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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
1 妖狐と魔術師
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-1

 エル・グレコ作。『受胎告知(じゅたいこくち)』。


 元来のその名に相応しくない大胆な構図で描かれた一枚である。詳しい内容は覚えていないが、あなたのお腹にはキリストが宿りましたよ、と天使に告げられている絵であるはずだ。縦長のその絵は左に振り向いたような女性、右に翼の生えた――おそらく天使はこの人だ――女性が描かれている。その中心にまるで光を導くかのように白い鳩が飛んでいる。このあたりに住む者なら、おそらく誰しも聞いたことがある画家による有名な一枚だ。


 徳間 礼御(とくま れみ)はそんな小さな名画の絵ハガキが自分のポストに入っているのを確認してしまった。


 時刻は二十二時前。大学に入り一年と数ヶ月が経ち突入する、長い夏休みの始まりにあたる時分だった。陽はとっくに暮れたというのに、空気が熱と水気を掴んで離さない、そんな夜である。


 学生にありがちな一人暮らしをする礼御は、深夜のアルバイトをしていた。怠慢さを具現するように放置してあった紙切れの中、一番上にあったそれ。絵ハガキを夜遅くに見つけてしまったのはそのためである。


 礼御はなんだか嫌なものを見つけてしまった、と思いつつも、無視し続けることも無理だと判断し、そっとその絵ハガキを手にとった。


 見るからに礼御の住まう街の周辺にある美術館で買われたであろうその絵ハガキは表一面に絵、裏に住所や文章を書くようになっている一般的なものだった。ただ表面にプリントされた『受胎告知』の上端と下端だけに、まるで額縁のように金色で模様が描かれていた。その明らかに作者の意思以外で描かれたその金色が、礼御には爆弾のスイッチにしか見えなかった。


 恐る恐る、礼御は絵ハガキを裏返す。結果は彼の予想通りであった。


 母からの手紙である。


 整ったその文字で描かれた「徳間 礼御」という文字の並びがやけに懐かしい。が、その内容は懐かしさなど微塵も感じない爆弾そのものが詰めこまれていた。



 『 まずは、文句の一つでも言って手

   を打ちましょうか?お父さんに聞

   けば、あなたは単位の一つ二つを

   すべらしたとか。とりあえず、揶

   揄して―――――



 礼御は途中でハガキをポストに返した。


 このまま悠長に読んでいてはバイトに遅れる。


 礼御はそんなことを考え、自転車の元に向かった。実際、続く文字数は大量でなかったので、その場で読み終えたところで消費する時間はしれていた。しかしその文章を読み終えたとき、消費する精神は計り知れない。


 礼御はそう言い聞かすと、死なぬ程度の負傷でバイト先に向かった。


 黒に染まり上がった空には、半月を越えて膨らみ始めた光が浮かんでいる。


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