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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
1 妖狐と魔術師
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-17

 礼御(れみ)は今度こそ帰路についていた。今日はもうこれ以上のサプライズは不要である。


「しばらく共に暮らそうぞ」


 玉藻(たまも)は礼御の頭にしがみつきながら礼御に提案した。いきなり踏み込んで何もわからずの礼御とって、実際に命を救ってくれた玉藻が共に過ごしてくれるのは少しばかり心強く感じてはいた。


「でもペットはまずいんですよ」


 そう礼御がつぶやくと、左頬を黄色の尻尾で叩かれた。


「ペットではないだろ。同居人だ」

「いや、人ではないでしょ」

「細かいこと言うな」


 礼御が真剣にたまもの所存を考えていると、玉藻はあっさりと解決する。


「あまり気にする必要もないだろ。だってあたしは普通の人間には見えないのだし」


 それに「声も聞こえもしないし、触れられないのだから」と玉藻は付け加えた。


 そうであった。なんだかいろいろありすぎて、今までの生活とこれかの生活がごっちゃになっている。


「それなら、しばらくの間だけですよ」


 一般の人に感知されないのならばいいかということで、とりあえずしばらくの間、玉藻は礼御のアパートで暮らすことになった。それが決まり上機嫌なのか、礼御の後頭部で尻尾が左右に動きっぱなしである。


「それで困り事っていうのはなんなんです? 僕で力になれますか?」


 玉藻はあくびをした後、「眠っ」と漏らしその質問に答える。自由な狐だな、と礼御は思った。


「それは後でいいかな。そこまで急を要することでもないのだ」

「そうですか……」


 しかし展開が早すぎてついて行けない部分が多い。


「あの黒い塊みたいなのってなんだったんですか」


 礼御はその最たる疑問を妖狐に尋ねた。あれもおそらく妖狐と同じ存在なのだろう。妖狐は少しの沈黙の後答える。


「なんと言えばわかりやすいかな。妖怪?魔物?幽霊?ま、そんな感じのやつだよ」


 えらくアバウトであった。妖怪、魔物、幽霊。どれも普通の人には見えない。しかしそのどれもが同じ生物――この場合生物と言っていいのか不明だが――と言っていいのだろうか。勝手な礼御の想像なのだが、そのどれもが似ていないような気がしてならない。


「言葉での表現なんてこの場合どうでもいいのさ。細かい定義なんて人間が勝手に決めただけ」


 礼御がいまいち解せないと言った表情で自転車をこいでいると、目の前に狐の顔が現れた。その後小さなため息をつき、追加の説明をする。


「人間にだっていろいろ種類はいるだろ。白人、黒人、日本人。呼び方は違って、見た目も違う、でも人間は人間だろ。そんな感じだよ、妖怪も魔物も幽霊も」


 再び玉藻はあくびをする。日本人という括りで白人と黒人比べるというは間違っていると思うが、玉藻の言いたいことが礼御にはわかった気がした。


「ちなみにあたしはなんであると思う?」


 礼御はしばらく考えたあと答えを決めた。


「妖怪、じゃあないですかね」


 それは完璧に根拠のない、ただのイメージであった。言い方は汚いが玉藻は狐の化物だと思われる。狐の、とういうより生き物を元にした化物は妖怪という名称がしっくりくる気がした。それを聞き妖狐はくくくっと笑い言う。


「概ね正解だ」


 その後、「センスゼロというわけではないのだな」と妖狐は安心したように呟いた。


「玉藻前って名乗ってましたよね」


 礼御は妖狐に尋ねた。玉藻前って言葉は聞いたことがあった。詳しくは知らないが、確か妖狐が化けた絶世の美女のことだったような気がする。


 絶世の美女。玉藻前と名乗るからにはよほど綺麗な人に化けれるのだろうか。そもそも玉藻前と言ったら、妖狐の代表であり、有名な妖怪の一角である。いわば人間の間で言う超有名人なのではないだろうか。そう思うと、自分の頭の上で眠たげな妖怪と出会えたことは異常なほど運が良いような気がする。


