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英雄の帰還(ただし、前科4犯)  作者: 菅野鵜坂
第2章 英雄、旅に出る(前科4犯)
18/20

観光をしよう

ゲッティングの西方、小高い丘の上には石造りの砦がある。

その砦の名前は「リッカ砦」と言い、この国の国家遺産に指定されている。

500年程前に建てられたこの砦の始まりは「リッカ」という聖職者が個人で建設した伝道所でしかなかった。

しかしながら、その伝道所はそれだけで一冊の本が書けるほどの紆余曲折を経て、改築と増築を繰り返し一つの砦となるに至った。

その歴史は割愛する事にしても、この砦は皇国史においては何かと重要な局面で登場する事になる。


かつては皇国内外問わずの勢力同士が激しい戦闘を繰り広げた砦ではあるが、今では戦略的な重要性等は存在せず、ただの観光地となっている。


さて、その砦の北側には観光地にはつきものの土産物店が軒を連ねている。

その土産物店の一つでは、二人の男女が並べられている土産物に目を輝かせていた。


「なあなあ、これなんてお土産に良くないか?」


ジェレミーが指さしたのは、極めてセンスの悪いペナントであった。

白地に赤で「ゲッティング」という地名が無駄に大きく刺繍され、背景としてリッカ砦の外形が青糸で刺しゅうされている。


いわゆる「お土産にもらって困る物」の上位常連とも言える物だ。


「悪くないですね。しかし、それだけでは少々寂しくはありませんか? もとより寂しいレネの執務室です、もう少し派手で見栄えのする物を増やすべきでは? 例えば、これなど……」


