*四
「茶番」
葵が古本屋の奥へ戻ると、そこには帰宅したはずの空子がいた。
「お疲れ、空子。助かったよ。少しは意表をついたことをしないと、衝撃に欠けるからね。お前は、検索魔術だけは一人前だな。―――それにしても『とくま れみ』なんて、変わった名だ」
「……茶番」
「なにが茶番なんだ?」
葵はとぼけたように言うと、空になったグラスにウィスキーを注いだ。口数の少ない少女・空子は不満げに続ける。口数は少ないが、決して抑揚のない、いわゆる無口キャラのような口調ではない。
「あいつ、何?」
「何、というのはどういうことだい?」
「葵が他の人に興味持つなんて稀。わざわざ店に入れて、話して・・・。名前まで調べに行かせるなんて」
葵は「あぁ」と少女の不満を知っていたくせに、言われて気づいたといった風を装った。琥珀色の液体に口をつけ、横目で空子を見る。
礼御が自身の名を知るはずもない存在から名を呼ばれた、少し前。二人が話す部屋に流れた風の流れである。礼御が自分の名を呼ばれたような気がしたのは正解だった。
空子もまた風を扱う魔術師の端くれである。風に、大気に漂う礼御の匂いを追い、彼の住まいを見つけ出した彼女は、彼の名を記した紙切れを発見する。そうして葵に礼御の名を伝えたのであった。
「お前だって気がついているだろう? 仮にも、この風使いの弟子だ」
「……」
教師から学生への質疑応答であった。確かに空子はこれだという解答を自身の頭に浮かべてはいるものの、それを容易に口に出すのをはばかった。一挙手一投足が自身の評価につながることを知っているためである。しばらく考え込む振りをして、小さな覚悟を得た空子は答える。
「魔術師の求めるモノ。そのモノの能力の一種を、彼が持っているのかもしれないから」
「ご名答」
葵は満足そうにニヤリと笑を浮かべた。
「創造主であり、破壊主たるそれ。私が魔術師を名乗り始めたそのときから求めていたものだ。―――彼の当惑ぶりは、少しばかりだが目にしただろう?」
「はい」
空子は葵が上機嫌であることに気がついた。本来の師としての彼女は、こんなにも丁寧に説明をしたがらない。全体の半分しか説明せず、その説明も難解な言い回しばかりであるはずなのに、今夜はこれでも親切すぎる方だ。
「おそらく能力に目覚めたばかりなのだろうな。後発的な覚醒ほど、奇的ものはない。魔術をことごとく打ち消すなど、少々常軌を逸している」
「単に風術に耐性ができただけとも考えられる」
「それだと、覚醒後、数日と経たずに風使いに遭遇した話になる。それは話が出来すぎていると思うがな」
「魔術師が求めてやまないその力の一端。それを宿したモノに出会うことだって、同じくらい出来すぎている」
弟子の指摘に女魔術師は愉快に思っていた。空子の言うことに異論はないが、それでは論点がずれている。その確率に出会う話か、その確率をつかむ話かという違いを忘れてはならない。
「結論、お前はどう思うのさ、空子」
見透かした魔術師の笑顔に、空子はほとほと嫌な気分になりながら自身の考えを口にする。
「……魔術は異能の一部であり、葵の用いる風術はさらにその一部です。しかし葵の風術は決して狭義なものだけでない。ゆえに、それすべてを打ち消せるということはありえません」
「それで?」
「……何か特殊な――もしかしたら求めているかもしれない能力を備えているのかもしれない」
女魔術師は何も言わず笑うことで、少女の出した結論に評価を下した。
「ほら。今度こそ、家に帰りな」
女魔術師はそう言ってウィスキーを飲み干すと、若干フラつきながら自身の弟子を見送るため、玄関に向かう。