ただいま
嫌な夢を見た。外はいまだに暗く、大分早くに起きてしまったようだ。そのうえ体がだるい。今まで体調を崩したことなんて数えるくらいしかなかった。生まれてすぐのとき、果ての魔女にちょっかいをかけて呪われたとき時、定期の検診を無視して働いたときに拘束目的で魔術を叩きつけられたとき、それ以外は思い出せない。あったとしてもそれこそあの夢の中の話だった。困惑ばかりが募っていく。一緒にいた彼は何者だったのか。そして、ベールの様子からおそらく私の知る人物のうち誰かなのだろう。どうにも思考がつながらない。何かが邪魔をする。まるで知ることを、今更気が付くことを拒んでいるかのように。
「こんなところで悩んでいても仕方がない」
私は夜明けとともに街を出た。中途半端な睡眠の影響なのか頭に霞みがかかったかのように感じる。その状態で浴びる鋭い朝日は痛みをすら覚えた。頭を何とかたたき起こし、道を急ぐ。しかし、飛ばず、走らないようにした。急ぐ必要がないとか疲れるからとかそういった理由ではない。はじめての帰郷は人として、と思ったから。遠く見える森にその村はあるらしい。都を出た時とは異なる少し焦ったような、速足で私は道を進んでいく。
夢を見た。あの続きのような夢だ。苦しい。体が焼ける。自分を何かが塗りつぶしていくような感覚。血が沸き立つように、常に自分の鼓動が頭に響く。口からはうめき声しか出なかった。すべてを塗りつぶす音と苦痛の嵐の中、誰かの声が聞こえる。視界の隅にくすんだ白色の髪の顔もわからない誰かがいることだけは分かる。道中眠りにつくたび見る夢はその苦痛とただ穏やかに何もせずにずっと部屋にいるだけの毎日。本当に私は知るべきなのだろうか。わからない。こんなにも苦しんでいるだけの記憶を思い出すことに価値はあるのだろうか。そう思いつつも歩を進める。進めて、進んで、休んで、進んで・・・四日目の夕方、ようやく村へとたどり着いた。村は夢に見たそれとは異なっていた。家の数は増え、その配置も変わっている。森の様相も変わっていた。それでもそこにある空気は夢の中にあるそれと変わらずに残っていた。懐かしさを感じさせるその空気が頭の中の霞を払っていく。村に入り駆け出す。あくまで人としての速度を保ち走る。そこには記憶を頼りに村の少し外れた林の中、私の住んでいた林の中へと。
そこに家はなかった。ただ広場があった。そして
「遅かったじゃないか。君に珍しく感傷的にでもなってゆっくりと歩いてきたのかい。いや、君に対してどうこう言えるほど君について私は詳しくはなかったか。すまないね。何せあの頃の君にあったのはせいぜい二回程度だったからね」
ベールが一人立っていた。
「そちらこそ随分とお早い到着ですね。向こうは任せてしまっても問題ないのでしょうか」
「大丈夫、大丈夫。彼らは優秀だからね。何とかするさ。それにそんなに長居するつもりもないしさ。それでどんだけ思い出せたかい」
「あまり何か大切なところ記憶をつなげようとすると邪魔される感覚でしたね、今はそうでもありませんが。あなたですか、ベール」
彼の返答は否定であった。
「私がそんな無意味なことすると思うかい。せいぜい誰かの要求にこたえて思い出しにくくする程度今みたいに混乱しちゃうからね。どうせバカ弟子のせいだ。あいつ何がしたいんだか。体調大丈夫」
「最悪の気分です」
「そんな顔してる。魔女の呪いでしばらく腰痛めていた時同じ顔だ」
「おちょくりに来たのですか」
「違う、違う。そのバカ弟子の遺言状の実行」
「ルカスさんですよね。彼はどんな方でしたか」
顎に手を当てつつ、遠く思い出すようにして彼は空を見やる。
「頑固で真面目な夢想家だね。嫌いじゃない。そのうえで夢は夢で終わらせずほとんどをやり遂げて見せた。一つは潰えて、もう一つは邁進中って言ったところかね」
それには星が出つつあった。いくつもの星が浮かび上がる。
「そろそろいいかな」
「どうしたのですか」
「いったでしょ。弟子の遺言を実効しているだけって」
そういいながら彼は星の位置を測る。
「こっちらしい」
そういい彼は林の藪へと進む。そのあとに続き林の中を進む。空が暗いこともあり、周囲は完全な暗闇となっていた。しかし、その道筋は分かる。行き先も。
「さてここかな。ここで問題ないかい」
「考えていることが同じであれば、問題ないかと」
「そ、んじゃあ。大体思い出したのね」
「さすがに昔過ぎて朧気なところもありますが、大事な記憶です」
「最初は混乱しないようにの応急処置だっただけどね。やっぱり、あいつの考えてることは分からないね」




