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英雄の帰還(ただし、前科4犯)  作者: 菅野鵜坂
第2章 英雄、旅に出る(前科4犯)
15/20

1948年国内の旅

 人間とパトカー、そしてヘリコプターによる追跡劇から3日後。

 ダーレイ聖堂に隣接する僧院の裏門には、2人の男女がいた。

 

 男性はスーツ姿であり、容姿は平々凡々。

 彼の顔を見てから3秒後には、思い出す事も難しいかもしれない。

 男性の名前は、ロブ=バーロフ。

 今年で27歳になる、帝都警察の警官である。


「なんで、俺がこんな目に……」


 3日前の逃走劇から、彼の人生は濁流に飲み込まれた如くに混迷を極めた。

 意味も分からずに皇宮に呼び出され、その場で特務を命じられた。

 その場にいた人物は、彼が腰を抜かす程に大物ぞろいであった。

 

 前貴族院議長、国内最大財閥の前総帥、反社会的集団の親玉、皇帝の首席秘書官、そして……今上陛下。

 集まった面々のカオスぶりと、漂う雰囲気に一瞬でロブは飲みこまれた。

 どうして、このメンバーに繋がりがあるのか? そもそも、反社会的集団の構成員を皇居に入れて良いのか? そういった、疑問は浮かんだ瞬間に消失していった。


 そして、何より彼が驚愕したのは……

 

「マジもんの、ジェレミーとアリアだったのかよ……」


 その事実を告げた人物が、皇帝陛下でなければ、彼は鼻にもかけなかっただろう。

 それ程に荒唐無稽な言葉であった。

 加えて、その2人の旅の供をしろ、など理解の範疇を超えている。

 

 しかし、任官してから約10年。

 哀しい程までに染み付いた宮仕えの根性が、彼の口から威勢のいい了解の言葉を出してしまっていたのだ。


 そしてこの3日間、彼は幼い頃のように「ダーレイ戦記」を何度も読み返した。

 しかし、何度読み返しても、どのような視点で読み解いてみても、あの時の2人がジェレミー=ヴィルヌーブ、そしてアリア=スノウだとは思えなかった。


 彼自身、幼い頃は「最初の21人」に憧れたものだ。

 子供のころは丸めた新聞紙の剣に「ヘリオン」などと名付けて、友人と剣士ごっこをしたものだった。


 しかし、その憧れと現実の狭間で彼は揺れていた。

 彼の3日前まで持っていた、ジェレミーとアリアのイメージは以下のようなものである。

 武芸と魔法に優れ、人徳と英知に富み、その振る舞いと行動は万人の模範たるもの。

 それがどうだろうか? 誤解はあったものの、自分の事を放り投げるし、あれだけの大騒ぎを起こしてみせる。

 あれでは、やんちゃな高校生よりも性質が悪いではないか? 加えて、本人達に悪意がないのが厄介なのだ。


 そのような者達と、しばらくの間国内旅行? 正直な話、勘弁願いたい。

 

 そしてそれは、彼と同じように僧院の裏門で2人を待っている女性も同様のようであった。

 

 彼女の名前はチェルシー=バーネット。教皇の秘書官を務めている女性である。

 彼女もまた、ロブと同様に被害を被ったらしい。

 先程から「猊下と離れるなんて……」と絶望的な表情で呟いているが、聞かなかった事にするロブであった。

 

 初夏の青空を見上げてロブはため息を吐く。


「帰りたい……」


 その呟きは、誰にも聞かれる事無く消えていった。

*********************************

 

 旅の準備は完了した。

 長旅に耐えうる衣服などの必要品は、既に大きめの1ボックスカーに積み込まれている。

 あとは、車に乗り込み発つだけである。


 正に出立にはうってつけの日であった。

 初夏の抜けるような青空、熱さの一歩手前で止まっている気温、どこかわくわくするような感覚をジェレミーは味わっていた。


 だが、目の前にいる少女は、先程から落ち着きがない。


「良いですか? 絶対に、生水は飲まないでくださいね。それから、拾い食いも駄目ですよ。あとは、必ず一日に一回はメールをくださいね」


 まるで母親のようにジェレミーとアリアに言い付けるレネ。


「大丈夫だって。信頼できる人達が一緒なんだから」


 自らの背後で、微妙に暗い顔をしているロブとチェルシーを見ながら、ジェレミーが事もなげに言ってみせる。

 

