、狐の姿に戻っていた。


「…………」


 そんな彼女を再度放り投げるわけにもいかず、そんな状況の彼女にしたのは自分なわけだ。


 礼御は溜息とともに項垂れて、異形のモノを自身のベッドに寝かすのだった。


 こうして非日常は絶え間なく礼御の生活に侵入していくのである。

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