そう言いつつ、アリアが指さしたのは……


「バチェラのナイトの駒か? 随分とでかいな」


アリアが指さしたのは、バチェラというボードゲームで使用される駒の一種であった。本来ならば、親指程度の大きさの駒でしかない。

しかし、彼女が指さしたのは両手で抱えなければ、持ちきれない程のサイズであった。


「ここゲッティングはバチェラの駒とボードの一大生産地です。そのため、こう言った土産専門の物を作成し販売しているようです」


これもまた、「お土産にもらって困る物」の上位常連とも言えるのだが……


「悪くないな。これをドーンって、レネの執務室に置けばさぞかし見栄えが良いだろうな」


そんなふうにしている二人から少し離れた所で頭を抱えている男女二人がいた。


「止めなくて良いんですか、チェルシーさん……?」


お目付け役の一人であるロブが、隣にいる女性に恐る恐る問うのだが。


「……無駄ですよ」


少しだけ唇を震わせながら、もう一人のお目付け役が細い声を発する。


チェルシーの言う通り、現在までに何度も何度も「まとも」なお土産を選ぶように言ってはいるのだが、その度にお土産のチョイスが悪化している。

しかも、ジェレミーとアリアには「悪気」と言う物がこれっぽっちも存在していないのが、余計に性質が悪い。


むしろ止める事により、状況が悪化するのをチェルシーは恐れているのだった。


数カ月後の皇国国教会第39代教皇の執務室の惨状を想像して、チェルシーは大きなため息を吐く。


「猊下は恐らく……いえ、確実にお喜びになるのでしょうが……」


幼い頃から憧れていた英雄からの贈り物だ、喜ばないはずがない。


むしろここは好きなように買い物をさせて、その後の対応策を練った方が有用と言えるだろう。


「どうせだったらさ、色違いの駒も揃えないか?」


「それは素晴らしい意見ですね。かさばる物ですが、この場で郵送も出来るらしいので重量を考慮する必要はないでしょう」


弾む様な口調で二人の物色は続いていく……。


*********************************


「ねえ、あれが本当にジェレミーとアリアなの……?」


ジェレミーとアリアがいる土産物屋の正面にある喫茶店には、二人の男女がいた。

窓際に座るその男女の視線は、土産物店で品定めをしているジェレミーとアリアに注がれている。


「そのはずなんだけどね……」


どこか不格好に思えるスーツ姿の男性が、正面に座る少女に答える。

茶色の癖っ毛が特徴的なショートカットの少女……シモーネは、胡散臭そうな目を男性……ルーベンへと向ける。


「ガセなんじゃないの? かの英雄が、あんなにセンスのない土産物を大量に購入してるなんて、性質の悪い冗談じゃん」


「と言われてもね……」


煮え切らない態度のルーベンに苛立ったように、シモーネが人差指でテーブルをリズミカルに叩く。

何と言う事のない仕草だが、何故かルーベンは身を竦ませる。


「なんでビビってんのさ?」


「だ、だって……また殴る気でしょ? 昨夜みたいに」


「あ、あれはアンタが悪いんだから、仕方ないでしょうが!」


「ひいっ」


怯えた小動物の様に震えるルーベン。


「大体にして、人が寝てる時に変な事をしようとしたアンタが悪いんだからね! 殺されなかっただけでも、感謝しろって話」


昨夜、二人は同じ屋根の下で一夜を過ごす事になった。

その前提を考慮すればシモーネの口にした「変な事」とは、つまりは「そう言う事」になりそうなのだが……。


「た、ただ単に……寝ている魔法能力者の脳波測定をしようとしただけじゃないか……それなのに、いきなり殴るなんて酷いよ」


「アンタ、やっぱり殴られたいの?」


シモーネが怒っている理由は二つである。


1・寝ている状況で「変な事」をされた事。

これは年頃の少女であろうとなかろうと、怒って当然の話だろう。

