【第5章 影に問う夜明け】
夜が終わる前の空気は、どうしてこんなに冷たいのだろう。
焚き火はすっかり灰になり、わずかな白煙だけが宙を漂っていた。
割れた天井の向こうで薄い朝の光が揺れ、静寂を切り裂こうとしていた。
あの小さな戦いの余韻が、まだ全員の身体にまとわりついていた。
レオンも、ミラも、エルドも、セリナも、兵士たちも。
誰もが同じ一点――仮面の男、カイリを見つめている。
何かが変わるとすれば、それはきっと、この瞬間だった。
「……聞かなきゃいけないことがあるの」
わたしの声が、朝の気配を押しとどめるように響いた。
カイリは崩れた柱にもたれたまま、じっとこちらを見ている。
「カイリ。答えてほしい」
「いいよ、リーナ。夜はまだ完全には終わっていない」
「まず、俺が聞く」
レオンが静かに前へ出た。
その横顔に、夜と朝の境界の光が射し込んだ。
「呼ばれたのは四人……なのに"勇者はひとり"と言う。その矛盾を説明しろ。あれは儀式の失敗なのか、それとも意図した結果なのか」
「鋭いね、レオン」
カイリは仮面を指先で軽く叩く。
「失敗か成功か──そのどちらかで語れるほど、あの儀式は薄くないよ」
「じゃあ、"影"って……どういう意味なの?」
ミラが胸元を押さえながら問いかけた。
その声は、まだ少し震えていた。
「あなたが言った"影"って……どういうこと? 私たちは、どうしてそう呼ばれたの……?」
「ミラ」
カイリはその名をそっと呼んだ。
「影とは、"願いの抜け殻"だよ。強すぎた願い、選べなかった想い、残された痛み。それらが形を得て現れたもの。君たちは、一つの心から枝分かれした"可能性"たちなんだ」
「可能性……?」
エルドが眉を寄せ、胸の前で手を組みかけた。
祈りと恐怖の中間にあるような表情だった。
「では、あなたは何なのです。敵なのか、試練なのか。あなた自身の立場は、どこにあるのですか」
「立場?」
カイリは仮面越しに笑ったように見えた。
「私はね、"選ばれなかった道の先"にいるだけだよ。敵でも味方でもなく──そういう場所に立っているだけさ」
「そんな答えで納得できるか!」
兵士長が声を上げた。
その震えは恐怖か怒りか、どちらとも言えなかった。
「俺たちは命懸けなんだ! ふざけるな!」
「怒りは否定しないよ」
カイリは静かに返した。
「でもね、あなたたちはまだ、"何を知りたいのか"すら定めていない。問いがぼやけているうちは、答えだってぼやけるものさ」
セリナは沈黙したまま立っていた。
しかし、その沈黙それ自体が"問い"だった。
――沈黙には、意味があるの?
そう思った瞬間、カイリがセリナに視線を向けた。
「光が差せば、影は形を変える。いまの君たちは、まだ"どの光に照らされるか"を選べていない。敵を探す前に──自分たちが何を望むのかを選ばなきゃいけないんだ」
「……つまり、まだ何も決まってないってこと?」
わたしは胸の奥にあった疑問を絞り出した。
「そうだよ、リーナ」
カイリは立ち上がり、東の空を見上げた。
薄い光が雲の端を染めていく。
「昼が近い。光が来れば、影はまた揺らぐ。君たちは"どの光を望むか"を選ぶことになる。それだけで、いまは十分だよ」
そう言い残した瞬間、カイリの姿は夜の名残ごと薄れていった。
まるで、彼だけが夜という場所から抜け落ちたように。
追いかけることはできなかった。
まだ、追うべき言葉が見つからなかった。
冷たい風が吹き抜け、夜明け前の空が揺らいだ。
わたしは胸に手を当て、小さく息をした。
──影は光で変わる。わたしは、どんな光を選ぶのだろう。