「そ、そうですけど。とにかく体にだけは気を付けてくださいね。エアコンは寝るときにはなるべく弱くしてください。それから……」


 先の逃走劇から、レネの過保護ぶりに拍車がかかってきたようにジェレミーには思えた。


「そうだ、酔い止めは飲みましたか?」

「ええ、飲みました。これで、あのような醜態を晒すことはないでしょう」


 レネの言葉に力強く頷いたアリアは、気合の入った表情で黒い1ボックスカーを睨む。


「さて、それじゃあ……そろそろ行くか。またな、レネ」

「そうですね。レネ、ちゃんと御土産は買って来ますから」


 笑顔で別れを告げる2人を前にして、レネは寂しそうに頷く。


「はい……。御土産を楽しみにしていますね」


 そして、「お気を付けて」と付け加えるレネに、手を振って歩きだす2人。


「色々と迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくお願いします」


 ジェレミーの言葉で、2人は同時にロブとチェルシーに低頭する。

 

 殊勝な態度に2人は少々面食らったようだが、どこか気まずそうな表情で返してくる。


「えーっと……まあ、不便をかけるつもりはありませんよ」

「猊下のご期待を裏切るつもりはありませんので」


 そして、困ったようにロブが付け加える。


「それで……お2人は何とお呼びすれば?」

「俺の事はジェザって呼んでくれれば。それから、堅苦しい敬語は止めて欲しいかな」

「私の事は、アリアとお呼びください」


 そして、右手を差し出すジェレミーとアリア。

 やはりこれにも、ロブとチェルシーは反応に困っているようであった。

 おずおず、といった様子で2人の右手を握り返してくる。


 しかし、その握手で何かが吹っ切れたのか、ロブがやたらと元気のいい声で言ってくる。

 

「それじゃあ、行きますか」


 その言葉を合図として、各々が車に乗り込む。


 ロブが運転席、チェルシーは助手席に、そしてジェレミーとアリアは後部座席に座る。


 エンジンが始動し、微かな駆動音がジェレミーの耳に入る。

 そして近くに寄って来たレネを認めて、窓を開けようとするのだが……。

 

「あれ? これってどうやって開けるの?」

「これも、自動ドアという物でしょうか?」


 アリアが手を窓の前でかざすのだが、一切反応はしない。

 

「ああ、そこの下にあるつまみを下げてみてください。ちなみに、窓を閉める時は、その逆で」


 言われたとおりにジェレミーがつまみを下げると、微かなモーター音と共に窓ガラスが下がって行く。

 

「それじゃあ、レネ。しばらくしたら、戻ってくるから」」

「レネ。短い間でしたが、感謝しています」


 その言葉にレネは感極まったように、瞳を潤ませる。

 

「ああ……猊下。おいたわしい……」


 という謎の言葉が聞こえたが、それを無視するジェレミーとアリア。


「はい。お2人が戻られるのを、お待ちしております。行ってらっしゃいませ」


 そして走り出す車の姿が見えなくなるまで、レネは手を振り続けていた。


*********************************


「えーっと、最初の目的地はゲッティングで良いんだよね?」


 運転席でハンドルを握るロブが、助手席にチェルシーに確認する。

 会ってから間もないが、ロブはこの女性が、どうにも苦手である。

 こういった「キャリアウーマン然」とした女性とは、どうにも相性が悪い。

 ロブ自身が、そこまで自己主張の強い人物でない事も、それに関係しているだろう。

 だが、好き嫌いなどは言っていられない。

 しばらくの間、旅の仲間となるのだ。早々に友好関係を築いておくべきだろう。


「ええ、ゲッティングで合っています。この旅は300年前の親征の行程を、逆順に辿るのが基本ですから」


 チェルシーの言った通り、この旅の出立地は、300年前にジェレミーの兄であるグラハムが僭王を打倒した「新征」の逆打ちでもある。

 もちろん、それ以外にも様々な所に立ち寄る予定ではあるが……。

 