安眠している最中に気付けばヘッドギアを嵌められ、良く分からない計測機械に接続されれば怒って当然である。


2・そして、自分に対して目の前の男が何ら男性的な反応を示さなかった事。

年頃の少女が隣で寝ているにもかかわらず、している事がそれかよ? という複雑な苛立ちが胸中に存在していた。

もちろん、「そう言う事」をルーベンがしようとしたならば、確実に命を落とす事になるのだが、それでも気に食わない事に変わりはない。


何とも形容しがたいが、複雑な胸中である事は間違いない。


「しかもアンタ、私の血液を抜こうとしてたでしょ? それって犯罪じゃないの?」


「だ、だって……丙種中級1類の検体なんてそうそう手に入らないし……」


子供のような言い訳を口にしているルーベンを見て、シモーネはまたもやため息を一つ。


「だとしても、もう少しやり方ってもんがあるんじゃないの?」


「やり方?」


「だからさ……普通に協力して下さい、お願いしますって言えばあたしだって、前向きに考えないわけでもないし」


変なところでお人好しな自分を殴りたくなる衝動を堪えて、シモーネはブツブツと小声で口にする。


「い、いいの?」


「良いのも何も、別にあたしの体に障る様なもんじゃないんでしょ?」


本当に自分は甘いとシモーネは思う。

出会ってから間もない阿呆な研究者に、少なからずシンパシーを抱いてしまっている。

常識もないし子供じみた性格ではあるが、魔法を探求する姿勢だけは真っ直ぐなのだ。

それはある意味で、自分と似ているとシモーネは思っている。


ルーベンは魔法技術、シモーネは強さ。

求める物は異なれど、何か通ずる物があるとシモーネは思っている。


「じゃ、じゃあさ……お願いしても良いかな?」


ルーベンの言葉に「良いよ」と答えかけるシモーネだが……


「まずは脳波測定に、ストレス耐性の測定でしょ、それから血液検査もしたいし……ああ、そうだ内視鏡を使って……」


徐々に、内容がテストと言うよりも人体実験になりつつあった。


「ちょっと待て。内視鏡を使って何をするつもり?」


「だって、魔法を発動させている最中の内臓の動きを観察しないと駄目だよね?」


「駄目だよねって? いやいやいや、それは流石に遠慮したいんだけどさ」


管を飲んで魔法を使うなんて、絶対にやりたくない。


「どうして? もしも内臓に異常が見つかったら、それも治療できるから便利でしょう?」


悪びれずに言ったルーベンをどうしてやろうかと、シモーネはしばし考えるのであった。


*********************************


「いやー、着いた着いた。ここに来るのは三カ月ぶりかな?」


リッカ砦において一際高い塔の最上階に到着したジェレミーは、大きく深呼吸をしながらアリアに問う。


「そうですね。カイとレミーの2周忌以来ですね」


頷きつつ静かに瞳を閉じるアリア。


「カイとレミーって言うのは、もしかして」


そう言ったロブの言葉にジェレミーは静かに頷く。


「ここで死んだ俺の友達」


事もなげに言ってはいるが、カイとレミーと言う人物は、「この時代」においては英雄と祭り上げられている者達だ。

カイ=ヤンセンとレミー=ディッキンソン。

300年の世界を生き、そしてこの砦で行われた戦で命を散らした英雄だ。

この国の物ならば知らぬ者はいないだろう。


「まあ、今の時代で言えば300年前になるのかな?」


「しかし、私たちにとっては2年と少し前の話です」


そう言ったジェレミーとアリアの横顔は、年上であるロブですら息を呑むほどに静謐なものだった。

職業柄、様々な人々の顔を頭に刻み込んできたロブだが、こんな表情のできる人物などそうそういない。

ふとした瞬間に人々が見せる表情こそ、その人物の本質を映すとロブは思っている。


どんな人生を送れば、こんな表情ができるんだろう?

