66 ミレーヌ・ラインクラフト
王都の魔術師隊隊舎。
黒龍隊に割り当てられた区画の一角にある部屋で、2人の魔術師が向かい合っていた。
1人は魔術師とは思えない体躯をした強面の男。
簡素であるが大き目な執務机に腰を下ろして対面の女性隊員に鋭い視線を向けている。
もう1人は女の魔術師。
遠征から帰ってきたばかりだろうか。旅装束のままで直立しており、正面の男にこれまでの報告をしている所だった。
「──以上が、今回の任務の詳細になります」
「ご苦労。どうやら無事に任務は成功したようだな」
女魔術師の報告に満足そうに頷いた強面の男だったが、即座にその言葉に食いつく声が部屋に響いた。
「何が成功だ。大失敗だろこの無能」
声を発したのは小柄な男だった。
ソファに座り、腕を組んで不機嫌な様子を隠そうともしない。
「……失敗とは? ブラックリストの名簿にあった最後の人物。サリィ・デモンズの討伐は完了しました。これであなたが姿を隠す必要は無くなったのですよ?」
その風貌から不釣り合いな丁寧な言葉遣いで男を諭す強面の男──黒龍隊隊長ウラン・アトミックの言葉にも、小柄な男は鼻で笑うかのように一蹴する。
「そんなもんはアレクがいれば完了して当然なんだよ。私はお前が出発する前に何と言った? 何よりも優先すべき仕事があると言わなかったか? ん? 何と言ったか答えてみろ」
小柄な男の物言いに多少ひるんだ様子を見せた女魔術師──コリーナだったが、直ぐに居住まいを正して返答する。
「必ずアレクセイ・マストを連れて帰って来い……と」
「ラインクラフトな。そうだよ。それを最優先だと言っただろ。なのになんだ? 私のアレクは何処にいる?」
「ラーグラントですね」
「失敗してんじゃねぇか!」
勢いよく立ち上がった小柄な男に、アトミックはあからさまに大きなため息を吐く。
「……そういう私情を隊として出した任務に差し込まないで頂きたいですね」
「何が私情だ。私が出した任務ならそれが隊の任務になるんだよ」
「貴方が隊長のままならその意見も聞きましょう。ですが、無責任にその役割をこちらに押し付けた以上その意見は通りませんよ。ミレーヌ様」
アトミックの言葉に一瞬激高しかけた小柄な男だったが、直ぐに指を鳴らすとその姿を成人した女の姿に変えた。
最も、実年齢よりも大分年齢が低く見えるのは、その小さな体格と子供じみた態度によるものだっただろう。
「じゃあ、今日から隊長復帰だ。もう死んだふりをする必要は無いからな。これで私の命令は絶対だろ?」
小柄な女──ミレーヌの言葉にアトミックは頭を抱える。
「正式な手続きだってあるんですから勝手な事を言わないで下さい。そもそもの話としてアレクセイはこの隊の所属です。無理に連れ帰らなくてもその内帰ってきますよ」
「……その件なんですが……」
二人のやり取りにコリーナがオズオズと申し出る。
「騒動の影響が落ち着くまで、ラーグラント魔術師隊への出向を許可して欲しいとアレクセイ本人からの申請を受けてきました」
「は?」
「そうか……。確かに現状のあちらの状況では当事者がいなければ始まらんか。わかった。許可しよう」
「おいっ!」
直ぐに頷いて許可を出したアトミックに、ミレーヌはずかずかと近づいて胸倉をつかみ上げ──身長のせいで相手が座っているのに持ち上げることは叶わなかったが──怒鳴りつけた。
「勝手に許可を出すな! 直ぐにアレクを連れ戻せ!」
「ミレーヌ様」
そんな二人にコリーナの言葉がかぶさる。
「……なんだよ」
「あの疫病騒動から続く王国に害成すダニの駆除に時間がかかりすぎてしまったのは事実でしょう? その為の整理と陛下に報告する為の準備が必要です。そして、ダニをあぶりだす為に戦死した事にしたミレーヌ様自身の問題もあります。わかっていますか? 今のミレーヌ様は死人なんですよ?」
暗に今は勝手に動くなと言われたミレーヌは何かを言い返そうとして……悔しそうに黙ってソファーに戻った。
「……くそっ! 何もかも死んだふりしてぬか喜びさせたサリィのせいだ。あれが無ければもっと早くに事を進められたのに……」
「サリィに限らずミレーヌ様が生存中は他のダニも姿を隠していましたからね。仕方ありません」
「そもそも、何でこのタイミングでアレクはラーグラントに戻ったんだよ。赤龍隊まで脱退しやがって……」
「アレクに聞いた所によると、白龍隊の隊士から手紙を貰ったと……」
コリーナの言葉にミレーヌはアトミックに視線を向ける。
「あいつへの便りは全てこっちで回収してたんじゃなかったか?」
「……そのはずです」
「……くそ。黒龍隊の中にもスパイが紛れ込んでいるのかもな」
「状況からすると白龍隊の誰かでしょうか?」
「案外、隊長の小娘が手を回したのかもな。確かあいつはあの町の次期領主だった筈だ」
自身の目を右手で覆って溜息を吐くミレーヌ。
状況はあまり良くは無かったが、とりあえず気持ちの方は落ち着いたようだ。