「ところで、チェルシーさん。『あし』はありますが、『あご』と『まくら』は、そちらで用意していただけるんですよね?」

「はい。それについては、教皇庁が万事用意してあります。万が一、行程に変更があっても、即座に対応が可能です」

「……教皇庁って、意外に乱暴ですよね」

「それは、ご自分の経験も含まれていますか?」

「まあ、それなりにですがね」


 ロブはルームミラーで後部座席にいる客人達の様子を確認する。


「おー、すげーな。今の対向車見たか? なんかこう、胸が高ぶるようなエンジン音じゃなかったか?」

「そうでしょうか? 運転席の他に助手席が一つ、車の形状を鑑みるに運転手の視界は、かなり悪そうですが」

「そんな気にしたら駄目だろう。ロブにさっき聞いたんだけど、車って言うのはエンジンの大きさと出力で、早さが決まるらしいんだ」

「つまり、ジェザは、エンジンは大きければ大きい程好ましいと」

「えっ、そうじゃないの?」

「私が聞いた話では、エンジンが大きいと基本的に燃料を多量に使用するそうです。効率が悪いのでは?」

「燃料なんてどうでも良いんだよ。大事なのは、ロマンだって」


 そんな会話をしていた。


「あの2人……本当に英雄で貴族なんですよね?」


 ルームミラーから視線を外したロブが、首を捻りながらチェルシーに問う。


「相違ありません。とは言っても、ジェザの方は田舎貴族ですけどね。まあ、成り上がりだったからこそ、件の反逆罪に信憑性があったのでしょうが」


 窓の外を漫然と眺めながら、チェルシーが興味無さ気に答えた。


「そう言えばそうでしたね。グラハム=ヴィルヌーブが伯父に帝都を追放された先の、領主の息子でしたね」

「ええ、そうです。そこでグラハムが見染めたのが、ジェザの姉君だと言われています」

「俺が読んだ本では、姉を介してグラハムと懇意になったという話でしたけどね」

「さあ、それは本人に聞かないと分かりませんね。所詮、英雄譚など虚構でしかありませんから。後世の人々の願望と理想を、勝手に投射しているだけですよ」

「随分と辛辣ですね、チェルシーさんは」

「内心の一部分では、彼らに対してネガティブな感情がある事は否定しません」

「では、大部分は何ですか?」

「そうですね……」


 ロブの問いに対して、チェルシーはしばらく言葉を探す。


「同情、ですかね……」


***********************************


「同情ですかね……」


 チェルシー=バーネットは、自らの発言を隣の男が、驚きをもって受け止めたのを確認した。

 それは意外、という感情によるものではなく……。


「驚きましたね。俺と同じですよ」


 まさか同意見だと思っていなかったようだ。


 チェルシーは、先程から隣に座っている人物をある程度評価していた。

 300年後の人間の供をする、という滅茶苦茶な任務に愚痴をこぼしている事が、その理由だ。

 愚痴をこぼせるという事は、この状況をある程度受け入れているという事に他ならない。

 何ともなさそうな顔をしつつ、内心に恐慌をきたすよりは断然マシである。

 

 だが……彼の印象に残らない顔だけは……微妙かもしれない。


「いえ、別にこの任務に肯定的な訳ではないですよ」


 慌てて言いつくろうロブ。

 

「ただ、どうにもあの2人を見ていると……。ただの、少年と少女にしか見えてこなくなるんですよ。最初は、どうして俺が昔憧れた英雄が、こんな人たちなんだって思ってました」

「でしょうね……」


 その点、チェルシーの敬愛するレネは、ロブとは真逆の反応を示している。

 それは宗教家と警官というある意味で、真逆の職業に就いている事による差異なのかもしれない。

 

「少なくとも……私は、2人の様になる事は勘弁願いたいですね」


 窓の外に視線をやりつつ、ため息交じりにチェルシーが細い声で言った。


「そうですね。自分達の思いを勝手に解釈されて祭り上げられるなんて、願い下げですよ」


 それに答えたロブの表情は、あまり愉快そうではなかった。

 

***********************************


 出発して二時間程後……。

 

「あっ、そうだ」


 ジェレミーはある事を思い出す。

 そして、運転席と助手席の間からひょっこりと顔を出す。


「あのさ、2人の……えーっと連絡先を教えてくれないかな?」

「ああ、そう言えば、携帯電話を買ったのでしたね」


 チェルシーの言う通り、昨日ジェレミーとアリアは、携帯電話を手に入れていた。


「いやー、買ったけどさ、未だに使いこなせないんだよな、アリア?」

「はい、遺憾ではありますが」


 神妙な面持ちで頷くアリアは、ポケットから真新しい携帯電話を取り出す。

 それをルームミラーで確認したロブは、思わず噴き出しかける。

 

