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英雄の帰還(ただし、前科4犯)  作者: 菅野鵜坂
第1章 英雄、帰還する(前科1犯)
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友人の子孫と語り合う その2

 そんなこんなで、レネとジェレミーの会話は続いている。

 ジェレミーとしては、色々聞きたい事があった。

 例えば、この時代の常識であったり、革新的技術の使い方などが、それに値する。

 しかし、どうやら彼の目の前の少女は、それを許してくれないようだ。

 

「で、では! ゲッティング会戦で、ジェレミー様が行った采配は、文献通りなんですね!?」


 もはや、興奮の色を隠そうとしない当代の教皇猊下。

 教皇という重いベールなどかなぐり捨て、一人の少女としてジェレミーと相対している状態だ。


「まあ、そうだね……。敵戦列の中央突破を提案したのは、俺で間違いないよ」

「恐ろしくはなかったのですか!? 彼我の戦力差は2倍近くあったというのに」

「別に怖くはなかったかな。震えていたのは恐怖じゃなくて、武者震いってやつだね。勝てる確信があったし」

「そ、その自信はどこから来たのもなのですか!?」

「部下への信頼。それ以外にあると思う?」


 そう口にするジェレミーの視線はせわしなく泳いでいる。

 先の通り言ってみせたが、実際には違う。

 参謀役だった部下の話を聞いていなかったジェレミーが、単騎で敵に突っ込んだ結果、何だかよく分からないまま、味方が奮起して勝利したというお粗末な戦闘である。

 勝算もへったくれもあったものではない。

 ジェレミーとしては、最も葬り去りたい記憶と言っても過言ではない。


(そんなこと言えねーよな……)


 どうやら、レネの中ではジェレミーが味方を鼓舞するために、「あえて」単騎特攻を仕掛けた事になっているようだ。

 しかも、それが極めて幸せな思考回路を以って限りなく美化されている。

 真実を話す事など、できるはずもなかった。

 

「では、その際に敵将であるフォルクス卿を乱戦の中で討ち取れたのは、やはり歴戦の英雄としての感覚によるものなのですか!?」


(たまたま、豪華な鎧を着た奴を討ち取ったら、指揮官だっただけなんだよな……)


「まあ、そうだね。敵兵だろうが、一流の指揮官ならば纏う空気が違うからね。そういうのは、目を閉じていても分かるもんなんだよ」

「ほぇ……格好良いです」


(不味い……どつぼにハマってる……)


「ああ、ジェレミー様から直接お話しを聞けるとは……。正に神の思し召しです」


 そんな事を言って神に祈ってみせるレネ。

 その様子を目の当たりにして、ジェレミーは乾いた笑いを浮かべる事しかできない。


(重い……レネの憧れが重い……)


「レネは……どうして、そこまで俺を尊敬してくれんだ?」


 ずっと頭にあった疑問だったが、レネは目を見開いて強い口調で熱弁をふるう。


「私だけではありません! 皇国民ならば、誰しも寝物語で『最初の21人』の方々の英雄譚を聞かされたものです」


 この時代において、ジェレミー達は「最初の21人」と称されているらしい。

 義兄であるグラハム=ヴィルヌーブと、彼を助けるために立ち上がった20人の英雄達。

 それが「最初の21人」という英雄だそうだ。

 ジェレミーとしては、恥ずかしいから止めてくれ、と大声を上げそうな呼称である。


「その中でも、ジェレミー様は、断トツの人気を誇っているのですよ!?」


 「自覚ありますか!?」と言わんばかりの、レネの表情だった。

 ぶっちゃけ、ジェレミーには全くその自覚はない。


「そ、そうなの……?」

「当然です! 戦場においては常勝。政治においては賢王。民草には慈悲深い為政者。正に、英雄の中の英雄なのです」


 ジェレミーにとって心当たりがあるのは、一番最初の評価だけであった。

 政治なんてやった事がないし、民草に慈悲を与えた記憶はない。。

 果たして、この時代においてのジェレミーは、どれだけの万能人になっているのだろうか。


「さらには、未来の皇国のために自身を投げ出すその精神。これ程の方を、英雄と呼ぶのに問題がありましょうか!?」


 ちなみに「自身を投げ出す」云々というのは、ジェレミーがこの時代に飛ばされた経緯の事を言っているらしい。


「えーっと、何だか……その。ありがとう」


 他者からの尊敬を邪魔だとか、煩わしと思う程、ジェレミーは捻くれてはいない。

 もちろん、程度にもよるが……。

 

 だが、ジェレミーがレネから向けられている憧れは、偽装されたものでしかない。、

 決して彼本来の実力や成果による物ではないのだ。

 後の歴史家や民衆が、過度な理想を押し付けていると言っても良いだろう。

 面白くない、とまでは言わない。

 しかし、どこか居心地の悪さを覚えてしまう。


「ジェレミー様に憧れて軍に志願する若者は、現代でも多いのですよ」


 ジェレミーが一番弱っているのは、それである。

 他者の人生に影響を与える程、自分は出来た人間ではないと思っている。

 あえて悪い表現をするならば、レネが言ったような若者は、ジェレミーの虚像に「騙されて」人生を選んでいるのだ。

 酷くいたたまれない、というのがジェレミーの本音であった


「あっ、でも……。女の子だったら、アリア様に憧れる人も多いですね」


 唐突にレネが口にした人名を認識にした刹那、ジェレミーは体を硬直させる。


「アリアって……アリア=スノウ?」

「はい。皇国最初の女性将校である、アリア=スノウ様です」


 アリア=スノウ……ジェレミーの副官であり、幼馴染であり、妹分だった少女の顔が浮かんでくる。

 ただし、その表情は決して柔らかい物ではなく、眉間に皺を寄せてジェレミーを睨んでいるという剣呑なものであった。

 恐らくは、ジェレミーが、この世界で最も恐れる人物である。

 何かジェレミーが「やんちゃ」をすると、口ではなく拳で反省させる少女だった。

 幼い頃はジェレミーの背中をついて回り「お兄ちゃん」と呼び、慕ってくれたのが懐かしく感じる。

 

