愛を遺して
小説というか脚本?です。いきなりクライマックスです。
勇者が此処に辿り着くまでの冒険譚は、皆様のご想像にお任せいたしましょう。
◆シェリー、君のことを愛していると言えない僕を憎んでくれていい。
…だからどうかもう泣かないでおくれ。
◇いいえ、いいえ。
貴方様がお苛めになるから泣くのです。
貴方様が愛してくれないから泪が止まらぬのです。
貴方様の愛があれば、わたくし、死んでも構いませんのに。
◆……シェリー。
◇あぁ、愛してくれぬならばせめて、わたくしを抱いて下さいまし。貴方様のくちづけが欲しゅうございます。
そこに愛が無くても、哀れなわたくしは、愛を錯覚出来るでしょう。それだけで幸せでしょう。
◆だめだ。僕が君に情をいだけば、世界は滅んでしまう…。
僕は世界を救うと、誓った男。君は世界の破滅を願った女だ。
…世の理を受け入れなければならない。
たとえ、君が暗黒の闇に埋もれた光だとしてもだ。
◇わたくしは…貴方様のことなど知らず、闇に生まれた者の運命に流されて、数々の破壊と殺戮を命じました。
…しかし、貴方様の御顔を拝んでからというもの、わたくしの乙女としての感情が、破壊の運命をも変えてしまいました。
…本当に罪なお方。
そのように美しいお姿をなさって…優しくお話しになるなんて…
…わたくしの気高き悪の力は溶けてしまったのです。
光というものに憧れてしまったのですわ。
貴方様に会わなければ良かった。報われぬ想いなど、辛いだけ。
……勇者様、わたくしを殺して下さいまし。
◆シェリー、何をっ!
僕が君の前から消えればいいだけのことだ。
君はもう、僕の敵じゃない!!
そうだ、君の暗水鏡を割ってしまおう。
僕らは未来永劫逢うことはない。魂でさえ会ってはならない。
◇…次の世でも逢うことは許されないのですね。
分かりました。ならば、こうするまで。
!!!グサッ!!!
◆シェリー!!!
◇…ふ、ふふ。
ゆ…勇者様、わわたくしの骸に口づけを。
い…命も魂もなくなった、わたくしの入っていた身体に、あ愛をください。
◆………シェリー。
(勇者は闇の皇女に口づけた。)
◆……………。
(甘い唇の触れた刹那、皇女から魂が抜け落ち、瞳から光が消えた)
(男の息は、魂と生命の容れ物にすぎなかった女の身体にではなく、『女自身』に優しく降りかかった)
●…皇女の願いは叶ってしまったか。フッ…憐れなことよ。敵の男に惑った狂女シェリーよ、あの世で思い知るがよい。己の愚かさをな!!
ふわーっははははは。
◆…僕はどうすればいいだろう。
◆死んだ君でさえ、僕は愛してはいけないのだろう。僕の魂にシェリーへの愛は存在しない。
●…勇者。
◆く、何者だっ!
●愚かで美しき勇者どの。その妖しい色香で幾人もの女をその手に陥れた麗しの剣士よ。
何が勇者だ、聞いて呆れる。
まさか、闇の世の実権を握る皇女を、自ら死に追い込むなんて、な。
皇女も皇女だ。乙女のくせに偉そうに…世界破壊など出来る器じゃなかろうに。
◆お前は何者だ?!
お前にシェリーの何が分かる!
●…シェリー、ね。
お前は、愛せないなどと言っておきながら、気高い女を弄んだ。
◆彼女がシェリーと呼べと言った。戦わずに…殺さずにすむのならそれが良い。そう思って近づいたが…すでに彼女は僕を愛してくれていた。
●それで?
気の多いお前は、若くて美しい女を愛したのだろう。
◆…愛してなどいない。
愛とは異なる感情だ。
●フッ…。
◆何がおかしい!
●若いな、青年。
◆……。
●そうじゃ、申し遅れたな。わたしは魔に属する者。
…シェリーを愛し、目をかけてやっていた後ろ盾。世を滅ぼす魔王ウラノスだ。
◆…魔王!?
●いかにも。彼女が幼いころからずっと、皇女を愛し、皇女を育て、高めてやった。
皇女はいい女だったろ?…わたしのおかげだ。
皇女が成長したら、嫁に迎えるつもりだった。
それがなんだ、美しい容姿などという戯けたものに執心し、こちらには見向きもしない。
敵の男を待ち焦がれる故、黄金の髪はからまりもつれ、薄紅の肌を涙の跡が覆い、瑞々しい唇はひび割れて紅き血を流した。
何もかもお前のせいだ、愚鈍勇者。
お前のその、女を惹き付けて離さない顔のせいだ。
◆………。
●愛のことなどろくに知りもしない若造のくせに…生意気なんだよ!
お前の存在を知って、美童として我が城に置いてやろうかとも思ったが馬鹿だった。
お前の魂もろとも、粉々に引きちぎってくれるわ!!!!
(戦いが始まった。魔王の妖しの剣と、勇者の伝説の剣は、幾度となく重なり、響きあい、火花を散らした。)
(やがて勇者は、何者かに憑りつかれたかのごとく、敵の血飛沫をあびて高笑っていた。)
(なぜ戦っているのかもう分からなかった…勇者はふいに冷静になって、魔王のはらわたを抉った。)
◆やめろ、魔王。それまでだ。
(……………沈黙。)
●わたしが…、闇の魔王ウラノスが、愛も知らぬ若造に、ま負けるだと?
◆僕は愛を知っている。
世界中の人々に幸せになってほしい…守りたい、愛したいと…心から思っている。
最初はたしかに不本意ではあった。だが、今…シェリーと出逢えた今は、確かに愛を感じとれる!
◆僕は…シェリーを愛している!!
●……っ!
なに…愛しているだと?
光の勇者のお前が、闇の皇女を、あ愛していると?
たわけ…シェリーを愛しているのはこのわたし。
シェリーはわたしの口づけで女になった、わたしの腕に抱かれた…それでいて潔白な乙女だった。
ハァハァ…お、お前ごときに扱えるものか…
◆愛している。愛している。
シェリーを、闇の皇女を愛している。
…死んで今気づいた。シェリーは闇だが、悪じゃない。
真の敵はお前だ、魔王。
●…ハァハァ、勇者よ。
死んだ女を取り合うとは、我らは哀れな男だな。
その骸、お前にくれてやる。す好きにするがよい。
ど、どうやら…わたしはもう地獄へ行く時間らしい。
さらばじゃ、勇者。
世界はお前と共にある…
◆魔王…
(僕はシェリーを愛している。シェリーは僕を愛して死んだ。
世界は僕と共にある…。
世界は、滅びるのか?
僕のせいで?)
◆シェリー、目を開けておくれ。僕の本当の名を教えてあげる…その唇で呼んでおくれよ。
◆シェリー、そこにいるんだろ。魂はまだ天に行っちゃいないだろ。
愛しているよ、だからこの身体に戻っておいで…
闇の皇女は死んだ。
魔王も、勇者の手によって死んだ。
勇者は、愛を知ったが世界は滅んだ。
勇者は後に、『闇の勇者』と呼ばれた。生死の分からぬ闇の勇者の討伐に、新たな勇者が立ち上がった。
こうして、愛だけを遺して…世界は今も廻ってる。
THE END
シェリーや勇者は幸せだったんだろうか?
愛など無ければ皆死ななくて済んだのに。
命と愛と世界…どれがいちばん大事?
「若いな、勇者」の所がお気に入りです^^