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英雄の帰還(ただし、前科4犯)  作者: 菅野鵜坂
第1章 英雄、帰還する(前科1犯)
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初めてのおつかい その2

 レネが、2人にお願いした「お使い」であるが、当の本人からしてみれば、大した事のないものであった。

 そもそも、「お使い」を頼んだ事自体が、二人が外出したがっていたからに他ならない。

 純粋に「お二人の気分転換になれば良いな」程度のものであり、2人が「試験」と考えている程に、ご大層なものではない。

 だからこそ、「トイレットペーパー」と「シャンプー」などといった、「あって困らない」かつ「安価」な物を選択したのだ。

 

 しかしながら、依頼を受けた二人にしてみれば、そうではない。

 世話になった人間、しかも自分達のために貴重な時間を割いてくれたレネが、わざわざ頼んできた程の「お使い」なのだ。

 二人が意気込んで当然と言えるだろう。

 

 さて、当初の意気込みもそのままに、スーパーへと辿り着いた二人であったが……。

 

「これが……スーパーっていうやつか。でかいな」

「レネの話によれば、郊外にはもっと大規模な商業施設があるそうです」

「これよりも大きいのか?」

「はい。土地面積を調べますと……信じがたい事ですが宮城すら上回るものでした」

「すげーな、おい」

「300年前ならば、不敬罪と言われても仕方がないかと」

「臣民が皇帝陛下以上の物を所有するとは……この時代は臣民に寛容なんだな」

「仰るとおりです。この時代に至るまでの歴代皇帝陛下の慈悲深さを感じます」


 そんな会話をしつつ、二人はスーパーへの入口へと向かうのだが……。


「ジェザ……おかしいです。入口がありません」

「だよな。どこにもドアがないぞ……」


 呆然と立ち尽くす2人。

 2人の目の前には「入口」と書かれた表示板はあるものの、その下にはドアはなく、ガラスがあるだけだ。

 ドアノブもなければ、取っ手もない。

 「入口」にはとても見えないのである。


「あのガラスには『自動』と書かれているが、どういうことだ?」

「さあ、何でしょうね? 理解不能です」


 難しい顔をして、相談する二人の横を……

 

「ママー、はやくー」


 歓声を上げながら、4歳程度の少女が駆け抜けていく。

 

「だめよー、走っちゃー」


 そんな母親の呑気な声が聞こえるのだが……。


「おい、あの子供……目の前のガラスに気付いていないのか?」

「透明度の高いガラスであるため、目に入っていないのかもしれません」


 そして、少女はスピードを緩めることなく、ガラスへと一直線に向かっていく。

 

「っ……!」


 アリアが疾風の如く動いた。

 生来の瞬発力に加え、魔法によって強化されたその動きは、常人の目には映る事すらないだろう。

 彼女が過ぎ去った後に吹く風によってのみ、何かが移動したと認識するだけだ。

 

「ふぇ……?」


 少女がガラスに激突する直前、アリアは彼女の目の前へと移動し、その体を優しく抱き上げる。


「お姉ちゃん……誰?」


 いきなり現れたアリアを前にして、目を白黒させている少女。


「駄目ですよ、ちゃんと前を見ないと。ガラスにぶつかれば、怪我をしてしまいますからね」


 柔らかくほほ笑んで、そう注意をするアリアだったが……。

 

 ウィーーン……。

 

 という間抜けな音と共に、アリアの背後にある2枚のガラスが左右に開く。

 

「あれ……? えっ?」


 背後のガラス(自動ドア)を初めて目にした瞬間であった。


**********************************


 「まさか、体重を感知して自動で開くとはな……」

 

 不審者扱いされかけた2人であったが、少女と母親に誠意を以って非論理的な説明を行った結果、「自動ドアもない地方から来た田舎者」というレッテルを貼られた後に解放された。


「ええ、うかつでした」


 しょんぼりと肩を落とすアリアの背中を、軽く叩いてやるジェレミー。

 

「まあ、気にするな。悪気があってやったわけじゃないし」

「しかし……あれだけ格好をつけてしまったのに……」

「確かに、レネあたりが見たら、歓声を上げそうだがな」


 実際に、この件を聞かされたレネは、ジェレミーの想像通りの反応を示す事になる。

 

「しかし、それよりも今はトイレットペーパーとシャンプーを購入する方が大事だ」

「そうですね。まずは、どこに売っているかですが……」


ふと、アリアの視線が止まる。


「親切な事に、店内の見取り図があるようです」


 2人で店内の見取り図がある場所へと向かう。

 2階建てのスーパーは、1階では食料品、そして2階で生活必需品を販売しているようである。

 

