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英雄の帰還(ただし、前科4犯)  作者: 菅野鵜坂
第1章 英雄、帰還する(前科1犯)
7/20

野蛮人 文明と触れ合う

 ジェレミーとアリアが300年後の世界にやって来て二日目の午後。

 レネに呼ばれた二人は、僧院内の会議室にいた。

 

 15メートル四方の会議室にいるのは、ジェレミー、アリア、そしてレネの三人だけである。

 会議室の中央には長机が一つと、椅子が二つ置かれており、そこにジェレミーとアリアが並んで腰掛けていた。

 そして、レネと言えばホワイトボードを前にして、彼らに「現代の常識」を講義形式で教えているところであった。


「という訳で、現代においては魔法の代わりに、科学という概念が主流となっています……」


 緊張しながらもレネが、ホワイトボードに板書をしつつ言葉を一端切る。


「では、ここでお二人に科学技術の一例をお見せしたいと思います」


 やおらそう言ったレネは、会議室の隅に置かれていた四角形の物体を持って来て、ジェレミーとアリアの前に置く。

 奥行きは三センチ程度、横幅が1メートル程度であり、縦幅は60センチ程度だ。

 レネはその背中の部分から伸びている紐のような物を、会議室の壁に設置されている謎の穴へと挿入する。

 

「今……何をしたんだ?」

「ケーブルをコンセントに繋いだんですよ」

「コンセント? 先ほど言っていた、電気を受け取るための設備の事ですね?」

「流石アリアさんですね、その通りです。そしてですね……これは、テレビという物です」

「テレビ?」

「触っても爆発しませんよね?」

「大丈夫です。爆発なんてしませんよ」

「本当だな、信じるぞ」


 ジェレミーとアリアは頷き合うと、ゆっくりとテレビに手を伸ばす。

 触った感触はとても奇妙なものだ。

 何で出来ているのか想像すらできない。

 謎の材質で出来たそれは、枠を形どるやや硬めの部分と、その内側にある柔らかめの部分の二つで主に構成されている。


「では、実際につけてみましょうか」


 どこか悪戯っぽく言って、レネは軽くテレビを叩く。


「つける!? これに火でもつけるのか?」

「燃やして使用するのですか?」

「いえ、そうではなく……。テレビを動かす事を『つける』という動詞で表現するのが一般的なのです」

「動く!? こいつが動くのか!?」

「足が生えているようには見えませんが……」

「えーっと、とにかく見ていてくださいね」


 苦笑を浮かべたまま、レネがテレビの背面にあるボタンを押すと……。

 暗かったはずの「柔らかい部分」にいきなり人の顔が映り、さらにはその人物の物だと思われる声まで流れ始めた。

 

 レネとしては、悪意は全くなかった。

 「二人を少しだけ驚かせようかな」といった程度の、可愛らしい悪戯心を出したに過ぎない。

 しかし……300年前の世界から来た二人には、高度過ぎる悪戯であった。


「アリア!」

「ジェザは周囲の警戒を!」


 肉体強化を行い一息に5メートル程跳躍しテレビと距離を取ったジェレミーは、即座に魔法陣を展開し戦闘態勢に入る。

 その魔法は、この時代においては使用できる物など、ほんの一握りしかいない魔法であり、発動すれば半径200メートルは灰燼に帰する事が可能なものであった。

 

 そして、ジェレミーが行動を開始すると同時に……

 

 バギッ!

 

 という、どこか絶望的な音が会議室に響く。

 

「レネ! 私のそばから離れないでください!」


 先程の音は、アリアが右の拳で、テレビの柔らかい部分を打ち抜いた際のものだった。

 常人ならば認識不能な速度で繰り出されるアリアの右ストレートは、「音が遅れて聞こえる」と称される程に鋭いものだ。

 プラスチックという彼らの知らない素材で出来たテレビなど、一たまりもない。

 

「あっああぁ……」


 無残にも破壊されたテレビを前にして、頭を抱えているレネ。

 

「ジェザ! 見ましたか!? 我々は何者かの魔法攻撃を受けている模様です!」

「あんな小さな箱に、人間が入る訳がない。となれば見た者を、そこに引き込む潜伏型の魔法攻撃だろう」

「そうですね。恐らくは『封玉』と同じような原理でしょう」

「犯人は、レネを狙って仕掛てきたと考えるのが普通だな」


 そう言ってジェレミーは、素早く周囲の気配を探るが、敵意を持った存在を探知する事は出来ない。


「レネが私達に厚意で講義をしてくれている所を狙ってくるとは……汚い輩ですね」

「十中八九、レネの行動を把握している奴が犯人だろうな」

「どうします? このテレビにかけられた魔法を分析して、犯人の魔法紋を読み取りましょうか?」

「いや、止めておいた方が良いだろう。見た事のない魔法だ、どんなトラップがあるかも分からんぞ」


 そんな事を真剣に話し合っている二人だったが……。

 