(何も相談せずに、あんな事をしたんだから……めちゃくちゃ怒っているんだろうな)

 

 うすら寒さを感じているジェレミーを、どう解釈したのかレネが労わりの言葉をかけてくる。

 さらには、理解不能な事に彼女の瞳には、うっすらと涙すら浮かんでいる。

 

「やはり、お辛いですよね……」

「えっ、何の事?」

「無理をしないでください……。不肖の身ではありますが、私も神に仕える者。ジェレミー様の心を癒すのに、多少なりとも力になれるかもしれません」

「いや、だから……何を言ってるの?」

 

 何故か張り切っているレネではあるが、ジェレミーには全く理解できない。

 別に、癒しが必要な程に傷つけられた心は持っていなのだが……。


「あれ? えっ……でも」


 話が噛み合っていない事にようやく気付いたらしいレネは、目を白黒させている。


「恋人であるアリア様と離別なされたのですから……」

「へっ……?」


 予期せぬ単語を耳にして、ジェレミーは硬直する。

 きっと傍から見れば、今のジェレミーは相当に間抜けな表情になっていただろう。


「ちょっと待って……誰と誰が恋人だって?」

「ジェレミー様とアリア様です」

「俺とアリア?」

「はい」


 しばしの沈黙。

 そして、ジェレミーは頭を抱える。


「この時代では、そうなっているの?」

「えっ、違うのですか!?」


 驚愕、というのは今のレネの表情を指す言葉なのだろう。

 口元に手を当てて、必死に冷静さを取り戻そうとしているのが良く分かる。


「どこで何を間違えたのか分からないけど、俺とアリアはそんな関係じゃないよ」


 先にも述べた通り、副官、幼馴染、妹分……などジェレミーとアリアの関係を形容する単語は様々である。

 しかし、その中に「恋人」という単語は存在していない。


「えーー、そんな……」


 素が出ているレネの嘆息であった。


「ちょっと待て。どうして、そこで残念がる」

「どうして、と言われましても……。ジェレミー様とアリア様の悲恋は、ダーレイ戦記……ジェレミー様達の活躍を描いた本なのですが……その中で最も人気のある部分なんですよ」

「著者は誰だ? 今すぐ殴りに行く」

「250年前に亡くなってますから、それは無理かと……」


 冷静なレネの突っ込みを受けて、ジェレミーは何とか我を取り戻す。


「とにかく、この世界では俺とアリアが、恋仲って話になってるんだよね?」

「芝居の題目としても人気がありますし、今でもお二人の関係を描いた本が出版される程ですよ」


 そして、レネは立ち上がり、本棚から数冊の文庫本を持ってくる。


「ここ5年の人気作だけでも、これくらいありますから」

「歴史学者は、何をしてたんだよ……」


 積み上げられた文庫本を一冊手に取り、裏表紙に書かれている粗筋を読んでいくジェレミー。


「えーっと……異世界に送られたジェレミー=ヴィルヌーブであったが、主神ユリゼンの加護によって皇国へと戻って来る。一度は離別した二人であったが、再会した事によって再び恋の炎が激しく燃え上がる……」


 ジェレミーは思わず、文庫本を手から落としそうになる。


「恋の炎って……元から燃えてもないのに」

「でもでも、少しくらいはありましたよね?」


 まだ希望を捨て切れていないのか、レネは身を乗り出してジェレミーに問うてくる。

 

「生憎と無いね……」

「えー、恥ずかしがらないでくださいよー」


 どんどんレネの口調が砕けたものになる。

 どうやら、この時代でもレネくらいの年齢の少女は、色恋沙汰が大好物のようである。


「だって、小さい頃から一緒だったんですよね? 命がけの戦場を駆け抜けて、寝食を共にした仲なんですよね?」

「確かにそうだけど、残念ながら全く無かったね。神に誓っても良いくらいだよ」


 不服気なレネではあるが、それよりもジェレミーには確認したい事があった。


「アリアは……どうなった?」


 かなりの迷惑をかけたであろう事は、ジェレミーに予想が出来た。

 義兄と仲間達の事だから、悪くは扱っていないだろうとも思ってはいるが……。

 

「アリア様は……」


 やや言い難くそうにして、レネは小さな声で告げる。

 

「ジェレミー様が失踪した後、全ての職を辞されました。その後の、足跡は残っておりません」

「そうか……」


 予想はしていたが、それでも苦い物がジェレミーの中にあった。

 まさか殉死などはしないと思うが、それでも彼女には皇国の力になって欲しかった。

 そんな自分勝手な思いを抱いてしまう。


「まあ、アリアの事だ。良い人生を送ったに決まってるな」


 沈んでいるレネに対して、ジェレミーは笑いながら肩を竦めてみせる。

 するとそれにつられたようにレネも「きっと、そうですよね!」と言って、何度も頷いてみせる。


「まあ、この小説にあるみたいに……辺境を回って悪領主共を成敗したってのは、存外にあり得る話だと思うよ」


 一冊の文庫本を手にとって、そんな妹分の姿を想像するジェレミーであった。

 

(いや……笑い話じゃなくて、本当にやりかねないからぞアリアなら……)


 自らの冗談を反芻して、うすら寒くなるジェレミーであった。



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