「1階は、食料品を売っているようだな」

「この広さ一杯に食品を並べて、捌き切れるのでしょうか?」

「だよな。売れ残りが腐ってしまうだろう」

「もったいない事ですね。これで、利益が出るのか疑問です」

「廃棄するのも、タダじゃないだろうにな」


 そんな事を話しつつ、案内板を見ていると……。


「件のトイレットペーパーとシャンプーですが……どうやら2階にあるようです」


 案内板をなぞるアリアの細い指が、2階の「日用品・雑貨」という文字で止まる。


「それなら、階段を探そうか……。うん? どうやら、この記号が階段みたいだな」

「そのようですね。この簡略化された意匠は、階段で間違いないかと」

「えーっと、今の位置がここだから……階段は北で良いのか? 方位記号がないから、自信はないが」

「恐らく、この地図は方位を考慮してないと思います。単純に、この位置を『下側』として、我々の正面を『上側』としているのでしょう」

「なるほど……。分かりにくいな、この時代の地図は」


 確実に、現代人とは異なる感想を口にしつつ、2人は階段があると思われる方向へと向かう。

 

「しかし、この店内に流れている曲は何だ? さっきから、延々と同じ曲なんだが」


 ジェレミーの言う通り、店内にはこのスーパー「ドシドシスーパー」のテーマソングがエンドレスで流れている。

 

「安い、早い、間違いない……買うなら何でもドシドシスーパーって何だよ……」

「センスの欠片もない曲です。どんな場末の酒場でも、歌った瞬間に罵詈雑言の嵐でしょうね」

「邪教集団が唱えるお題目みたいだよな」

「ええ、それは良い例えです。長く聞いていれば、洗脳されそうですね」

「この店の店主は、かなり悪趣味なんだろうな」


 そのように2人から散々な評価を下された「ドシドシスーパー」であるが、品揃えに限って言えば、同業他社と比較して劣っている物ではない。

 所狭しと並んでいる野菜は新鮮だし、種類も豊富である。

 他にも、ジェレミーとアリアには食べ方すら分からない、レトルト食品などが揃っている。

 日常的な光景ではあるが、2人ならば1日中見ていても飽きる事はないだろう。

 

「すげーな……。これは、南方の香辛料だぞ。しかも、この重量で900ルピアだとは……」

「昔は同量の金と交換だったというのに……」

「それに、見てみろよ。砂糖が腐る程にあるぞ」

「甘いモノ好きだったエレンが見れば、卒倒しますね」

「これだけの量の砂糖を見ているだけで、口の中が甘くなりそうだ」


 などなど……1歩歩くたびに、カルチャーショックが2人を襲う。

 しかし……今日一番のカルチャーショックは、この後に待っていた。

 

 ****************************

 

「これは……何だ?」

「返答致しかねます……」

「俺達が目指していたのは、階段だよな?」

「間違いありません。確かにこれは、階段と言えば階段ですが」

「階段が……どうして動いてるんだ?」


 外見上では、階段に酷似している。

 だが、それ自体は金属で出来ており、彼らの知っている物とは違う。

 加えて、その階段状の踏み面は自動で昇降しており、ベルト状の手すりがそれに連動している。

 踏み台の幅は、3人程度は横に並べる広さだろう。

 それらが、絶え間なく昇降しているのだ。

 

 ──早い話が、エスカレーターである。


「これは、機械なんだよな?」

「生命反応は感じられませんので、間違いないかと」

「自動式の階段、ということか?」

「恐らくは……しかし、どうやって乗れば良いのでしょうか?」


 難しそうな表情をして相談し合う2人であったが、それを尻目にして腰の曲がった老婆が、平気な顔をしてエスカレーターに乗る。

 腰の曲がった背中が、徐々に小さくなっていく。

 

「おぉう……」

「あのように、平然と……」


 老婆ですら利用できたのだから、自分達に出来ないはずがない。

 無駄なまでの対抗心を燃やした2人は、まなじりを決してエスカレーターに向かう。

 その表情と気迫は、300年前の英雄と呼ぶに相応しいものであったのだが……。

 

「…………」

「…………」


 上手く乗るタイミングが掴めない。

 

