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英雄の帰還(ただし、前科4犯)  作者: 菅野鵜坂
第2章 英雄、旅に出る(前科4犯)
19/20

観光地での素敵な出会い

「なあ、アリア。つけられてるよな?」


今日の天気の話題をするように、本当に何気ない口調でジェレミーが言った。

その視線は砦の壁面につけられた古い傷に向けられていた。


「そうですね。二名……男が一人、それから女が一人」


それに答えたアリアもまた、砦の壁面につけられた古い傷を愛おしそうに見つめている。

ジェレミーとの会話には、全くの興味を示していないかのようだった。

その証拠に……


「間違いなく、この傷はジェザが酔ってつけた刀傷ですね」


壁に走っている一筋の傷を指さして、少しだけ懐かしそうな口調になる。


「うーん、やっぱりそうかな? まさか、この時代まで残るとは……」


そんな呑気な会話をしている二人であったが、引率役の二人は飛び上がるほどに驚いていた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。えっ、つけられてるの!?」


慌ててジェレミーの肩を掴むロブだったが、当の本人は興味なさそうにしている。

当然ながら、ロブにとっては大問題と言わざるを得ない。

自らに課せられた任務を思えば、当然の反応であろう。


「うん、そうだけど?」


「どこ? 誰? どんな奴ら?」


矢継ぎ早に問うてくるロブに気圧されたのか、ジェレミーはゆっくりと人差し指で後方を示す。


「ほら、あそこにいる二人組。丁度、団体観光客の最後方にいるでしょ? スーツの男と、くせっ毛の女。何故かは分からないけど、女の方はすっげーテンションがた落ちって感じになってるけど」


そうは言うものの、ロブには件の男女のペアなど「見えない」。

それはチェルシーも同様らしく、小首を傾げている。


困惑した様子のロブを見て、ジェレミーは一つ手を叩く。


「あー、気配消してるから見えないのか。ごめんごめん、今から二人にかかっている魔法を解除するから」


そう言って、ジェレミーは指を軽く鳴らす。

パチン、という小気味よい音がロブとチェルシーの耳に聞こえると同時に……


「「……えっ?」」


ロブとチェルシーは同時に困惑の声を漏らす。

今まで「見えていなかった」はずの人物が、その視界にいきなり浮かび上がって来たからだ。


「暗殺者が良く使った手ですね」


静かな声でアリアが補足する。


「見えているけど、それを認識できないようにする魔法です」


「見えているけど、認識できない?」


オウム返しという文字そのままに、ロブが問い返す。


「人間はその視界にある物を全て認識しているわけではありません。注意が向く、とでも言うのでしょうか? その部分しか人は物を認識できないのです」


「その注意を削ぎ落とす魔法を、あの女が使っていたんだ。アリアが言った様に、暗殺者が使っていた典型的な魔法だね」


「見えているのに、認識できないか……」


何となくではあるが、ロブはその言葉を理解する事が出来た。

そう言った魔法が存在する事は彼自身知っていた。

しかし、魔法が廃れている現代において、使われる機会などほとんど存在しない。

何より、難易度が馬鹿みたいに高いのだ。


「しかし、良く気付きましたね二人とも」


感心したようにチェルシーが、ジェレミーとアリアを見やる。


「ふふん、これくらいはね」


「当然のことです」


普段は厳しいチェルシーからの賛辞を受けて、二人は得意げに胸を張っている。


「まあ、あの少女も中々の使い手だとは思いますよ。我々でなければ、察知する事など不可能でしょうから」


「300年前でも、そこそこは通用するレベルだよな」


そんな事を言っている二人であったが……


「ん? ロブ、どうしたんだ?」


急に黙り込んだロブに気付き、その顔を覗き込むジェレミー。


「おいおい……冗談だろ?」


覗き込んだ友人の表情は「驚愕」の二文字がありありと浮かんでいた。

彼の視線の先には、件の少女が俯いて肩を震わせ、それを慰めるようにスーツ姿の男性がわたわたと声をかけている奇妙な画があった。


「知り合いですか?」


小首を傾げながらそう問うたアリアだったが、直ぐにロブに否定される。


「シモーネ=フォルクス……?」


ロブがそう呟いた時、件の二人組のとジェレミーの視線がかち合った。


********************************


「まさか……嘘でしょ?」


いきなり顔を上げたシモーネに驚いたルーベンが、一歩だけ後ずさった。


「えっ、何? どうしたの?」


塞ぎこんでいたはずの研究対象(?)が顔を上げたのは良いが、あまり宜しくない徴候である事は理解できた。


「気付かれたっぽい……ジェレミー達に」


シモーネの視線と、ジェレミーのそれがかち合う。


どうして気付かれた?