その手を見て、コリーナは思いついたようにミレーヌに質問した。
「そう言えば、今回の戦いでアレクがミレーヌ様の指輪をしていましたよ」
恐らく、場を和ませるための話題だったのだろうが、ミレーヌは気落ちしたように溜息を吐いた。
「知ってる。一度繋がったからな」
「繋がった?」
首を傾げるコリーナにミレーヌが答える。
「あれはアレクの安全装置だ。あいつが致死級のダメージを負った時に即座に発動して命を守る。そういう魔道具だ。副次的な効果としてラインを繋げている相手……まあ、私だな。と、回復するまでの間だけだが意識が繋がるようになっている」
それが発動したという事は、アレクセイが今回の戦いで致死級のダメージを負ったのだとコリーナは知って驚いた。
「……え? アレク今回死にかけたんですか?」
「そうだよ! あの馬鹿サリィ相手に手を抜いてやがったんだ!!」
憤慨したようにミレーヌが立ち上がる。
「いや、そりゃ母親相手に本気で殺す気で向かうのは難しいんじゃ……」
「誰が母親だ! ただの誘拐犯だろ!? あんな奴に情を移したばかりか、直前まで付けてないとか本気か!?」
「ああ、いつから付けてたかもわかるんですね」
「そういう魔道具だ。元々はあいつの卒業祝いに作っていたものだが、予定よりも早く卒業したせいでそのタイミングで渡せなかったんだよ。しかもあの野郎その後私との面会を悉く拒否しやがって。あいつに渡すのにどれだけ苦労したか知らないのか!?」
「……一度、ここを抜け出した事がありましたね」
ボソリと口にしたアトミックの言葉を無視して、ミレーヌは乱暴にソファーに腰を下ろす。
「本当はあれを保険として付けさせてから出向させるはずだった。生き残っていたから良かったものの……」
当時の黒龍隊の内情としては王都を混乱に落とし入れた犯人のあぶりだしに躍起になっていた時期である。
それはコリーナも入隊して直ぐに実感する事になったのだが、もしかすると死亡率が高かった赤龍隊よりも危険度は高かったかもしれない。
それこそ、ミレーヌの弟子であったアレクセイが入隊していたら真っ先に狙われていた可能性は高い。
その対策として一度赤龍隊に逃がしたわけだが、死亡率の高い赤龍隊に送り出す前に死亡回避の魔道具を持たせるつもりだったのだろう。
「因みにですけど、致死級のダメージを回復させるって凄い魔道具ですね。どういう理屈何ですか?」
コリーナとしては純粋な疑問からくる質問だった。
「ラインを繋いだ相手と命を共有する。要するに、あいつの命を私の命で補填した」
だが、予想外の返答にコリーナどころかアトミックもギョッとしたようにミレーヌを見た。
「何だよ?」
「隊長。本気ですか?」
「え、ミレーヌ様の寿命縮んだんですか?」
「呼び方が隊長に戻ってんぞ。まあ、そういう事だ」
腕を組み、頷いたミレーヌ。
「それはまた……随分とリスクの高い魔道具ですな」
「あいつが死ななければただ魔術の威力を上げるだけの魔道具だよ。そもそも、普通にやってればあいつを殺せる奴なんてそうはいない筈だったんだ。……本当に……あの馬鹿は……」
絞り出すようなミレーヌの言葉に、残った二人は声を掛ける事が出来なくなる。
「よし。決めた」
黙った二人をよそにミレーヌは何かを決めたように立ち上がる。
「ラーグラントに行く。後は任せたぞ」
「駄目です」
「ふん。そう言うと思ったが無駄だぞ。私は絶対にアレクに会いに行く」
「無理です」
「止めても無駄だ。行ってくる」
「規律違反で捕縛されても知りませんよ?」
「何で私が捕縛されるんだよ!」
出口に向かって歩き始めたミレーヌだったが、アトミックの言葉に足を止めると振り向きざまに怒鳴る。
「騎士団と魔術師団。それぞれに最低1名は王家の守護者を残す事。これは王家との絶対的な取り決めです。破れば厳罰は免れません」
現在国王に任命されている魔術師団所属の王家の守護者はミレーヌ・ラインクラフト、リグレット・ラーグラント、アレクセイ・マストの3名だった。
その中でもアレクセイは現在ラーグラントに滞在しており不在だ。
「……そんなもん、白龍隊の小娘に任せればいいだろうが」
「無理なんですよ。今回襲撃未遂事件があったのはその白龍隊隊長であるリグレット殿の領地です。現在、リグレット殿は領地の状況確認と混乱の鎮静化の為に帰郷しており不在なのです」
「…………」
説明を聞いて一瞬ポカンとした表情を浮かべたミレーヌだったが、アトミック、コリーナの順に視線を移した後、呆けたようにソファーに戻ると横になって毛布をかぶった。
「……あの、ミレーヌ様」
「…………白龍隊の小娘が戻ったら起こせ」
不貞腐れたように背中を向けてしまったミレーヌを一瞥し、眉を顰めて仕事に戻ったアトミック。
そんな二人の様子を見守っていたコリーナは、別れ際にアレクセイが言っていた「大人になれ」といった言葉を思い出して非常に激しく同意したのだった。




