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英雄の帰還(ただし、前科4犯)  作者: 菅野鵜坂
第1章 英雄、帰還する(前科1犯)
12/20

家に帰るまでがおつかいです

 ロブ=バーロフは、今年で27歳になる。

 職業は警官、階級は2等巡査。彼の学歴にしては、割合出世をしている方だと言える。

 所属は、全国の警官の憧れとも言える帝都警察。これも、彼が無能な警官で無い事を示している。

 

 配属先は刑事捜査共助課という、一般市民からすれば、少々聞き覚えのない部署かもしれない。

 

 主な職務は「見当たり捜査」と呼称されるものである。指名手配犯の顔を数100人分頭に叩き込み、雑踏や繁華街の人ごみから見つけ出す、というものだ。

 生来、人の顔を覚えるのが得意だった彼にとっては、ある意味で天職と言えるかもしれない。

 

 さて、そういった職務のために、彼はほぼ毎日繁華街や雑踏に立ち、指名手配犯がいないか探し続ける。

 酷く地味で根気のいる捜査だが、その効果は極めて高いと言える。

 帝都警察が年間に検挙する指名手配犯の2割を「見当たり捜査」が占めている点でも、それが伺えるだろう。

 

 今日もまた、ロブ2等巡査は今日もまた帝都の人ごみを観察していた。

 彼の容姿は平々凡々。存在感も極めて薄い。

 彼の容姿を描写する事は、紙とインクのムダになると言われている程だ。

 逆にそれが、彼の職務には好ましいとも言えるかもしれない。

 

 周囲に完全に溶け込んだまま、彼は雑踏を観察する。

 雑踏全体を1つの像をして視界に納める。

 目に入る群衆の「眼」を、記憶の中にある指名手配犯のそれと比較していく。

 該当者は、今の所いないようである。

 

 だがそれでも、ロブは落胆の色を見せない。

 こういった捜査は、外れて当然と考えるのが妥当なのである。

 

 ……どれ程立っただろう。

 彼の視線は、ふと目の前の横断歩道を渡る2人の男女に向けられた。

 

 男性は、薄手の長袖Tシャツに水色のジーンズをはいて、黒のキャップを被っている。

 女性は、ワンピースと、ニット製の透かし編みカーディガンを身にまとっている。

 両者共に、とても容姿が整っており、傍目から見れば「お似合いのカップル」とでもなるだろう。2人とも、少年と少女と形容しても良い年齢だろう。

 

 少しだけ中性的な少年の顔立ちは、どちらかと言えば年上の女性に持てそうな雰囲気である。ロブがぱっと浮かべた印象では「女性向け詐欺師」によくいそうな顔立ちという、どうにも犯罪チックなものであった。

 

 対して少女の方は、「見目麗しい」という言葉は、彼女のために用意されたのでは、と思える程に整った物であった。万人受けする顔立ちであり、男女問わず憧憬の思いを抱かせるだろう。

 例え男でも「女に生れたら、彼女みたいな顔立ちになりたい」と思わせるほどだ。

 

 ロブは、そのようなカップルの何を不審に思ったのだろうか?

 いや、より正確に言うならば……そのカップルを見た人間は全員不信感を抱くだろう。

 

 年の頃は、16から18といったところだろう。

 人生の中で一番やんちゃで、向こう見ずな時期と言っても過言ではない。

 ルールは破るためにある物、破る者こそ格好良い。

 表現はオーバーかもしれないが、そういった考えを一番強く抱く時期である事は間違いないだろう。

 

 しかしながら……

 

 そのカップルは、事もあろうに……横断歩道を渡る際に右手を垂直に上げているのである。

 それこそ、幼稚園児や小学校低学年の児童のようにだ。

 

 もしも、そのカップルがふざけ合って、それをやっているならば問題ない。

 くだらなそうに笑い合いながら、そんなおフザケをするのは、若者の特権かもしれない。

 

 しかし、そのカップルは真顔なのだ。

 それはもう、掛け値なしに。

 そうしなければ、命の危機に曝されるとでも思っているかのように。

 

「あいつら……薬中か?」


 ロブは反射的に考えた。

 と言うよりも、それ以外に論理的な可能性がないのである。

 

 いい年をしたカップルが、スーパーの袋を片手に、真顔で右手を上げながら、横断歩道を渡る。

 

 これを不審と言わずして、何と言おうか?