その疑問だけが、頭の中で駆け回っていた。

逮捕の原因となった陸軍特殊作戦群の駐屯地への乱入時も、事を起こすまでは気付かれる事はなかった。

それにもかかわらず、目の前の二人には気付かれた。

それも、シモーネに「気付かれた」と思わせることなくである。


「ははっ、冗談みたい」


口ぶりは軽いが、それでもシモーネは自分の中で急速に熱が高まるのを感じていた。

先程まで覚えていた、先祖に対する忸怩たる思いなど既に霧散している。


「あいつらは、本当にジェレミーとアリアなのか?」

そんな疑問など、既に頭の中にはない。


「さて……どうしようかね……」


とは言っても、発見されてしまった時点で、選択の余地が無い事はシモーネにも良く分かっていた。

自分を位置も簡単に認識した人物(それも二人)から、簡単に逃げられるとは思っていない。


加えて、ジェレミーの傍にいる男性は、明らかに実力を伴った国家権力に属する物だ。

懐の膨らみ具合からもそれが容易に察せられる。

加えて、彼には自分の身元がバレているだろう、浮かべた表情から容易に判断できた。


となれば、答えは一つ。


「ぶっ倒して逃げるしかないよね」


もちろん、倒したからと言って、これから安穏と一般人の生活を送れるかは分からない。

だけど、この場で負けてしまえば……余りよろしくない状況になる事は何となく想像できた。


********************************


「シモーネ=フォルクス?」


ロブが口にした人名を、そのまま繰り返すジェレミーだったが、その姓にどこか聞き覚えがあった。


「フォルクス……聞いた事がありますね」


それはアリアも同様だったらしく、ジェレミーと一緒に顎に手を当てて考え込んでいる。


「シモーネ=フォルクスは……魔法犯罪者なんだ。それも、とびきり上級の」


ロブは表情を硬くさせたチェルシーに向き直る。


「去年の夏に陸軍特殊作戦群の駐屯地に乱入して、逮捕された未成年犯罪者がいたのを覚えていますか?」


「え、ええ……ありましたね。確か、数十人の兵士に対して暴行を働き逮捕されたと記憶していますが」


「その犯人が、あそこにいるシモーネ=フォルクスです。報告書にあった顔写真と間違いなく一致します」


「しかし……どうして、そんな犯罪者がここにいるんですか? 服役期間はまだ終わっていないはずですが?」


大きく取り上げられた事件であり、国内でその事件を知らない者はいないだろう。


「ええ、その通りです。懲役5年以上10年以下の不定期刑になっているはずなんですが……」


そんな会話をしつつも、ロブは頭の中で今後の行動をシミュレートし続ける。

逃げるか? 応援を要請するか? それとも……


そんな事を考えていると……


「思い出した」

「思い出しました」


ジェレミーとアリアが、同時に手を叩いた。


「そうだよ、フォルクス卿だ」

「ええ、この地でジェザに簡単に打ち取られた小物の名です」

「いや、大事なのはそこじゃなくてね……」


喉に引っかかっていた小骨が取れたかのように、すっきりした表情を浮かべている二人に対してため息交じりで言葉をかけるロブ。


「いえ、概略は把握しました」


きっと眦を決して、アリアが右手でロブを制する。

極めて嫌な予感が、ロブの中に芽生えた。

得てして、アリアがこういった真面目な表情をすると碌な事がない。

それは初対面の際から痛い程に理解していた。


「つまり、あの少女は敵討に来たのです」


そう力強く断言するアリア。


やはり、と言うべきか?

碌な結論にたどり着いていない。


「いやいや、それはおかしいよね? 大体にして二人がこの世界に来た事なんて知らないはずだろうし、この場に二人がいる事なんて知る由もないよね?」


しかし、ロブの言葉をアリア聞こうとしない。


「ふふっ、可愛らしいではありませんか……。やはり若者は向こう見ずな情熱が無ければなりません」


「あ、あの……アリアさん? ちょっと落ち着いてもらえますか?」


どこから突っ込めば良い?

とりあえず、お前も若いだろうとか言ってみるか?

