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英雄の帰還(ただし、前科4犯)  作者: 菅野鵜坂
第2章 英雄、旅に出る(前科4犯)
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じゃれ合いの始まり

抜けるような青空という表現がある。

今、ジェレミーの頭上に広がる空が正にそれだろう。

降り注ぐ日差しの下、ジェレミーは背伸びを一つする。


「それにしても、良い天気だな」


結局、ロブの提案(?)によって、舞台は移動と相成った。

出鼻をくじかれた形になったアリアとシモーネだったが、既に戦闘意欲の再充電は完了しているようだ。



そんな二人とは対照的に、ジェレミーの隣では二人の男女が諦観の念を相貌に張り付けていた。

特にロブの方が深刻であり、先程どこかに携帯電話で連絡を取ってからは、この世の終わりといった表情になっている。


「なあ、どうしたんだよロブ? 悩みがあるなら話してみろよ」


この数十分の間に一気に老けこんだ友人に対して、ジェレミーは問う。


「悩みの種は、君達だよ……」と言いかけたロブだったが、すんでの所で堪える。


「ここに移動する途中に確認したんだよ、シモーネが収監されているべき場所に……」


もちろん、脱走しているならば、ここゲッティングでもそれなりの騒ぎになっているはずだ。

それにもかかわらず、警察を始めとした組織が何がしかの行動を起こしたようには思えなかった。

確認の電話を入れる前から、ロブは表現しがたい違和感を覚えてはいた。


「ゲッティング魔法刑務所にですか?」


チェルシーの確認に、ロブは一つ頷いて続ける。


「はい……そしたら……もう、意味が分からないんですけどね……。シモーネー=フォルクスは、一昨日の朝に獄中で死亡しているのが確認されたそうです」

「じゃあ、あそこにいるのは幽霊? 先祖の恨みを忘れられず、化けて出たとか?」

「非科学的ですね」


ジェレミーの適当な推理を言下に否定するチェルシー。

地味にその声が震えているのに、気付かないふりをするジェレミーとロブ。


「宗教団体の職員とは思えない発言ですね……チェルシーさん」

「俺が生きていた時代は、死んだと思った人間が生きていたなんて、よくあったけどねー。死体の確認の不手際とかで」

「300年前は、そうかもしれないけど現代ではあり得ないね」

「となれば……『そう言う事』をできる人達が関わっている、としか……」

「そうなりますよね……」


そして、ロブとチェルシーは難しい声で相談を始めるのだが……


「でもさ……別に、問題ないんじゃない?」


ジェレミーの言葉で、二人の動きが止まる。


「いやいや、問題だらけだよ」

「この状況のどこが問題ないと?」

「だってさ、何か重大な犯罪が起きた? 誰か怪我人が出た? 現時点で起きた事なんて、二人が魔法を使って、この場から人を退去させたくらいだよね?」


ジェレミーは言葉を続ける。


「それに社会的には、シモーネって奴は死んだ事になってるんでしょ? だったら、脱獄も起きてないって事だよね?」

「いや……まあ、そうなんだけどね」

「しかし……この状況がどの様な経緯で、誰の意志でもたらされたものかが分かりません」


もっともなチェルシーの言葉だったが。


「そんなのは、後で本人に聞けば良いじゃん。アリアがシモーネを倒して、事情聴取をする。完璧じゃん?」


簡単に言ってのけるジェレミー。

ある意味では、もっともな言葉ではあるが……。


「市民が傷つくわけでもないし、大きな犯罪になるわけでもない。別に、慌てる要素はないんじゃないの?」


確かに、極論ではあるがジェレミーの言葉はある意味で的を射ている。

現状で起た、もしくは起こるであろう犯罪は、魔法の乱用と決闘罪(死者が出ない限りだが)、それから器物破損程度のものであろう。

犯罪に違いはないが、いわゆる「凶悪犯罪」というカテゴリーに入るわけではない。


身も蓋もない言い方をすれば……


「何だか……すごく奇妙な感じがする」


という短い言葉に集約されるのである。


何よりもまず、シモーネを脱走(?)させた者達の狙いが分からない。

シモーネを脱走させて社会的混乱を引き起こす? しかし、それにしては脱走させた犯人が善人(?)過ぎる。

