64 たとえ声なき帰還だとしても
体が重い。
極限状態の連続からの疲労が抜けきらないままの強行軍だ。そりゃ体も重くなる。
それでも、想定していなかったマナポーションを調達する事が出来たのは不幸中の幸いだった。
それが無ければ未だにサリィの遺体の傍で動けなくなっていたのかもしれないのだから。
「…………」
マナポーションを提供してくれた同行人は、無言のままに隣を歩いている。
最初はこちらに手を貸すそぶりを見せていたものの、そもそも手が無いだろうと言って断った。
その言い方が癪に障ったのか、その後特にこちらを気遣う様子を見せないのは怒りの為では無いと思いたい。
いや、魔力の色から怒っていないのは明白ではあるが。
俺は背負っているミーシャの遺体の位置を修正させると、一歩一歩確実に故郷に向かって進んでいく。
……魂の入っていないこの器を何と呼んでいいのだろうか。
そんな事をずっと考えていた。
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「!? アレクセイさん!?」
既に疲労が限界に到達していた頃。
ようやく見えて来た町の外壁と門を目にしてホッとしていると、何故か街道の傍をうろついていたらしいイリスと遭遇した。
「イリス? どうしてこんなところに」
「どうして!? それはこっちのセリフです! どうして直ぐに戻ってこなかったんですか!」
「どうしたイリス。大騒ぎして……って、おお! 兄ちゃん帰って来たか!」
しかも、山賊ことガルムさんも一緒だったようだ。
「ただいま戻りました。実は色々と報告する事がって……」
「心配したんですよ! 直ぐに帰ってくるなんて言っておいて3日も……」
「どうどう。イリスも落ち着こうか」
全く話を聞いてくれないイリスをガルムさんが落ち着かせてくれたので、安心してその場に腰を下ろす。
助かった。
正直限界だったのだ。
「イリス。説教は後でいくらでも受けるから、まずは頼まれごとをして欲しい。こっちにいる騎士の事だ」
「騎士様……ですか?」
俺の言葉にイリスは初めてスキンの存在に気が付いたらしい。
俺の隣に目を向けた後に、ギョッとしたように後ずさった。
「両手が無いだろう。打ち漏らしの掃除をしている時に民間人を守っている騎士と遭遇してな。その時に負傷したらしい。一応、応急処置をして状態は保存したから大丈夫だと思うが……。出来たら治療してくれないか?」
最初は騎士の存在感に腰が引けていたイリスだったが、怪我人という事でスイッチが入ったらしい。
直ぐにスキンに近づくと、肩に掛けられていた手と腕の状態を見た後に俺を見る。
「治療でしたら勿論、行います。断言はしませんけどこれなら問題なく接合できると思います」
「そうか。ならお願いするよ」
「はい。それから、民間人も一緒だという事ですが、その方は何処に……」
「彼女ならここに居るよ」
そう答えて、俺は傍に寝かせていた布でくるんだ物体を撫でた。
「……あ」
「この子は俺が責任もって関係者に届ける。イリスはその騎士の事を頼む」
「しかし……」
「いくぞイリス」
まごつくイリスの肩にガルムさんが手を置く。
「お願いします。ガルムさん」
「任せとけ。その民間人の関係者ってのは知り合いなのか?」
「ええ。良く知っている人達です」
「流石は地元民。なら頼むぜ」
イリスの背を押し、この場を後にしようとしているガルムさんの背を見送ろうとした時、ふと、思い出す事があった。
「イリス」
イリスを呼び留めると、イリスと、ガルムさん。ついでにスキンも足を止めて振り返った。
「何でしょう?」
「こいつを受け取れ」
不思議そうに近づいてきたイリスに、胸元からペンダントを取り出してその手に落とす。
「……これは?」
「以前、知り合いが帰って来なかったって話をした事があっただろう」
俺の言葉に、イリスは真顔になって俺を見る。
「もしかしたら違うかもしれない。でも、今回の遠征先でお前の顔と声を思い出した時、かつて戦場で一緒に戦った同僚の事を思い出したんだ。……改めて聞くぞ。お前のファミリーネームは何という?」
「ミラージュです。イリス・ミラージュ」
食い気味に返してきたイリスの言葉に、「ああ、やっぱりか」という感情が押し寄せる。
俺はイリスの手を握らせると、手を放す。
「アリスだ。アリス・ミラージュ」
「…………ああ…………!」
握った手を額に当てて、イリスはその場に膝を落とすと、すすり泣く声が聞こえてくる。
「すまなかったな。アリスは俺の直属の部下だったんだ。本来守らなければいけなかったのに、守る事が出来なかった。戦死した時にも遺族に知らせなきゃいけなかったんだが、アリスから家族の事を聞いた事も無かったし、本人の登録記録をみても家族は登録されていなかったんだ」
アリスとは故郷の話を沢山した。
しかしそれは……前世の事で、今世での家族の話は出なかったのだ。
サリィはアリスは前世の記憶が強かったと言っていたが、本当にそうだったのだ。彼女はずっと故郷に……日本に帰りたがっていた。
……俺と共に。
サリィとの戦闘で一度死んだからだろう。
俺にはもう前世の記憶は殆どないし、自分が日本人だと言う自覚も全く無くなってしまった。
辛うじて思い出せる記憶もあるが、それもじきに消えるだろう。
でも、それでいいと思っている。
アリスが死んでしまった以上、これはもういらないものだ。
「……姉は立派でしたか?」
「ああ。誰よりも立派な最期だった。彼女がいなければあの戦争が終わる事は無かっただろう」
これは本当にそうだ。
あの時アリスが犠牲にならなければ、俺は最後まで……それこそ、死んでもあの術を戦場で使う事は無かっただろう。
それで、大量の死者が出てしまった事を天秤にかければ、それが正しかったのかは別として……だ。
「……赤龍隊に行く。と、姉が言った時、私は反対しました。あんなところに行くべきじゃないって。でも、姉は頑なで……結局、最後は喧嘩別れだったんです」
「……そうだったのか。俺も王都の保護者と同じような別れをしたから気持ちはわかるよ」
もっとも、その王都の保護者の生死に関してはこの後コリーナに問いただす必要はあるが。
「さっきも言ったがアリスは立派だった。沢山の人の命を守った英雄だ。それは誇っていい。だれが何と言おうとも」
「はい」
イリスは涙をぬぐうと立ち上がる。
……強い子だ。
「姉に負けないように、私も全力を尽くします」
「頼む。まずはそこの騎士の治療をお願いするよ」
「任せて下さい!」
ズンズンと音が出るかのような力強い歩きで町に向かうイリスと、肩を竦めた後に追うガルムさん、そして、黙って後について行ったスキンを見送って一息つく。
「……器は本質じゃない……か」
俺はローブのポケットから真っ赤な結晶を取り出すと、遺体と結晶を交互に見る。
「魂はこっちの結晶だとするならば、今のお前は……ミーシャで良いんだよな?」
遺体を撫でて、先程のイリスを思い出す。
「……悪かったな。謝って済むような事じゃないけど、今の俺にはこれしか言えない」
遠くの町を見る。
かつて見た故郷よりも大きく成長した現在の故郷を。
「とりあえず、暫くはあそこに留まる事にするよ。どうやら仕事もあるようだしな」
ラーグラント、王都、それから──日本。
俺の本当の故郷は何処なのだろう?
それはきっととてもくだらない疑問なんだろう。