「魔法じゃないですよぉ……」


 泣きそうなレネの声で、我に返った。


「魔法じゃない……?」

「どういうことですか、レネ?」

「ですから……このテレビは、さっきみたいに映像を映す装置なんですよぉ……」

「…………えっ?」

「まさか…………」

「私が言わなかったのが悪いんですけど……」


 という訳で、初めての科学との本格的な対面は、目も当てられないような結果になったのである。


**************************************


 泣きそうになっているレネを慰め、早とちりを謝り、何とか講義が再開されたのは、テレビの破壊から30分程の後の事である。


 それから2時間は、つつがなく講義は進み……


「ここまでで、何か質問はありますか?」


 ようやく、今しがた一通り講義が終わったところである。


 講義の内容は、ジェレミーとアリアにとって俄かには信じられない話ばかりであった。

 

「本当に……鉄の塊が空を飛ぶのか?」

「はい、飛びます。先程、お話しました飛行機ですが、皇国の領土の端から端までを、約2時間で移動できます」

「車というのは、燃える液体を注入すれば、誰でも運転できるのですか? それも、簡単に」

「はい。18歳以上の人ならば、特段の障害が無い限り誰でも可能です」

「電話というのは、遠くの人間と簡単に話す事が、本当に出来るのか?」

「はい、可能です。ちなみに携帯電話とは、こういった物です」



 そう言ってレネは、2人に私用の携帯電話を見せる。

 少女らしく可愛らしいデコレーションがされた物であった。


「これをですね……こうすれば、テレビにもなるんです。今度は壊さないでくださいね」

「ああ、大丈夫だ」

「はい、決して壊しません」


 そして、慣れた手つきでレネが携帯電話を操作すると……

 

 先程アリアが破壊したテレビと同じ様に、男性の顔が映ると同時に彼の声が聞こえてくる。

 やはり、どうしても体が反応しかけるが、何とかこらえる二人であった。

 

 「すっげー」

 「これは……中に誰もいないのですか?」

 

 ディスプレイには、現在地上波で放映されているニュース番組が流れている。

 

「すげーな……映像を遠くに飛ばす事も出来るし、鉄の塊が街を走って、あまつさえ空を飛ぶんだぜ……」

「使い手により効果にムラのある魔法が廃れるのも、悔しいですが理解できますね……」


 ため息交じりに、感嘆の声を上げるジェレミーとアリア。

 300年後の子孫達は、彼らが想像する以上の社会水準を構築したらしい。

 正に、自慢の子孫達と言ったところだろう。


「しかしさ、レネ。飛行機って言ったっけ? それってさ、世界の端に行ったらどうするんだ? 戻ってこれるのか?」

「ああ、それは私も気になっていました。海における世界の端は想像できます。しかし、空となれば、どういった感じなのでしょうかね?」

「世界の端ですか……? それは、何でしょうか?」


 不思議そうに首を傾げるレネ……。

 首を傾げるレネを見て、不思議そうに首を傾げるジェレミーとアリア。


「だから、世界の端だよ。丁度、この机みたいにさ、海の端って断崖絶壁になってるじゃん?」

「そして、それは空ならばどうなっているのですか? もしかして、見えない壁があるのですか?」


 二人の問いに、しばしの間呆気にとられるレネ。

 何かを言おうとするのだが、2、3度口を上下させるだけで言葉が出てこない。


「あれ? 空の端は分からないのか?」

「航続距離が足りないのでしょうか」


 ようやく我に返ったレネは、居住まいを正して真剣な声で二人に告げる。


「世界は……丸いんです」

「へっ? 何言ってるんだ?」

「世界が丸いって言うのは、この世界が球体という事ですか?」


 そして、ジェレミーとアリアは顔を見合わせた後に、笑い合う。

 

「ははっ、レネは面白いなー。世界が丸いなんて、何言ってるんだよー」

「そうですね……ふふっ。嫌いじゃないですよ、そういう冗談は」

「そう言えば、『先生』が似たような事言ってたなー」


 そして、昔の仲間の中でも最も博識であり、思索家でもあった者を思い出すジェレミー。


「ああ、ルークさんの事ですね? ええ、言ってました言ってました。海をずーっと真っ直ぐに行けば、元の場所に戻って来るって」

「そんなわけないっつーのになー」

「そうですよね。端まで行ったら、下に落ちてしまうのですから」


 しかし、そんな二人をレネは、未だに真剣な表情で見つめている。

 何やら様子がおかしい事と、二人にも理解できた。

 

「えっ……まさか」

「本当に……丸いのですか?」

「はい。この世界は丸いと証明されています。そして、その証明をなさったのは、ルーク=ハルフォード様……お二人が言う所の『先生』です」


 このようにして、二人の講義は進んでいくのだった……。

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