 この時の2人を表現するならば、長縄とびに中々入って行けない、運動神経の残念な子供といった感じである。

 体でタイミングを図ってはいるが、上手く一歩を踏み出せないでいる状態だ。

 一歩踏み出そうとしては止め、また一歩踏み出そうとしては……の繰り返しである。

 

 「難しいな……」

 「はい」


 そうこうしているうちに2人の後ろでは、エスカレーターに乗ろうとする人たちが、列を為しつつあった。

 

「おいおい……なにしてるんだよ」

「早くしてよね……」


 などなど、心ない言葉が2人を余計に焦らせる。

 

「不味い……」

「ええ、ひどく迷惑をかけているようです」

「先を譲るか」

「そうですね」


 戦略的撤退を決意した時……

 

「こうやるんだよ」


 2人の手を、小さく柔らかな手が握った。

 

「えっ?」

「さっきの……」


 ジェレミーの左手を右手で、アリアの右手を左手で握ったのは、先程自動ドアの前でアリアに抱き上げられた少女であった。

 後方へと目を移せば少女の母親が、我が子とエスカレーターすら知らない田舎者に向かって、柔らかい笑みを浮かべていた。

 

「いっしょに、のろうね?」

「「お願いします」」


 恥も外聞もなく、藁にもすがる思いで頭を下げる2人。

 そして、その返答を聞いた少女は、満面の笑みを浮かべて頷いている。

 気がつけば、先程まで2人を苛立たしげに見ていた、エスカレータ待ちの者達までも、その表情を和らげていた。

 

「いっせーのーせーで」


 少女の合図と同時に、固い動きでエスカレーターのステップに足を乗せる2人。

 

「お、おお……」

「これは……」


 慣性の法則に従って、少しだけ体がつんのめってしまうのは、御愛嬌だ。

 

 「すげー。勝手に昇って行く」

 「便利な物ですね」

 

 2人にとっては奇妙な感覚であった。

 何ら力を使っていないにもかかわらず、体が重力に逆らって上昇していく。

 こんな物にばかりに頼ってしまえば、体力が衰えないか……とすら思ってしまう。


「ね、かんたんでしょう?」


 手をつないだまま、少女が2人に笑いかける。

 その表情は少しだけませてはいたが、それ以上に「困っている人の役に立った」という誇らしさがあった。

 

「うん。本当にありがとう」

「助かりました」

「えへっ、どういたしまして」


 ほほ笑む少女を見ていると、2人も自然と口元がゆるんでしまう。

 

「この時代の子供は、良い子なんだな」

「情操教育がしっかりしているのでしょうね」


 ジジ臭い会話をする2人を、少女が不思議そうな表情になって見上げている。

 

「お姉ちゃんのこと、どこかで見たことあるの」

「私、ですか?」


 アリアが小首を傾げて、少女に問う。

 初対面であるはずの少女が、何ゆえ自分を見たことがあるのか。

 元より、今日に至るまで一歩たりとも外界に出たことのない身分である。

 面識などあるはずもない。


「うーんとねー。おっきな絵で見たことある」

「絵、ですか? はて、どのような絵でしょうか?」

「えーっとねー、えーっとねー」


 一生懸命思い出そうとする少女だったが、エスカレーターの終点が近づいた事で一端思考を切り替えたようだ。

 

「あっ、そろそろおりるよー」


 乗った時と同じように、少女とタイミングを合わせてエスカレーターを降りる2人。

 

「ママ-、ちゃんとできたよー」


 2人を無事に2階へと送る事に成功した少女は、すぐ後ろをついてきた母親に抱きつく。

 

「うん、えらいえらい」


 少女の頭を撫でる母親に対して、2人は丁寧に低頭する。

 

「助かりました。本当に、どうなるかと思っていたところです」

「優しい娘さんですね。ご両親の素晴らしい、教育の賜物でしょう」


 仰々しい御礼の言葉を述べる2人に、母親は慌てたように手を振る。

 母親にとっては、そこまで畏まれてると、むしろ居心地が悪い程であった。

 

「そんなことありませんよ。中々、言う事を聞いてくれなくて……」


 そう言った母親の言葉を尻目に、少女は先程と同じような視線でアリアを見上げている。


「やはり、私に見覚えがあるのですか?」

「うん。どこかで、見たことあるの」


 そして、少女はアリアの顔を指さすのだが……。

 