「その、玉藻さんってすごい妖怪なんでしょうか」

「……それなりって感じかな。でも格好良いでしょ! 有名な名で、名乗るだけで相手引いたりして便利だから勝手に使っているだけだよ」


 ……ショックである。そこは嘘でも高々と玉藻前を名乗り通りして欲しかった。実は自分はこの妖狐に化かされているだけなのではないか、と不安になる礼御である。


「それに玉藻前って九尾の妖狐でしょ」


 礼御はそれは知らないことであったが、自分よりは玉藻前について知り得ているだろうこの妖狐の言うことである。たぶんそうなのだろう。


「あたし尻尾は三本しかないし」


 もはや玉藻前なんて源氏名ではないか、と礼御は肩を落とした。妖狐について礼御が知っていることは少ないが、その尾の数は自身の力と比例して多くなるのではなかっただろうか。だとしたらこの妖狐はさほど強い力を持っていないことになるだろう。普通の狐は当然尾が一本。だとすると尾が二本になったら妖狐と言えるのだろうか。するとどうだろう、尾が三本の妖狐は駆け出しもいいところだ。そう考えていくと、この妖狐、信用して良いものなのか迷ってしまう。命を助けてもらったとは言え、なんだか胡散臭さに包まれて払えない。


 それでも逆に素直に自身の身の上を白状するあたり、やはり多少の信用はしてしまうのだから仕様がない。


「あれ。でも今は尾が一本しかないですよ」

「そりゃそうさ。普段は尾を隠してるからね。下手に見えるだけの人間に見られて騒がれるのも面倒だ」


 あぁ確かに、と礼御は思った。魔術師に会いに行く途中、玉藻を目にしていたが、尾が多いとその時点で得体もしれない興奮に見舞われていたに違いない。


「玉藻さんって性別的には女性なんですか?」


 礼御は純粋に気になったことを誤魔化すように尋ねた。玉藻の一人称があたしであるし、なんとなく話してみて感じた疑問である。


 玉藻は目を細くして言う。


「なんで人間って性別を気にするのかな。あたしに発情でもしてんのか?」

「さすがにそれはないですよ。ただ気になっただけです」


 心底どうでもよいといった感じで玉藻は相槌をうった。


「性別なんてないよ、基本的にはね。自身がどうあろうとするかで、あたしたちの存在の人間的定義は変化するものさ。要するに君があたしを女だと思えば、あたしは女なるってわけ」


 玉藻は「薄い本のネタには困らないな」なんて意味のわからない言葉を付け加えた。その付け加えた内容の意味するところは、礼御にはよくわからなかったが、深く追求することでもないだろうと、「そうですか」とだけ呟いた。


「……それであれはなんだったんですか?」


 礼御は恐怖から湧き出て仕方のない興味を再度尋ねた。あれとは黒い塊のことである。あれは妖とか魔物とかいう存在。新たに開けた世界で暮らす存在。しかし結局のところあれがどういう意味を持ち自分に危害を加えようとしていたか。そもそも具体的にはどういう存在なのかを教えてもらってない。


 玉藻は礼御のその質問に少し黙った。そしてなぜだか礼御の様子を伺っている。それは様子というより、機嫌と言ったほうが正しいかもしれない。なぜそんな態度なのかと礼御が疑問に思うと、それを察知したように玉藻が口を開く。


「非常に言いにくいことだ。……すこし時間がかかるかもしれん。君が受け入れなければならないことは実に重たい事実だ」

「……そう、か」


 それを聞かされ礼御は身体に緊張を感じた。なんでもないように相槌を打ったものの、次に聞かされる事実というものに不透明な恐れを抱く。


「できれば落ち着いた場所で話したいのだが、君の家はまだ先か?」

「……いえ」


 そうつぶやき、礼御は自転車を止めた。目の前には自宅のアパートである。なんともタイミングよく到着した。


「ここが僕のアパートです」


 一瞬だが、玉藻の顔がにやけたのを礼御は視界の端で捉えていた。

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