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礼御は蚊帳の外であった。二人の魔術師が意気揚々とする最中、どうすればいいのか分からずに突っ立っているしかない。
生き物を殺傷するのに十分な魔術の数々が彼の前で交差してはぶつかり合い、消えてはまた繰り出されている。
風を支配した葵はただ速く、そして優雅であった。逆に蓮武はまさにイメージ通りの戦闘を行っている。赤い炎は暗闇に猛々しい灯火をもたらし、また彼の黒服に取り巻き蠱惑的な絵を礼御の瞳に映していた。
その火を見て礼御は思う。
あの火はなんだか――見覚えがある気がする。
人工的に生み出された火とは違う。けれど木々や野より生まれる火とも違う。生き生きとしていて、それでもその根本は失われていない、それどころかどんな火よりもそれらしい赤色であった。
――そうか。あれは玉藻が吐く炎に似ているんだ!
そう礼御が思い至ったとき、蓮武の持つ魔術具がやけに身近なモノに思えてならなかった。白刃のナイフ。鋭利すぎない、野性的な刃だ。
そう、それもまるで玉藻の――。
一瞬の静寂の後、二人の魔術師が互いに相手を目がけて駆けだした。悠長に蓮武の持ちモノや魔術について眺めていた礼御の頭は瞬時に状況に則った感情を取り戻す。
蓮武は手に赤い刀を持っていた。そして背後に二撃のカマイタチを引き連れ、手には白い刀を手にした葵が蓮武に突っ込んでいる。
危ない!
どちらに対してでもない感想がわっと礼御に溢れた。
蓮武が赤い刀を振り切った。が、それは空を切ったのである。葵はまるで風に溶け込んだかのように蓮武の一振りをかわし、彼の背後を取っていた。
礼御がその状況を把握したのとほぼ同時である。蓮武は一切の無駄なく反転したではないか。
! 一体何を―――?
そしてぶつかり合う刀と刀。金属音ではなく、何か固い物ぶつかったような音が鳴り、蓮武の背後より迫っていたカマイタチが彼の背を切り裂こう接近した、そのときである。そのカマイタチは蓮武の持つ白刃のナイフより出た二本の尾により迎撃された。
炎の尾である。そしてそれを見た礼御は再度思った。
あれも狐の――玉藻の尾とそっくりだ!
礼御は蓮武の魔術を見れば見るたび、彼が玉藻の相棒だったのだと思い知らされる羽目になった。
恐怖や不安はいつしか驚愕や疑問に変わり、そして礼御も思いもよらぬ方面の感情が湧きたち始めた頃、それでも礼御は戦闘の止めるきっかけを探さなければとどうにか考ることができた。
そんな中、蓮武と葵は地上に立ち、向かい合って短い言葉を受け取り合っている。
一瞬の無音。
その後の短い沈黙に礼御の身体はぎゅっと緊張し動かなくなり、まるで金縛りにあっているように礼御は自分の身体の硬直を嫌と言うほど感じた。
そしてそれが合図だった。礼御はそこで今日一番の恐怖を感じる。
蓮武も葵も先ほどまで展開していた魔術とは比べモノにならないほど、上質な残酷さを秘めたモノを作り上げているではないか。
礼御は身体が動かないというのに嫌と言うほど自身の皮膚が震えているのを理解した。
それも一時である。礼御が当然の恐怖に心身を奪われている間に二人の魔術は完成してしまったのだ。
二人の魔術師は相手の魔術を見据えながらもニタリと笑っている。それは一層礼御に不要と思えるほど感情を流し込んだ。が、これが礼御にとっては幸運だった。もう礼御の心身は恐怖でいっぱいであり、それ以上の恐怖など入りきらなかったのである。
二人を止めるにはこれしかない!
礼御はまさしく堰を切ったように二つの魔術に突進した。