それは、観光客を事前に退去させた事からも理解できる。

言ってしまえば、シモーネの利用価値が想像できないのだ。


これがもっと血も涙もない極悪犯罪者ならば、まだ話が分かる。

何がしかの対価を支払い殺し屋にするもよし、自由気ままに暴れさせて混乱を引き起こすもよし。

しかし、シモーネにその役割を期待するのは無理と言う物だろう。


もちろん、ロブはシモーネに気を許しているわけではない。

かと言って、射殺でもして無力化するとまでの敵意や危機意識を持っているわけではない(警官としては不適切かもしれないが)。

つまるところ……


「絶妙なラインなんですよね……シモーネ=フォルクスは」


チェルシーがロブの内心を代弁するのだが、その表情は晴れないものであった。


「まあ……とにかく、アリアがシモーネを倒さないと何も始まらないんだけどね」


ジェレミーが他人事のように、ムダに爽やかな笑みを浮かべていた。


「そのアリアですが……何だか、難しそうな顔をしていますが」


場所を変えた事で出鼻をくじかれた二人は、何故か示し合わせたように準備運動などをしている。

何とも奇妙な光景ではあるが、それに文句を言う事もできないロブとチェルシーである。

と言うよりも、変に刺激して余計に状況が悪化するのは避けたいというのが本音だった。


「もしかして……分が悪かったりするのかい?」


心配げにロブが尋ねるのだが……


「いや、そうじゃないな……あれは考えてるんだと思う」

「「考えてる?」」

「うん、前口上を」

「しかしジェザ……それは先程聖堂で口にしたのでは?」

「うーん、そうなんだけど、場所が変わっちゃったからね。二人とも知ってると思うけど……アリアって結構バカだよ?」


「お前が言うな」とロブとチェルシーは言いかけたが……それでも、ジェレミーの方がアリアよりマシである事は分かっている。


「アリアとしては、戦は仕切り直しと思ってるわけなんだよ。だから、もう一度口上をやらないとっていう義務感があるはずなんだ」

そうジェレミーが口にすると同時に、アリアは準備運動を追えシモーネに向き直った。

**********************

「完璧と言わざるを得ません」


アリアはそう呟いた。

この時代に来て初めての戦。

やはり、華々しく決めなければならない。

そういった義務感が確かに胸の中にあった。


「相手は過去に打ち倒した者の子孫。加えて、文句のつけようがない舞台……」


自ずと鼻息が荒くなる。

300年ぶり……アリアにとっては一年ぶりの戦である。

テンションが上がらないはずがない。


「ふふっ、私の戦いぶりを見ればチェルシーとロブは、私達に対する認識を改めるでしょう」


特段、尊敬を求めているわけではない。

しかし、現時点でアリアは自らとジェレミーに対する二人の生温かい視線が微妙に引っかかっていた。

この一戦で華々しい勝利を上げれば、その認識も変わるというものだろう……という完全なる勘違いを抱いていた。


「くふっ……くふっふふ」」


ちなみに、件の二人はどん引きしてるのだが、それをアリアが知る由もない。


やがてシモーネも準備運動を終えたのをアリアは認めた。

そして……自らが用意した前口上を口にしようとするのだが……


***************************


「舐めやがって……」


屈伸運動をしながらシモーネは毒づいた。

バカにされている、見くびられている……それがシモーネの抱いている思いであった。


アリアと戦うことに納得しているわけではない。

しかし、異存があるわけでもない。

確実にアリアは強者であるし、不甲斐ない祖先の仇でもある。

シモーネの戦闘意欲を刺激しないはずがない。

戦いたいか、と問われれば……是となるだろう。


しかし……


「仇にも格っていうものがあるだろうが……」


先程アリアが口にした台詞と同様のものを口にして、シモーネは準備運動を終えた。

そして、仇敵に向き直るのだが……


「あー、あー」


とアリアは何故か発声練習らしき事をしていた。

実際は、前口上に備えてのものでしかないのだが……


ただの発声練習でしかないのだが、シモーネにとっては「詠唱」の開始にしか思えなかった。

そのため、シモーネは既に戦闘が始まっていると認識する。


(先手を取らせるわけにはいかない)