「それって……すいすいフォンじゃないのかな?」

「ええ、ロブの言う通りです。レネが勧めてくれたので」


 自慢げに言うアリアであったが、対するロブとチェルシーは奇妙な形に顔を歪めている。


「まあ、操作は簡単だから良いチョイスだと思うけど」


 どうにかロブがそう漏らしたのを、ジェレミーは聞き逃さない。


「えっ、これで簡単なの?」

「ということは……これ以上に煩雑な携帯電話があると?」


 300年前のアナログ人間は、驚愕に目を見開いている。

 押せる部分が2つ以上あるという時点で、2人にとっては「煩雑」という評価なのである。


「あるというか……何と言うか。アリアとジェザが持ってるすいすいフォンってね……」


 言いかけたロブの最後を、チェルシーが引き受ける。


「老人用の携帯電話です」


「「えっ!?」」


 チェルシーの言う通り、「すいすいフォン」というのは、主に高齢者向けの携帯電話であった。

 必要最低限な機能、そして手取り足取り操作を教えてくれる補助機能。

 それらを詰め込んだ物が、ジェレミーとアリアの愛機なのである。


「なんてこった……。俺達の適応能力は、老人未満なのか……」

「ということは、当代の若者達は、さらに高機能の携帯電話を使用しているのですね?」


「ええ、そうですね」

 

 アリアの言葉に答えて、チェルシーが自らの携帯電話を取り出す。

 やぼったいスイスイフォンとは、見た目からして違う物であった。


「例えば、この様にすれば……」


 体を捻りながら携帯電話をジェレミーとアリアに見せて、機能を紹介していくチェルシー。


「インターネットに接続も可能ですし、ブラウザも任意で選択できます。他にも各種様々なアプリをインストール可能ですし、搭載されているCPUは……」

「「??????????」」


 チェルシーの口から飛び出してくる単語は、2人にとっては未知の呪文のようであった。


「チェルシーさん……ジェザとアリアが混乱してます」

「……つまりは、とても便利なのです」


 そう無理やりまとめるチェルシーであったが……

 

「「なるほど……便利だ」」


 恐らくは、一割も理解していない事が、ロブとチェルシーには見てとれた。


「まあ、それよりも、アドレスを交換したいんだよね?」


 流れを取り戻すように、ロブが前方を見たまま確認する。


「うん。何かあった時に必要だし、旅の仲間だしね」


 弾むような声でジェレミーが、人懐っこそうな笑みを浮かべている。


「それに、登録件数が3件というのも寂しいですし」


 人差指一本で、ゆっくりと携帯電話を操作しているアリア。

 完全に老人のそれである。


「3件? もう登録してあるんだ?」


 意外そうに問い返すロブ。

 それは隣にいるチェルシーも同様であったらしく、首を捻っていた。


「えーっと、まずは、俺とアリアはお互いに交換してるでしょ」

「それから、クラウスとレネですね」


 2人の言葉を受けて、ロブとチェルシーは吹き出した。

 当代の皇帝と教皇のアドレスが並んでいるとは、それだけで国家機密と言っても過言ではないだろう。


「そ、それは……凄い携帯電話だな」

「絶対に失くさないでくださいね! ちゃんと、パスワードを登録してありますか!?」


 身を乗り出してきたチェルシーに対して、ジェレミーは胸を張って答える。

 

「それは問題ないよ。何と言っても、絶対にばれない番号を入れたからね」

「ええ、あれは完璧です。分かる者などいないでしょう」


 余程自信があるのだろう。

 ジェレミーとアリアは、自信満々の様子で頷き合う。


「へぇ、そんなに自信があるんだ。ちなみに、何にまつわる番号? ああ、数字そのものは言わないでよ」


 興味が惹かれて問うてみたロブだったが、ジェレミーの答えを聞いて、直ぐに後悔する事になる。


「皇宮の地下2階にある魔法金庫の暗証番号」


「「直ぐに変更しなさい!」」


 ロブとチェルシーの言葉が被った。


 何せ、今現在でも変わらずに使用されている魔法式の金庫である。

 番号は歴代の皇帝と、首席秘書官しか知らないと言われている。

 中に入っているのは、当然ながら「超」をいくらつけても足りない程の機密である。

 

 渋々と言った様子で暗証番号の変更をし始める2人を見て、この先には不安しかないとロブとチェルシーは痛感していた。


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