 

「あのさ、君達。ちょっと良いかな?」


 横断歩道を渡り終えたカップルに対して、ロブは微笑みつつ声をかけた。

 怪しい人物がいれば、声をかけるる。

 例え疎まれようとも、それが彼の義務でもあるのだ。

 

「なんですか?」


 存外にはっきりした口調で少年の方が答える。

 その両目は焦点をきちんと結んでおり、呂律も回っている。

 アルコール臭もしないし、有機溶剤の臭いもしない。

 しかし、上手に隠してはいるものの、少年の瞳には「警戒」が存在している。


「と言いますか、どちら様でしょうか?」


 少女の方が、少年に遅れて答えた。

 こちらも少年と同様に異臭や視線の泳ぎはない。

 そしてまた、同様に「警戒」を滲ませている。


「ああ、ごめんね。僕は、こういう者なんだ」


 ロブは常時携帯している警察手帳を、ポケットから完全に出さず、その表紙だけを2人に見せる。


 この時もしもロブが、きちんと身分を口にしていたら……。

 この時もしもロブが、警察手帳を表紙だけではなく、中身まで規定通りに提示していれば……。

 恐らくは、面倒な事にならなかっただろう。

 

 本来ならば、法で定められた警察手帳の提示義務がある。

 しかしながら、それが完全に順守されているとは言い難い。

 例えば、警察手帳の表紙を見せて「こういう者です」と映画よろしく名乗る事で、済ませる事が多々ある。

 

 だが、この時のロブを一概に責める訳にはいかないのかもしれない。

 彼が警察手帳をあえてポケットから出さなかったのは、目の前のカップルに配慮したという点もあるのだ。

 このような人通りの多い天下の往来で、このようなカップルに、これ以上無駄な視線を集めたくなかった、という「無駄」と切り捨てられるような思いやりを持ってしまった。

 

 さらに、もしもこの時、件のカップルがきちんと、ロブの身分を問い質せば面倒な事にならなかっただろう。

 この時、カップルが無駄に警戒する事無く、素直にロブに従っていれば問題はなかっただろう。


 不信感と警戒感を滲ませているカップルを前にして、ロブは自らの確信をますます強める。


「えーっとさ、君達は買い物か何かの途中?」


 近所にある「ドシドシスーパー」の半透明のビニール袋に目をやるロブ。

 透けて見える中身は、詰め替え用シャンプーとトイレットペーパーが1つずつ。

 その何気なさが、逆にロブの不信感を増大させる。


「ええ、そうですよ。ちょっと、知り合いに頼まれまして」


 ビニール袋をロブにかざしてみせる少年。

 

「知り合いっていうと。ご家族の誰かかい?」

「家族……みたいなものですね」


 そう答える少年の両目は、ロブをじっと見据えている。

 

「ああ、それじゃあ保護者の方かな? 一応、名前聞かせてもらっても良い?」


 しばしの間、2人は顔を見合わせて答える。

 

「「レネ=フォルクル」」


 その人名を聞いて、ロブは口をあんぐりと開ける。

 レネ=フォルクルを知らないはずがない。

 国教会教皇であり、民衆から偶像崇拝にも似た敬愛を集める少女。

 この国において、最も有名な人物と言っても過言ではないだろう。


「えーっとさ……真面目に答えてくれるかな?」

「だから、レネ=フォルクルだってば」

「あー、はいはい。教皇様とお知り合いなのね」


 右手をヒラヒラと振りながら、ロブが苦笑を浮かべる。

 

(これは、完全にいってる……)


 そうロブが思うのも不思議ではないだろう。

 薬物中毒ではないにせよ、何らかの精神的疾患を抱えている可能性もある。

 

「それじゃあさ、2人の名前を聞かせてもらっても良いかな?」


 場合によっては、警察署までの動向を求めるだけではなく、精神病院への照会も必要かもしれない。

 さて、今度は真面目に答えてくれるだろうか? そう、ロブは思うのだが……。

 

 

**************************************

「どういうわけか、信じてないな」

「ええ、遺憾ですね」


 ジェレミーとアリアは、極めて不服であった。

 自分達は何だかよく分からない人物……ロブに呼び止められて、誰何されているのだ。

 

 その人物は、何やら身分証明証を2人に提示しようとしたのだが、それが2人には理解不能な物であった。

 いっその事、再度こちらから身分を問い質した方が良いかとも思うのだが、どうにもそれは藪蛇になりそうな気がした。

 身分証明証らしき物を見せる際の彼の表情は「どうだ? 分かるだろう?」と言わんばかりのものであったのだ。

 

 ここで問題になるのは、300年前には「帝都警察」などは存在しない事である。

 ロブが誇らしげに示した警察手帳の表紙に燦然と輝く、その組織のシンボルなど、ジェレミーとアリアにとっては見た事もないのだ。

 