「こら、アリア。人の顔を、指でさしちゃ駄目でしょ」


 少々きつめな母親の叱責に、少女は一瞬だけ身を竦めた後に、アリアへと頭を下げる。


「ごめんなさい……」

「いえ、気にしてはいないのですが……。その……娘さんを、アリアと?」


 少女の頭を軽く撫でながら、アリアが母親へと問う。

 ジェレミーの「記憶」している限りでは、アリアという名前は、かなり珍しかったのであるが、世間は中々に狭いらしい。


「ええ。娘の名前はアリア……アリア=ボーンズと言います」

「ああ、そうでしたか。奇遇ですが、私も同じ名前でして……」


 アリア(大)に頭を撫でられてくすぐったそうにしていたアリア(小)であったが、やがて何かを思い出したように手を叩く。


「あっー! そうだー!」


 そう叫ぶと同時に、嬉しそうにアリア(大)の足に抱きつくアリア(小)。

 

「このお姉ちゃん。まえに見た、えの女のひとに似てるのー」

「こら、駄目でしょうが。本当にごめんなさいね……」


 娘を引きはがそうとする母親だったが、それをやんわりと制するアリア(大)。


「前に見た絵とは、どのような絵でしょうか?」

「えーっとねー。パパとママといっしょにいった、びじゅつかんの絵なの! あのねあのね、アリアとね、同じなまえの、きれいなお姉ちゃんの絵なの」」


 元気よく返答したアリア(小)であったが、いまいち真意を汲み取れないジェレミーとアリア(大)。

 しかし、娘のつたない言葉を聞いた母親は、アリア(大)の顔をしばし見つめた後、少しだけ目を大きくする。


「そう言えば……。確かに、アリア=スノウに似てますね」


 似てるもなにも、本人である。

 

「…………え、ええ、よく言われます」

「たたた、確かに、よく言われるな……」


 実際の所は、別に焦る必要などない。

 正直に300年前から来たとなど言えば、信じてもらえるどころか、正気を疑われるだろう。

 だが、そう理解していても、その通りに行動できるとは限らない。


「と、という事は……。その、アリアちゃん……が言う『絵に描かれた女性』というのは、やはり?」

「はい。アリア=スノウの事です。彼女にあやかって、娘は名付けたんですよ」

「そ、それは……なあ、アリア?」

「は、はははい。と、とても、良い名前だと思います」

「ありがとうございます。アリアさんのご両親も同じかと思いますが、私も幼い頃はアリア=スノウに憧れていたので」

「へ、へー。き、奇遇だな……アリア」

「で、でですね。私の両親も、そう言っていました」

「あっ、そうなんですか。ちなみに、アリアの下に弟がいるんですが、その子はジェレミーと名付けたんですよ」

 

 我が子の事を心から愛している……そう傍目にも分かるような母親の表情であった。

 だが、当の本人からすれば、それどころではない。

 

「あ、あの……。て、帝都において、その……アリアとジェレミーという名前は多いのでしょうか?」

「ええ。アリア=スノウとジェレミー=ヴィルヌーブにあやかって、子供を名付けるのは珍しくないですから」


 アリアの質問に対して、母親はこともなげに答えてみせる。


 

 この世界の過去から現在において、偉人の名前を我が子につけるの事は珍しくはない。

 しかし、それらにも流行り廃りはある。

 ここ数年においては都合よく、と言うべきだろうか? 300年前……つまりジェレミーとアリアが生きた時代の人物達の名が流行していた。

 

 その理由は、極めて単純である。

 ここ数年「最初の21人」に関する小説、映画、舞台などの作品が空前の大ヒットとなっていたためである。

 業界においては、とりあえずネタに困ったら「最初の21人」を書いておけ、と言われるほどだ。

 以前にレネが言っていた事ではあるが、元より「最初の21人の」人気は、この国において頭一つ飛びぬけている。

 それに加えて昨今における、それをモチーフとした娯楽作品の大ヒットである。

 その結果、どうなったかは想像に容易いだろう。

 

 ちなみにであるが、この年……皇歴1948年における新生男児の名前ランキング1位が「ジェレミー」であり、新生女子のそれは「アリア」であったりする。

 

「このような立派な娘さんならば、きっとその名に恥じぬ大人になるでしょう」

「あ、ああ……そうだな。きっと立派な女性になるな、うん!」


 本人達による太鼓判なのだが、そのような事をアリア(小)の母親が知る由などない。


「ありがとうございます。そこまで言われると、ちょっと恥ずかしくもありまけど……」


 アリア(小)の母親は、正真正銘のアリア=スノウの足元に抱きついている我が子を、目を細めて見つめるのであった。


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