ロブの頭は混乱しきっていた。


「しかしながら、若者の鼻っ柱を折るのも老兵の役割と言えるでしょう」


完全に自分の世界に入りきっている……。

ロブは悟った。


「多分、無駄ですよ……聞く耳を持たない状況ですね」

「アリアって意外に、『酔いやすい』ところがあるからね」

「車だけではなく、自分の言葉にも酔うのですか?」

「そうそう。突撃前の演説とか大好きなタイプ」

「何だか分かる気がします。演説が長すぎて、逆に兵士を疲労させるタイプですね」


チェルシーは現実逃避を始めたのか、ジェレミーと談笑を開始する始末であった。


「あのさ、ジェザ……一応、止めてくれないかな?」


微かな希望を以ってロブは言うのだが……


「無理だと思うよ。向こうやるつもりだろうし」


そうジェレミーが言った瞬間、流麗な動作でシモーネが魔法を発動した。


*********************************


「これで良し……」


魔法を発動し終えたシモーネは、軽く息を吐く。

彼女が今しがた発動した魔法は、簡単に言えば「人払い」の効果を持つ者である。

とは言っても、そんなに大したものではない。

広範囲に及び「何となく、この場にいたくないな……」という思いを抱かせるだけの魔法である。


一般の人間にとっては嫌がらせにしか使えないような魔法だが、シモーネが使用すれば、それは確かな効果をもたらす。

彼女の期待通りに、聖堂にいた観光客は波を引くように別の場所に移動して行く。


このまま行けば、数分後にはこの砦から観光客は消えるだろう。

バトルマニアと言っても過言ではないシモーネだが、それでも無力な一般人が巻き添えを喰らうのは避けたいと思っている。

犯罪者が何を言うかと思われるかもしれないが、彼女には彼女の流儀と言う物があるのだ。


「あ、あのさ……何だかここを離れたくなったんだけど」

「アンタまでかかってどーすんの……」


隣にいる眼鏡の男は、魔法好きなくせに魔法に対する耐性が無いようだ。

そのアンバランスさに、何故かため息が漏れてしまう。


「男なんだから、少しくらい我慢しなよ」


ルーベンに軽くローキックを入れた後、シモーネは次の魔法を発動しようとするのだが……


「なに……この魔法?」


刹那の間に、広範囲に魔法が展開されたのがシモーネには分かった。


「外部からの干渉を防ぐために、結界を張らせてもらいました」


事もなげにアリアが、シモーネの覚えた違和感の答えを口にする。


「それはまた、ご丁寧に……」


軽く答えてみたものの、シモーネの内心には焦りがあった。


(つーか、こんなに広域結界の魔法なんて聞いた事ないんだけど……)


アリアが行使した魔法は、シモーネにとって未知のものであった。

現代においては魔法はある程度体系化されている。

確認され類型化された──これはつまり理論的には誰にでも模倣可能と言う意味であるが──は300強存在する。

しかしながら、アリアが今使用した魔法はそのどれにも該当しない。


となれば……


「特異魔法か……」


体系化不可能……つまり、開発者にしか使用できない魔法をアリアは使用した事となる。

それは即ち、目の前にいるアリアが「丙種」に分類される魔法使用者だと言う事である。

魔法使用者が丙種に分類されるためには、魔法技量はもちろんの事、それ以前にある最低限の条件が存在する。

それが特異魔法の行使である。


「て言うか……本当にいつの間に発動したんだろうね……」


シモーネの唇が歪む。

特異魔法は、その効果と威力の高さの条件として、発動までに少なくはないタイムラグが要求される。

目を離したのは、ルーベンにローキックを入れた一瞬だけだ。

その間に詠唱し、魔法陣を描写し発動させるとは……


そんなシモーネの焦りを知ってか知らずか……


「凄い凄い、特異魔法を間近で観察できるなんて……」


アリアが発動した結界を測定するべく、いそいそと鞄から計測機器を取りだすルーベン。


こいつはこいつで幸せな人生何だろうなぁ……と、どうでも良い事を考えるシモーネ。


「これで宜しいですか?」


自らの結界魔法に満足したように頷いた後、アリアは一歩だけシモーネとの距離を詰める。


「なんだよ……メチャクチャやる気じゃん」


歴史書で知っているアリア=スノウとはイメージがまるで違った。

いや、彼女達の現代での映像を初めて見た時から、幼い頃から抱いていたイメージは崩壊している。

しかし……こうやって対峙していると、眩暈を覚える程にアリアに対する認識が揺らいでいく。


「ふふっ、健気にも先祖の仇を討ちに来ましたか……とはいえジェザに挑むにも格という物が必要」


傍から見れば悪役としか思えないアリアの言葉だが、本人は「やはり、前口上は戦の華ですよね」と思っていたりもする。

もちろん、その様な事をシモーネが知る由もない。


「故に、ジェザの副官たる私が計ってあげましょう。貴女の格というものを」


アリアは「決まった……」と思ったのか、小さくガッツポーズをしている。

しかしながら、シモーネにとっては、その仕草はただの挑発にしかならない。

恐らく、これを格好良いと思うのは、遠くにいる当代の教皇くらいのものだろう。


「吠え面かかせてやる……」


そして、挑発に乗りやすいのがシモーネ=フォルクスという少女である。

ある意味では、相性の良い二人だとも言える。


絶対に……ぶっ倒してやる。

そう決意し、シモーネは戦闘態勢に入る。


一回だけ深呼吸をして精神を統一しようとした時だ……


「ちょ、ちょっと待って……今測定器を」


魔法オタクが慌てた声を上げるが、シモーネの耳には入ってこない。

既に彼女は自分の世界に没入しているのだ。



(まずは……その余裕ぶった面をボコってやる)


シモーネのテンションが最大限までに高まったのだが……


「ちょ、ちょっと待ってくれるかな!?」


シモーネのやる気が、一気に削がれた。

それはアリアも同じようで、目を細めて発言者を睨む。


「邪魔するのですか、ロブ?」

「邪魔すんのかよ、ポリ公」


二人から同時に威嚇され、ロブはたじろいだように二歩だけ後ずさりをする。

しかし、そこで何とか踏ん張り再び口を開く。


「と、止めるつもりはないけど……とりあえず、ここでやるのは遠慮して欲しいんだけど。ほら、この聖堂を壊しちゃうのは、流石に不味いよね?」


と極めて小市民的、かつ間抜けな提案をする。


しばし悩んだ様子のシモーネとアリアであったが……


「まあ、良いでしょう……」

「確かに、ここを壊すのは忍びないね……」


と渋々ながらも同意するのであった。



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