ロブは、そんな間抜けな思いを抱いてしまう。


それはロブの隣にいるチェルシーも同じらしく、ジェレミーとアリアに習って哀悼の意を捧げるかのように、静かに瞳を閉じている。

「さて、せっかく来たんだから供え物でもしてやるかな」


やおらジェレミーが背負っていたリュックをまさぐり始める。

本来ならば、このような国家遺産に備え物など厳禁なのだが、それを言うのは野暮だろう。


「あいつらの大好物をやれば、喜んでくれるだろうしさ」


英雄と呼称される人物であるにも関わらず、その言葉は妙に人間臭さが漂っている。


「そうだね。二人も喜んでくれるんじゃないかな」


そうロブが微笑みを浮かべて言うのだが……


「あの……それは一体何でしょうか?」


ジェレミーが取り出した物を怪訝そうに見つめるチェルシー。

それは小さなビニール袋であり、口を密閉できるようになっている物だった。

中に入っているのは、乾燥させた裁断された植物の葉ように思われた。


「これ? 二人の大好物だよ? おっ、ありがとうアリア」


アリアから渡された薄紙を筒状にして、その植物を器用に巻いていくジェレミー。


その様子を見ていたロブは、顔面から血の気が引く思いがした。


「マリファナっていうんだけど、この時代だと中々売ってないんだよねー」


「はい、手に入れるのに苦労しました。まさか、深夜の盛り場でしか売っていないとは」


頷き合いながら二人は、それぞれ煙草状にしたマリファナを口に咥える。


「ちょーーーーと待った!」


慌ててそれを取り上げるロブ。


「うわっ、何するんだよ!?」


「英霊への供物をなんだと思っているのですか?」


「いやいやいや、これは駄目。絶対に駄目だからね! ほら、そのパケも渡して!」


二人からひったくる様に、その「薬物」を回収したロブは頭を抱える。


「こんな物持ってたら、マジで首だ……」


「首で済めば良いんですけどね……」


きょとんとしているジェレミーとアリアに、「大麻取締法」という70年前にできた法律をレクチャーするのに、20分ほどかかる事となる。


*********************************


「マジかよ……マリファナは駄目なのか」


「住みにくい世の中ですね」


ジェレミーとアリアは別に常習者と言う訳ではないが、この時代に来てからムダに増え続けている制約にげんなりしている様子である。


「一応聞くけど、他に危ないものは持ってないよね? ていうか、二人とも本当にいつの間に買ったんだよ?」


後で購入経路を詳しく聞かないととロブは強く思った。


「うん、持ってない持ってない」


そう言ったジェレミーであったが、視線が妙に泳いでいる。

職務質問のプロであるロブからすれば、ジェレミーが何を隠しているのかは一目瞭然であった。


有無を言わさず、彼の右ポケットに手を突っ込みパケを二つ取り出す。


「これは何かな?」


「…………さあ?」


「…………」


「気がついていたら、入ってたんだよ……」


「大麻取締法違反で……」


「あー、嘘嘘! ごめんごめん!」


慌てた様子でジェレミーは尻ポケットから、さらに3つのパケを提出する。


「これで全部だよね?」


「うん、全部」


「……次やったら、本当に逮捕するからね? 今回だけは、特別に見逃すけど」


幼い頃に憧れた英雄を逮捕するなんて、まっぴらごめんである。


*********************************


そんなやり取りをしながら、一行はリッカ砦の観光を続けていた。


「やはり、300年も経つと色々と変わっていますね」


興味深げに周囲を見回しつつ、アリアが呟く。

彼らがいるのはリッカ砦の中央部分にある、伝道所本体である。

こじんまりとした聖堂であるが、内部には多くの観光客がいた。


「例えば、どういう所でしょうか?」


興味を惹かれたのか、チェルシーがアリアに問う。


「まずは……私たちがいた時代には、あの天井画はありませんでした」


アリアが指さした先には、色彩豊かに描かれた宗教画があった。

皇国国教会の主神がはるか昔に地上に降臨した場面を描いた、有名な宗教画である。


「俺達がいた頃は、何の面白味のない小さな聖堂だったんだけどな」


ジェレミーが言う通り、その天井画が作成されたのはおよそ270年前になる。

彼らが知らないのも道理である。


「こんな宗教然とした場所じゃなくて、酒好きの溜まり場って感じだったけどな」


「そうでしたね。色々な意味で、酷い匂いの立ちこめた場所でした」


「現代」しか知らないロブとチェルシーにとっては、罰当たり以外の何物でもない。

しかし、ジェレミーとアリアにとっていみれば「現代」の方が異質なのだろう。


「レミーの奴があそこの壁でションベンして、めちゃくちゃ怒られてたりしたな」


「ああ、そんな事もありましたね。用を足した後に、悪魔の数字が浮かび上がったなんて、与太話もありましたね」


和気藹藹と思い出話に花を咲かせるジェレミーとアリア。

その様子を見ていると、年頃の少年少女にしか見えない。

やはりというべきか……未だにロブの中では二人に対する確たる認識が組み上がっていないのだった。


**************************


「それにしても、この天井画って凄いもんだねー」


シモーネが天井画をため息交じりに見つめている。

彼女とルーベンは、団体観光客に交じって砦内部を散策していた。

今もシモーネは、引率のコンダクターの説明に耳を傾けていた。

対照的にルーベンは落ち着きなく視線を漂わせている。


「少しは落ち着いたら? せっかく、有名な史跡に来てるんだしさ」