ここに移動する際に、密かに仕込んでいた魔法を発動させる。

効果は単純な物であり、身体能力の強化。

シンプルであるがゆえに、使用者の力量に最も左右される類の魔法である。


両足に溜めた力を一気に解放。

轟音と共に、シモーネの足元の地面が爆ぜる。

しかし、その音が周囲に響くよりも先に、彼女の姿は無防備なアリアの鼻先にあった。


「潰れろ」


アリアの頭を正面から鷲掴みにし、そのまま地面に叩きつける。

打ちつけられたアリアの「頭」を中心に、地面にクレーターが出来上がる。

もちろん、攻撃をそれだけで終わらせるつもりはない。

一呼吸の間も置かないで、彼女の口が言葉を紡ぐ。


「幼児の信仰

 幼児の疑心

 勝者の叫びと敗者の罵声

 死した国の葬儀で踊れ……」


ふと目を移すと、アリアの頭を鷲掴みにしたままの右手が光り始める。

基本的に魔法とは、その威力に比例して詠唱は長くなると言われている。

もちろん、詠唱として紡ぐ言葉は個々人によるが、その「長さ」にはある程度の基準がある。

シモーネが使用しようとしている魔法ならば、この倍の詠唱が必要になるのが普通なのだが……。


「以下略!!!」


シモーネの適当極まりない言葉と同時に、脳髄を直接揺さぶるかのような爆発音が響く。

発動場所(アリアの後頭部)を中心とした爆発は、轟音に一拍遅れて尋常じゃない程の土埃を発生させる。


傍から見れば、「オーバーキル」も良い所の攻撃だっただろう。

実際、この戦いを見ているチェルシーは、今にも卒倒しそうであった。


やがて、弾かれた様に土埃からシモーネが飛び出してくる。

土埃を切り裂くシモーネだが、その表情に余裕はなく、彼女の背中は汗でしとどに濡れていた。

その理由を彼女自身が、一番よく分かっている。


(仕留めきれていない……)


感触、手応え、相手の筋肉の動き……そして、今も感じる例えようのない圧迫感。

仕留めるどころか、効果があったかすらも怪しい。

そう判断した後の行動は早かった。



「愛し子よ甘い夢に影を作れ

 繭を編んだ冠は長い夜を慰める

 眠れ眠れ愛し子よ

 神と母の涙の下で……」

 

(この機は逃さない。畳みかける)


最早、焦りに近い心境だった。


「以下略!!!!」


シモーネの正面に巨大な魔法陣が浮かび上がると同時に、それが高速で回転し始める。

同時に、彼女の背後には巨大な光球が存在していた。

そして、光球が細かく分裂し、回転する魔法陣に目にも止まらぬ速さで飛び込んでいく。


この光景を見たロブは、何故か「ガトリング砲」を想像した。

果たして、その想像は彼にしては珍しく的を射ていた。

ちなみに、その隣ではチェルシーがとうとう卒倒した。


回転する魔法陣に飛び込んだ光球が高速で射出されていく。

ようやく消えかけた土埃が、再び激しく巻き上がる。


鼓膜まで破壊しそうな程の轟音は、たっぷり一分も続いただろうか?

そして、光球が消滅すると同時に、展開されていた魔法陣が消失する。


「はぁ……はぁ……」


膝に手をついて、シモーネが獣のような呼吸音を上げていた。

ここまで短時間で、これ程の魔法を行使したのは生まれて初めてだった。

キツイどころの話ではなく、吐き気と寒気すら感じている始末だ。


「これで、少しは有利に……」


そんな事をシモーネが呟いた時だ……


「不意討ちは、如何なものかと思いますよ」


「怒り」と言うよりも、「不満気」な言葉が聞こえた。


この言葉が、もしかすると本当の「前口上」だったのかもしれない。

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