 つまるところ、2人はロブ=バーロフを警察官として認識していない。

 それどころか、「いきなり絡んできた変人」とすらなっている。

 ロブから見れば「薬物中毒者か精神疾患者」、2人から見れば「変人」。

 お互いに相手を、最悪な印象を以って認識しているのだ。


「えーっと、そろそろ良いかな? 名前を教えてもらえるかな?」


 変人に対して、どう返答したものか? と2人は悩む事はなかった。

 例え本名を名乗っても、300年前の人物と同一だと考える者などいない。

 先程のスーパーでは、自分達の名をあやかった、という少女に出会って狼狽はしたが、今はそのような事はない。

 

 そもそも、2人は自らの名前に誇りを持っているのだ。

 現代の人間に比べて、昔の人間は自らの名に強い「誇り」を持つ傾向が強かった。

 「自らの名に懸けて」というお決まりの台詞を、真顔で発せられる程なのだから。

 偽名を使うなど、恥とすら考えている節すらある。


 だからこそ、2人は堂々と恥じることなく、自らの名を名乗る。


「ジェレミー=ヴィルヌーブ」

「アリア=スノウ」


 その名を聞いたロブは、完全に可哀想な者を見るような眼を向けていた。

 

「おい、どういうことだアリア?」

「分かりません……。しかし、極めて不快です」


 そんなやり取りをする2人を前にしてロブは、困ったように頭を乱暴にかきむしる。

 

「あー、はいはい。ジェレミー=ヴィルヌーブ君と、アリア=スノウさんね。で、保護者はレネ=フォルクルきょーこー猊下様……と」

「そうだってば」

「相違ありません」


 ふむ、とロブは難しげに唸った後、今度は表情を妙に明るくする。

 

「とりあえずさ、一緒に来てもらえるかな? 聞きたい事もあるし、調べなきゃ駄目な事もあるし」


 努めて優しげな口調と表情で言うロブなのだが……

 

「いや……それはちょっと困るかな」

「ですね。レネには、知らない人について行かないようにと言われていますし」

「うわ……真性だよ、この子達」


 ロブは仕方なし、といった感じで2人の腕を取る。

 

「お願いだから、一緒に来てく……」


 と言いかけて固まる。

 今までは、不審で可哀想でご機嫌な頭の少年少女でしかなかった2人。

 しかし、その雰囲気が一変していた。

 彼が握った2人の腕は、見かけ以上に固く引き締まっている。

 だとしても、10代の少年と少女だ。

 仮にも警官であるロブの腕力に太刀打ちできるはずもないのだが……。


「これは……強制的な連行か?」

「つまるところ……敵対行動であると」


*************************************

 

 その言葉に対してロブは、自分がどのように返答したかは分からない。

 次いで認識したのは、自らの体が宙を舞っている事。

 スロー再生になる視界では、大通りに面した花屋の軒先がある。

 体が1回転し、眩しい初夏の太陽が目に突き刺さってくる。

 そして、背中に重い衝撃。

 

「えっ……?」


 刹那、ロブの体感時間が正常に戻る。

 派手な音と共に、自らの体が地面に激突した。

 だというのに、体は大した痛みを覚えていない。

 

 それは、ジェレミーとアリアの絶妙な力加減によってなされたものなのだが、それをロブが知る由はない。

 ただ彼の中にあるのは混乱と、不審者から攻撃を受けたという事実のみ。

 

 ジェレミーとアリアは、警戒を解かずにロブをじっと見つめている。

 ロブがどのように動くか、正に「観察」しているようであった。

 羽虫でも見るかのような2人の視線に、ロブは本能的な恐怖を覚えた。

 それは、300年前にジェレミーとアリアを前にした敵兵と同じ状況であった。


「動くなっ!」


 ロブはホルスターに収納していた拳銃「ニヴフ32」を、ジェレミーとアリアに向ける。

 同時に装着していたインカムに対して、緊急事態を伝達する。


「ブリンクス通り28丁目12番地近辺にて、不審者を確認。恐らく、薬物中毒か精神疾患者と思われる。応援を要請する」


「おい……応援を要請したのか?」

「そのようですね。如何いたしますか?」


 何やら相談し合うジェレミーとアリアに銃口を向けたまま、ロブは怒鳴る。

 

「動くな! その場に膝をついて、うつ伏せになれ!」


 ちょうど付近を警邏していたパトカーがあったらしく、遠くから甲高いサイレンが聞こえてきた。


 こうして2人の初めてのおつかいは、楽しい復路を迎える事となる。


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