「そ、そんな事言ってもさ……こんなに近くにいてバレないの?」


ルーベンの視線が、二人から少し離れた場所にいるジェレミー一行の背中に注がれた。


「大丈夫大丈夫。ちゃんと二人分の気配は消してるから。こう見えてもえーっと、なんて言うんだっけ? 気配とか消す魔法のこと」

「隠匿系? 二人分って事は、僕の分もやってるの?」


「そうそう、それそれ。その隠匿系の魔法は得意分野なんだよ」


確かにシモーネが言う通り、周囲にいる観光客は二人の存在が「無い」ように振舞っている。


「で、でもさ……そういう他者の認識とかアウェアネスに関わる魔法って言うのは、基本的には術者にしか効果がないよね?」


「隠匿系」に分類される魔法をざっと頭に並べるルーベンだが、それらは基本的に術者にしか効果はない。

もしも、それを可能とするならば桁違いの魔力と技能を保有する物にのみ限られるため、「学術」という分野では事象の確認だけしかされていない。

つまり、理論的に「可能」というレベルに留まっている。


「ね、ねえ、一体どうやってやったの?」


新たな研究対象が見つかった事で、一気にルーベンのテンションが上がる。


「どうやってって言われてもねぇ……てか、こんな魔法なんてそのうちに意味がなくなるんじゃないの?」


つまらなそうにしながらシモーネが続ける。


「ムショの中で読んだ雑誌に書いてあったけど……光学迷彩だっけ? そろそろ実用される、そいつがあれば良いじゃん」


そうは言うものの、ルーベンの瞳は少年のような極めて「性質の悪い」光を宿していた。


「えーっと……何て言うんだろうなー」


シモーネは弱ったように後頭部を掻く。

生憎とシモーネは理論的に魔法を使用しているとは言い難い。

本能とか勘といった言葉でしか表現でないような使用方法なのだ。


「こう……がーってやって、えいって感じかな?」


擬音語のみで構成された説明を聞いて、ルーベンの眼鏡が微妙にずり下がった。

そして、憐れむ様な視線をシモーネに向けて……


「…………君って意外に……」


「それ以上言ったら、ぶっ飛ばすよ」


顔を少しだけ赤くしたシモーネが、拗ねたような視線で答えた。

怯えたようにルーベンが身を竦めると同時に、引率者のガイドが再開された。


「さて、皆さん。この砦は元々どなたの所有だったかご存知でしょうか?」


その言葉を聞いて、ピクリとシモーネの肩が震えた。


「えーっと、フォルクス家だったかな?」


観光客の一人が口に出した家名は、シモーネと同じものであった。


「はい、正解です」


引率者が、その回答に柔らかくほほ笑んでから軽く頷く。


「皆さんご存じの通り、フォルクス家は300年前の内戦では僭王側につく事になりました。そして、このゲッティングにおいて当時の当主であったブドワ=フォルクスは、ジェレミー=ヴィルヌーブによって討たれる事となり……」


「あー、そう言えば、君の御先祖様は、ここでジェレミーに討たれたんだったね」


「まあね……」


面白くなさそうにシモーネはその言葉を肯定する。

先祖が歴史上の人物として話題に上り、さらには稀代の英雄に討たれたとなれば多少なりとも誇るべき所はあるかもしれない。

しかし……


「皆様がご存じの取り、この砦では二回の会戦がありました」


引率者の話は続いていく。


「まずは、最初の21人のうち二人が命を落とした第一次ゲッティング会戦」


恐らくは、有名なのはこちらの方だろう。

歴史の教科書に太文字で記載されるのは、第一次ゲッティング会戦の方だ。

と言うよりも、単に「ゲッティング会戦」と言った場合に示すのは、こちらの方だろう。


「そして、件のブドワ=フォルクスが打ち取られたのが第二次ゲッティング会戦なのです」


シモーネの片眉が、ぴくりと動いた。

はっきりとした不快感を示し始めたシモーネに、ルーベンが怯えたような表情を浮かべる。


「はっきり申し上げて、第二次ゲッティング会戦は無能な指揮官の害悪を示す好例として、現在も語り継がれていまして……」


引率者の言葉に、観光客の間から嘲笑が漏れる。

その言葉に対して、シモーネは業腹ではあるが頷かざるを得ない。


「友人を失いジェレミー軍の士気は下がっている「だろう」。こちらの軍勢は倍あるのだから、簡単に殲滅できる「だろう」。英雄を二人も失った軍隊など烏合の衆「だろう」……という極めて楽観的な考えの元にブドワ=フォルクスは、意気揚々とこの砦に侵攻したそうです」


そして、その結果は言わずもがなであった……。

倍の兵力差を簡単にひっくり返され、さらには指揮官が討ち死にという、どうしようもない程の大敗であった。


開戦前の意気揚々ぶりと、結果の落差は後世の人々の笑いの種にしかならない。


「そのため、最近の若い人の間では……マンガや小説などでは「フォルクス役」というスラングを使う事すらあるそうですね」


ズキズキと鋭利な刃物がシモーネの胸に突き刺さる。


「前座としての噛ませ犬役、という意味があるようですが、中々に上手い表現だと思いますね」


まさかその「噛ませ犬」の子孫がここにいる事など知る由もない引率者は、白い歯を見せて笑う。


「…………えーっと」


弱ったようにルーベンは視線をさ迷わせる。


「気にする必要ないと思うよ、うん」


おっかなびっくりといった様子で、シモーネの肩を叩くルーベン。


「ほら、いわゆるフォルクス役って言われるキャラクターも人気があるじゃないか」


「…………」


「ぜ、前座役も味があると思うよ、うん」


慰めになっているのかどうか分からないようなルーベンの言葉が、効果を持たない事は誰の目にも明らかであった。


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